2-40 死を孕む病の群れ④
「あー鬱陶しいなぁ!邪魔だってば!」
真っすぐ南へと進む黒い影を追いかければ、その道中邪魔するように【ハカアラシ】が近づいてくる。
その間を潜り抜け、速度は負けているものの、何とか見失わないようについていくと、やがて【キーロ】を抜けて【ヘイロー墓地】へと辿り着いた。
「あれ、なんか少なくなった?ってかここ来たことある?」
【ヘイラー墓地】に入ってしばらくするとハカアラシの数は目に見える形で減っていく。そしてその姿が完全に見えなく頃にはどこか見たことある風景がレイの前へと平がっていた。
「あぁ思い出した。ラッキーと会った場所だ」
辺りを見渡したレイはそう呟く。
その道はレイ達が初めて【ヘイラー墓地】に降り立った際に通った道を逆順になぞった道であり、レイの記憶通りにその先は【グリムリーパー】と戦闘を行った広間に繋がっていた。
「――誰だお前は?」
「それはこっちのセリフなんだけど?」
そんな平間の奥にいたのは気怠そうな顔で眼鏡をかけた白衣の男だった。その手には先ほどまでレイが追っていた黒球が収まっている。
「あぁ、私か?私はニエンテだ。貴様の想像のつかないような天才だと思ってくれていい」
「……これはご丁寧にどうも。随分ナルシストなんだね」
嫌に耳に障る自己紹介にレイは思わず顔を顰めて皮肉で返す。ただニエンテは全く気にしている様子を見せない。
「それで?こんな所まで何しにきたんだ?」
「こっちのお願いは一個だけ。その手の中にあるもの返してくんない?」
「無理だな。これは俺の実験材料だ。貴様のような能無しには勿体ない」
「まぁ、だよね」
正直に答えたレイの言葉は当然のように却下され、それを理解していたのかレイは肩をすくめてみせる。
そんな余裕そうな態度にニエンテは一瞬不快気に眉を顰めるも、声を荒げることなく淡々と問いかけた。
「そもそもお前は『聖獣』をどうするつもりなんだ?」
「『聖獣』?」
質問の中にあった聞き慣れない単語にレイは首を傾げる。それについて聞き返せば、ニエンテから呆れたように大きく溜息が上がった。
「そんなことも知らないとは……。余りにも無知過ぎる。生きていて恥ずかしくないのか?」
「チッ……」
「ふん、品性すらもないのか。まぁ気分が良いから教えてやろう。『聖獣』とはモンスターの中でも特別な力を持った奴らのことを指す」
完全にバカにするような態度と言葉に舌打ちがこぼれ出たレイを無視して、ニエンテはその口の端に笑みを浮かべながら説明を始める。
「この世界で十二種類存在すると言われている『聖獣』は、他の有象無象とは比べ物にならない力を有し、この世界の均衡を保っているらしい。また、個体ごとにその名を冠した紋章を所持しており、その紋章をすべて集めることでこの世界の神になれる……という伝承があるのだ」
「紋章? ……まさか」
ニエンテの説明に、以前入手した謎に包まれたアイテムを想起するレイ。点と点が繋がりそうな、そんなもどかしい感覚を感じながらニエンテの話の続きに耳を傾ける。
「それだけで我が至高なる研究にも役立ちそうなものだと思わないか?……まぁ、所詮はおとぎ話。伝承の中にしか存在しない創作だと諦めていたんだが――」
非常に愉快な気持ちを隠せないニエンテは心底嬉しそうに手元にある黒球をコンコンと人指し指で叩く。
「ククッ!まさか実在したとはな!これもすべて『あの御方』のおかげだ!」
「『あの御方』……多分、邪神のことかな」
何かに心酔するような様子を見せる姿に既視感を覚えたレイはその対象を自身の召喚獣と同名の神であると断定する。そして、先ほどの紋章の件も決して無関係ではないことを悟った。
「絶対に解くことの出来ないと思われていた問題に挑戦できる!こんなにも研究者冥利に尽きることはあるだろうか!いや、ない!だから私はこの天才的頭脳を用いて『あの御方』の理想の世界に正す手助けをするのだ!――さぁ、伝説の存在よ!今その姿を私の前に現せ!」
テンションが最高潮に達したニエンテが注射器を構えながら黒球を解除する。ドロドロと液体のように地面に零れ落ちる黒からやがて現れたのは、彼の想像と大きく異なる犬のようなモンスターだった。
「ぎゃう」
「……は?」
姿を現したじゃしんはキャッと恥ずかしそうに顔を手で覆う。それに対してニエンテは鳩が豆鉄砲を食らったように目を点にした。
「なん、この……なんなんだコイツは……?」
「えっと、なんかごめん」
素っ頓狂な声を出して酷く困惑している様子のニエンテに、何も悪くないのだが保護者役としてつい謝罪してしまうレイ。
「と、取り敢えず試してみる、か……?」
「ぎゃう!?」
ただ流石は研究者といった所か、実験は継続することにしたニエンテはその手に持った注射器をじゃしんに突き刺す。
ドクドクと中に入った液体がじゃしんに流れ込んでいって――そして結局、何も起きなかった。
「何も変わらないじゃないか!?なんなんだコイツは!?」
そこでようやく正気に戻ったのか、ニエンテは怒りの限りじゃしんを地面に叩きつけて地団駄を踏む。
「ぎゃう~……」
「お~よしよし。痛かったね~」
「また捕まえなければいけないのか……。余計な手間をかけさせやがって」
レイは這う這うの体で逃げ出してきたじゃしんを優しく抱きとめると、あやすようにその頭を撫でる。そんな一人と一匹をニエンテは射殺さんばかりに睨みつけていた。
「貴様らは必ず殺してやる……」
「まぁそうなるだろうとは思ったけどさ、あんまり舐めてると痛い目見るよ?」
ニエンテの呪詛に対してレイは強気で返す。だが、それを聞いたニエンテは調子を取り戻したのか再び鼻で笑った。
「本来とは程遠い出力だが……まぁ貴様ら程度モルモットで十分だろう」
「またソイツ?」
レイはニエンテの懐から出た眠った状態の【ハカアラシ】を見て辟易した表情を見せる。そんな嫌がる表情を見て気分を良くしたのか、ニエンテは少し愉快そうに口を弧状に歪めると、【ハカアラシ】に対して注射を刺した。
「ギュァォ&%$#%?!?!」
謎の液体を流し込まれた【ハカアラシ】は地面に投げ捨てられると苦しそうにのたうち回る。ドクンドクンと血管が浮き出し、筋肉が脈動すると次第にその体が大きくなっていった。
「ちょっとこれは聞いてないかなぁ……」
「やはりモルモットではこの程度か……」
レイの倍くらいの大きさになった【ハカアラシ】を見てレイは呆れるように言葉を呟き、ニエンテは落胆するように言葉を呟く。
「いけ。時間が惜しい」
「ギャ%$’W#$J%&!!!!」
「前の私とは違う所見せてあげる!」
「ぎゃう!」
一回り大きくなった【ハカアラシ】が涎を垂らして目を血走らせながら、声にならない声を上げて襲いかかる。それに不敵に笑い返したレイとじゃしんは正面から迎え撃った。
[TOPIC]
NPC【ニエンテ】
【ヘイラ―墓地】に現れた謎の白衣の男。
何やらハクシ教に関係あるらしく、聖獣について詳しいようで、『あの御方』なる人物の野望を叶えるために行動しているらしい。
その不健康そうな肌から覗く濁った黒い瞳は、現実世界に絶望しているようであった。




