2-34 お話という名のカチコミ
「みんなー!今日は来てくれてありがとねー!明日もあるけど来れる人いるかなぁ?」
「アイちゃーん!」
「愛してるよー!」
「絶対行くー!」
アンコールも済ましたライブの終わり際、アイが手を振りながら少し寂しい表情をすると、観客から野太い声が上がる。
「本当に!?じゃあ私待ってるから!それじゃまったねー!」
その様子を見たアイはパァっと満面の笑みを咲かせると、舞台袖へと降りていき、そのまま誰もいない控え室に辿り着くと、設置してあったソファに腰を下ろす。
「あぁ、もう最高……」
コンサートが終わったにも拘らず、控え室にも聞こえてくる未だやまない歓声を聞き、アイはその身に震える。
「これが私の世界。ここで私は1番になるんだ……」
そう呟いたアイの目には輝く熱意と仄暗い欲望が見える。
彼女――本名『白石愛』は現実世界では地下アイドルとして活動していた。
彼女がアイドルを目指したきっかけは、テレビで見たアイドルが信じられない程輝いていた事に、憧れと強い嫉妬を感じたことにあった。
『私もこうなりたい』とシンプルながらも強い思いを抱えながらも、その足で世界に飛び込んだ彼女は3年でその世界から足を洗う事になる。
最初は良かった。どんなに辛い練習や広報活動もいつか自分に返ってくると、あのキラキラ輝く世界に繋がっているとそう信じてやれていたから。
しかしどれだけの月日が流れても芽が出る事はなく、次第にその思いも荒み、壊れていった。
それにトドメをさしたのは丁度3年の月日が流れた時。1番の古参のファン達に体の関係を求められた事だった。
『一晩付き合ってくれれば、周りの仲間達にももっと盛り上げてくれる様にお願いしてあげる』
酷く醜悪な顔で上から目線にそう宣う外道達を前にして、自分にファンなど存在せず、応援などされていなかったと悟った愛は、全てが嫌になり残酷な世界から逃げ出した。
一時期はご飯も喉を通らないほどに憔悴し絶望していた愛だったが、そんな彼女を救ったのが『ToY』の世界だった。
『第2の人生』というキャッチコピーにこの上ないほど惹かれた愛は、捨て切れない夢をもう一度叶えるためにゲームをプレイする。
「ようやく掴んだ居場所なの……誰にも邪魔させないんだから……」
そう呟く彼女は憎々しげに鏡の中の自分を見つめる。
数々の障害を乗り越えながらも、理想の自分になるためなら何でもする覚悟を持っており、その思いは有名になった今だからこそより強くなっている様だった。
コンコンッ
「ん?誰だろう?」
そんな彼女のいる部屋のドアがノックされる。
部屋の前には高い金を支払って雇った警備NPCが存在しているため、変なプレイヤーは入ってこないとは思いつつも、恐る恐るドアを開けた。
「えっ」
「はぁい、お久しぶり」
ドアノブを捻り少しドアを開けた瞬間、大きな腕がドアの端を掴み無理矢理こじ開けられる。
驚いて手を離したアイの額にはガチャリと音を立てて拳銃が押し付けられていた。
「なっ、なっ」
「騒ぐな。ってか護衛雇うならもっと強くするのをオススメするよ」
大声を出そうとしたアイに向かってドスの効いた声を出すレイ。それに慌てて口を紡いだアイが床を見ると護衛NPCが地面に転がっているのが見えた。
「取り敢えず中に入ろうか。聞きたいこともあるし」
有無を言わさない口調で中に押し入ると、キリュウがドアに鍵をかける。そこでアイは完全に逃げ道を失ったことを悟った。
「で、アイさん?私達に何か言うことあるんじゃない?」
「い、一体何の――」
「おぉい!!!誤魔化してんじゃねぇぞゴラァァァ!!!」
ソファに座らされたアイはレイの質問にも気丈に応えようとしたが、近くに寄ってきていたキリュウの怒鳴り声に掻き消される。
振り下ろされた右腕はソファの前のテーブルをドガンッ!と言う音とともに叩き割る。
「ちょっと、そんな大きい声出したら可哀想でしょ」
「あぁ、悪いつい熱くなっちまってな」
「ふ、ふぇぇ……」
ふぅふぅと肩で息をして興奮した様子のキリュウをレイが宥める。この時点でアイの心はぽっきり折れて涙目になっていた。
「あくまで私達は話し合いに来たんだから。そうだよね、アイさん?」
「は、はいぃ……」
笑顔で優しく言うレイに先程とは違う意味で身を震わせるアイ。完全に上下関係が決定してしまっていた。
「よし、じゃあお話を戻そっか!それで?私達に言うことがあるんじゃない?」
「えっと、その……」
再度問いかけたレイに本当のことを伝えるとどうなってしまうのか気が気でないアイは言葉を濁す。その様子にレイが不機嫌な顔をして舌打ちすると、可哀想なくらい震えが増した。
「そっか、そのつもりなら代替案を出してあげる」
そういうと一転して笑顔になったレイは拳銃をしまうと代わりにナイフを取り出してドスっとアイの座っているソファに突き立てた。
「ヒュッ……」
「これで証明して」
喉から空気が抜けるような、掠れた声が出たアイに対してまるで妥協するかのような口調でレイが言う。
「しょ、証明……?」
「うん、ただやってもいない何だ言われてもさ信じれないから。覚悟を見せて欲しいなって」
怯えるアイにあくまでも優しく、子供に説明するように話す悪魔。
「そのナイフでさ、自分の小指を詰めて」
「なんっ!?」
「そうすれば私達も安心できるから。キリュウもそれでいいでしょ?」
「あぁ文句はねぇ」
あまりに突拍子もない理解不能の提案にアイが驚きの声をあげるも、他二人の間でどんどん話が進みとても拒否権があるようには見えなかった。
「さぁ、話すか詰めるか。早く選んで」
「時間が惜しい。さっさとしろ」
優しく問いかける悪魔に威圧してくるどう見てもカタギではない大男。そんな奴らに極限の選択を迫られたアイは限界まで青い顔をし、遂に大声で泣きながら叫ぶ。
「ごめんなさいぃ!知り合いに貴方達のお店にいちゃもんつけろって命令したのはわたしですぅ!」
「そうそ……え?」
アイの口から飛び出した言葉はレイの想定していたものとは異なっており、それに対してレイは戸惑った表情をする。
「それ以外にもあるでしょ?ほら、リスの奴とか」
「リスって何のことですかぁ!そんなの知りません~!」
わんわんと泣くアイの姿に嘘をついてるとは思えないレイ。困惑が深まる中、確認をとっていたキリュウが声をかける。
「おい、店の方に3人組のプレイヤーが来たらしいぞ。ちょっと話しただけですぐに退散したみたいだが」
「え、ならあれって何だったの?」
どうやら本当にその手の輩が現れたらしく、アイの言っている事に裏付けが取れてしまった。と言う事は完全に別件という事になるのだが、それはそれでとレイは頭を悩ませる。
「なぁ、『渡り鳥』。取り敢えずその前にだな……」
「あっ、そうだね。えっとアイさん――」
考えてるレイにバツの悪そうな顔をしたキリュウが声を掛ける。その様子に何が言いたいのか察したレイはわんわんと泣くアイに向き直った。
「「ごめんなさい」」
他に何かやっていた件はとりあえず脇において、自分達の勘違いだったことに二人は頭を下げた。
[TOPIC]
PLAYER【キリュウ】
身長:195cm
体重:102kg
好きなもの:妹、妹の作るお菓子、殴り合い
まるでプロレスラーのような肉体を持っており、眼元にも大きな傷があるせいか、完全に見た目はあっちの世界の人物。
この姿は現実世界でも同じのようだが、これは大工の父親譲りであり、目元の傷も妹を車から庇ってできた名誉の傷である。
基本的に温和で話せば良い人間だとすぐに分かるが、残念ながら見た目のせいで親友と呼べる友達は居ないそのため、そんな自身の見た目を気にならない『TOKYO大抗争』というゲームにはまるのも仕方ない事だろう。
年の離れた妹を溺愛しているようで、彼女に手を出す者はいかなるものであろうと許さない。噂ではある小学生プレイヤーがその被害にあったという話も……。




