2-29 キーロクリエイティブフェスタ開幕!
「ふあぁぁぁ……」
「何だ寝不足か?」
イベント当日、ミツミの店に集まったレイが大きなあくびをすると、それを見ていたキリュウが声をかける。
「あぁ、大丈夫。この世界でも眠くなったりするんだね」
「そりゃあ脳は動いてるらしいからな。辛いなら無理せず寝ろよ」
「ん、ありがと。ってかそれよりもさ」
レイを労わるような言葉に目を擦りながら反応したレイは、ちらりとキリュウの方を見てずっと疑問に思っていたことを投げかけた。
「何、その恰好?」
「戦略だとよ。リボッタに渡されたんだ」
忌々しそうに言ったキリュウの服装は全身黄色で虹色のスカーフを纏った着ぐるみに包まれていた。
顔もどことなくリスのように見えることから、おそらくラッキーをモチーフに作られたと思われ、普段の姿からは想像できないコミカルな恰好だった。
「似合ってますよ兄貴!」
「むしろこれからそれでいきません?くまさんの着ぐるみとかピッタリでしょ」
「それいいな!【くまさん組】に名前も変えるか!」
「あいつらこれが終わったら殺してやる……」
ここぞとばかりに兄貴分をいじるクラン【鬼流組】の面々はいつものモヒカン姿ではなく、しっかりとセットされた髪型であり、スーツ姿なのも相まってまるでホストのようだった。
いじられた本人が、持っていた看板をへし折りそうな勢いで握りしめているのを苦笑いでレイが見ていると、広場の方角から中年の男性の声が聞こえてきた。
『探索者諸君!良く集まってくれた!私はキーロの街の代表キーロ・リル・レイドナである!』
「こんな遠くでも聞こえるんだね」
「なんか拡声器みたいなアイテム使ってるらしいぞ。街全体に聞こえるんだとよ」
大音量で聞こえてきたその声にレイが少し顔を顰めると、表情の見えないキリュウが解説を加える。
『初日は防具部門、2日日には武器部門のコンテストをこちらで行う!評価は私と君たち探索者だ!最終日の料理部門はそれに加えて3日間の売り上げによる点数も加算した順位を決める予定だ!コンテスト参加者は勿論、それ以外のものも必ず楽しめるであろう!』
「あー、料理以外は投票だけなんだ」
「本当に人気投票だな」
「だからそう言っただろ。というかお前らも手伝え」
そうしてレイ達がコンテストのルールについて確認していると、忙しなく動いていたリボッタが嫌味を投げかけてきた。それを二人は口笛を吹いてごまかす。
『それではこれよりキーロクリエイティブフェスタの開幕を宣言する!皆の者!全力で楽しむがよい!』
「さぁて、本番始まるね」
「だな」
「クソどもが…!」
そのまま開会式が終わったことを話題に出し、話を逸らす二人をリボッタは睨みつける。ただ作業自体は元モヒカン――現ホスト達が行っていたため無事開店の準備が整ったようだった。
「そうだ!円陣組みません?」
「じゃあここはやっぱりミツミちゃんに掛け声をお願いしますか!」
「えぇ!?私ですか!?」
準備が終わりひと段落していた面々に赤髪のホストが提案をすると、それに対して他のホストがノリノリとなって自然と円が形成される。そして音頭を任されたのは本日の主役であるミツミだった。
「えっと、今までご協力ありがとうございましたっ!本当にありがとうございますっ!」
「あはは、それじゃもう終わったみたいだね」
緊張した様子で話す内容を考えるミツミをレイが茶化す。
「あ、そういう意味じゃなくて!でも皆さんがいてくれたお陰でここまで来れたのは事実で…その、とにかく今日もよろしくお願いします!」
「「「「よろしく~!」」」」
初々しいミツミの様子にほっこりとしながらも掛け声を合わせて気合を入れ直す。
「それじゃあ、開店します!……えっ」
そのままの流れでミツミは店の入り口を開け、少し驚いた声を出す。少し遅れてレイ達も外の様子を目にした。
「さてどれくらい来てるか……な……」
「あ、レイちゃんだー!」
「買いに来たぞー!」
「滅茶苦茶強いアイテムってここであってるよな?」
「掲示板から来ました」
言葉を失ったレイの目の前には信じられないほどの長蛇の列があった。
その中にはレイの姿を見て手を振るリスナーの姿は勿論、その倍くらいは純粋にアイテムを手に入れようとしているプレイヤーのように見えた。
「とりあえず情報戦の成果はまずまずといった所か?」
レイの横でニヤリと笑ったリボッタの様子に何かをしたことを悟ったレイは同様の笑みを作って言葉を返す。
「やるね。これは忙しくなりそうだ」
こうして激動の3日間、その初日が始まった。
◇◆◇◆◇◆
【レイちゃんねる】
【第9回 防具コンテスト見に行きます】
「ぐあ~疲れた~」
「ぎゃう~」
中央広場に向かいながら配信を始めたレイは開口一番ため息をこぼしながら感想を述べる。
・おつかれ~
・めっちゃ人いたもんね
・買いに行ったよ~!
「あ、来てくれた人ありがと~。まだまだあるからぜひ買いに行ってね」
・りょ
・明日にしようかな
・今日はもう行かないの?
「今は休憩中。一旦抜けさしてもらって、ウサ達の活躍を見るためにコンテスト会場に向かってるところだよ」
視聴者とそんなやり取りを行いながらも、レイは広場へとたどり着く。
多くの人でごった返していた広場だったが、遠目からでも目立つ集団を見つけると声をかけながら近づいていく。
「おーい、応援に来たよ~」
「待ってた」
「うわっ!なんで後ろから現れるのさ!」
正面にいるゴシックファッションを身に纏ったクラン【Gothic Rabbit】に声をかけたはずが、逆に背後から返答が来たことで驚くレイ。
そこにはいつものように良い反応をするレイに対して満足げな表情をするウサがいた。
「これはもう様式美」
「あっそう……で?調子はどう?」
「問題ない。準備は万全」
レイの問いかけに淡々と返すウサ。
相変わらず表情は読めないが、少なくともその言葉に嘘は感じられなかった。
「ならよし。パトロンとしても友達としても応援してるからね。任せたよ?」
「ん、任された」
言葉が少ないながらも自信満々と言った表情で頷くウサにレイも笑顔になってその頭を撫でる。
「レイさん!」
「ん?」
「あなたは……」
その時突如後ろから声がしたことでレイが振り返ると、そこには緊張した面持ちの中性的な少年が立っていた。
肩までかかる短髪に雪のように白い肌を見て一瞬レイは女性だと錯覚したが、その骨格からおそらく男の子だろうと判断する。
少年はもじもじと体の前で手を組んで俯き、レイに向かってぼそぼそと聞こえない位の音量で何か言っていたが、意を決したように顔を上げると決意の瞳を携え叫ぶ。
「ぼ、ぼきゅのふきゅを着てくれましぇんか!?」
「はい?」
残念ながらその決意とは裏腹に、見知らぬ美少年はこの世の終わりと思うくらい噛み倒し、その様子と言葉にレイは困惑した表情を見せた。
NPC【キーロ・リル・レイドナ】
【キーロ】の街の代表となるNPC。北東にある町一番の屋敷に住んでおり、冒険者ギルドを介すことで面会できる。
企画の提出と幾つかの開催資金を持ち込むことで、運営主導ではないイベントを開催することもでき、実際に過去何度かその類のイベントが開催されたことも。




