2-27 墓荒らし退治
・ネズミ?
・ネズミだな
・でも数多くね?
姿を表した三十センチ程の灰色のネズミは、爪がモグラのように発達していること以外は、現実にも居そうな普通の見た目をしている。だが、問題はその数にあった。
数十、いやもしかしたら数百にも及ぶ、夥しい数の【ハカアラシ】は360度どこを見渡してもその姿が確認できる。
「こんだけ見えてても本体は一匹なんだよね……」
・ほえ?
・どういうこと
・コイツ特別なんだよ
・雑魚モンスターっぽいんだけどね
レイがぽつりと呟いた解説に【ハカアラシ】を知らない視聴者から疑問の声が上がる。
「わかっている人もいるみたいだけど、【ハカアラシ】は【増殖】のスキルを持つユニークモンスターでさ。その効果は……実体のある分身を作るっていうのが分かりやすいかも」
・ニンジャ!?
・ニンジャ!?ナンデ!?
・アイエエエ!
・あながち間違ってないのが何とも…
「ふふっ、そうとも言う。あと、もうわかってると思うけど一番厄介なのがその数でさ――」
思いっきりふざけたコメントにクスリと笑ったレイだったが、【ハカアラシ】達が共鳴するように鳴いたのを耳にして警戒を強めた。
「お喋りはここまでか!セルさんは墓のそばに寄っていて下さい!じゃしんは近寄ってくる奴を優先する感じで!できれば複数捕まえておいて!」
「わ、分かった!」
「ぎゃう!」
指示に従ってセル爺とじゃしんは動き出す。それを横目で眺めながら一斉になだれ込んでくる【ハカアラシ】に向けてトリガーを引いた。
「おっも……!?」
ドンッと【撃鉄:因幡】よりも強い反動を感じて大きく右手が跳ね上がる。放たれた弾丸は先頭から少しズレた箇所にいた【ハカアラシ】の眉間に突き刺さると一撃でポリゴンに変えた。
「見た目通りのじゃじゃ馬だね……!でもっ!」
今度はドンッドンッドンッと複数の銃声が響く。先程とは異なり、ある程度反動を制御されたその軌道は、寸分の狂いもなく三体の【ハカアラシ】の頭部に命中する。
・お見事
・さすが
・カッケェ…
「まぁこれくらいはね。リロードはリボルバー型か。これなら前の方がやり易い……けどそれも考慮しても花丸満点だよっ!」
【Crescent M27】の性能を体感し、テンションが上がりながらも慣れた手つきでシリンダーを横にずらすとノールックで次弾を装填していく。
「ぎゃう~!」
「あ、そっちやばい?じゃあその状態で【じゃしん讃歌】!」
迫りくる【ハカアラシ】を淡々と処理していたレイが悲鳴に近い声を上げたじゃしんの方を見ると、3体ほど抱えた状態で何とかせき止めている光景が目に入った。
当然それを想定していたレイは、あらかじめ決めていた指示をじゃしんに飛ばすと、体が動かなくなる前に【時限草】を口に入れ飲み込む。
「La~♪」
そうして世界は止まり――三カウント後、じゃしんが爆ぜる。
その爆風はゼロ距離にいた三匹だけじゃなく、付近にいた【ハカアラシ】すらも巻き込み、十数匹ほどを一瞬で消し飛ばす。
・いい火力!
・いけるか!?
・いやまだ数が多すぎる!
「そうだね、とりあえず数を減らさなきゃ。その後は皆にも協力してもらうからね!」
・何かわからんけど任せろ!
・りょ
・OK
本当に理解しているかは定かではないが、多くの了承コメントをちらりと一瞥したレイは次々と【ハカアラシ】をポリゴンに変えていく。そうして全体の三分の一ほど削った所で変化が訪れた。
「きた!」
・退いた?
・なんだこれ?
・回ってる?
突然全ての【ハカアラシ】が一匹残らず一か所に固まったかと思うと、渦を描くように
くるくると円を描いて回り始める。
その動きは本体の位置を悟らせないようにする特殊行動であり、また本体がスキル【増殖】を行って減った数を補充するタイミングであった。それを知っていたレイは視聴者に向けて叫ぶ。
「みんな分身してる奴探して!そいつが本体だから!」
・とは言ってもこの数じゃ…
・ウォーリーを探せ?
・じゃしんで吹き飛ばすのは?
絶好の機会を前に視聴者も食い入るように画面を見つめるものの、【ハカアラシ】の動きと霧による視界の悪さから弱気の声が漏れる。
「倒せなかった時に煙に紛れられちゃうからなしだね。【時限草】のストックもそこまでないし……」
そう言いながらもどんどん増えていく【ハカアラシ】に対してレイは焦りが募る。そして【ハカアラシ】が元の数に戻ろうとしたまさに直前、その状況に終止符を打ったのはコメント欄だった。
・あ、レイちゃん!右奥!
・あれか
・いた!
「右奥……いた!ありがと!」
指摘された方向を見てみると、とある【ハカアラシ】の影から新しい【ハカアラシ】が生まれているのがレイの目に映る。それから素早く両手で【Crescent M27】を構えると、その個体に向けてしっかりと狙いを定めた。
「場所さえ分かればッ!」
ドンッと放たれた弾丸は目標へとまっすぐ進んでいき、狙い通り本体と思われる【ハカアラシ】に命中すると、ばたりとその場に倒れ伏す。
・やったか!?
・やったか!?
・フラグたてるのやめーや
「いや、これで終わりの筈だよ。残りの奴は勝手に消滅する――」
ふぅとマグナムの銃口に対して息を吹きかけると、先ほどの切羽詰まった様子と打って変わって余裕のある表情を浮かべるレイ。
レイの調べた情報だとこのまま撃破となっていたため、そこですっかり気を抜いたレイだったが、次第に何か様子がおかしいことに気付く。
「ギュアァァァァァァ!!!!」
「ちょっ!?」
倒した筈の【ハカアラシ】が突如として起き上がり咆哮を上げる。そのまま血走った目でギロリとレイ達を睨むと、先ほどよりも速い勢いで襲い掛かってくる。
「こんなの聞いてないけど!?有識者ぁ!」
・分からん
・何だこれ?
・フラグを立てたばっかりに…
・力になれなくてすまない…
藁にもすがる思いで視聴者に問いかけるものの、誰一人としてこの異常事態を説明できる者はいない。
このままではまずいと判断したレイは右手に携えた銃で迎撃を試みるが、先ほどとは異なり一撃でポリゴンとなることはなかった。
「なんか強くなってない!?意味分かんないんですけど!」
「ぎゃうー!」
「じゃしん!?」
情けない鳴き声を上げたじゃしんの方向を向くと、複数の【ハカアラシ】に組み敷かれており、そこら中かまれたり爪で攻撃されたりしている光景が目に入る。それを見た瞬間にレイは慌てて【時限草】を口に放り込むと、じゃしんごと一帯を吹き飛ばした。
「大丈夫?」
「ぎゃう~!」
駆け寄ったレイが声をかけるとじゃしんは涙目になっており、噛まれた箇所にはなにか痣のようなものが出来ていた。それに嫌な予感がしたレイは〈ステータス〉を開いてじゃしんの状態を窺う。
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NAME じゃしん
TRIBE 【神種Lv.2】
HP 666/666
MP 666/666
腕力 666
耐久 666
敏捷 666
知性 666
技量 666
信仰 666
SKILL 【じゃしん結界】【じゃしん賛歌】
SP【別世界ノ住人】
STATE【感染】
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「えっと?何だろうこれ?何ともないの?」
「ぎゃう」
ステータスに表示された謎の記載と特に変化もなくぴんぴんしている様子にレイとじゃしんは首を捻る。ただ、そんな猶予は存在しないようで、戦線が崩れた影響からセル爺に危険が及ぼうとしていた。
「やば、こんなことしてる場合じゃなかった!【じゃしん讃歌】!」
「La~♪」
咄嗟に出された指示を即座に実行し、世界の動きを止めたじゃしん。ただ今にもその爪がセル爺に襲い掛かろうとしている直前のため、状況が膠着しただけで好転はしなかった。
「さて、どうしようか……」
・どうしようかね
・絶体絶命?
・ってかそれ喋れるんだ
何とかしなければいけない現状を前にレイは困ったように視聴者に問いかける。
「じゃしんは動けないからさっきみたいに爆発でなんとかするとか出来ないし、私も動けないから……皆はどうしたら良いと思う?」
・どうしようもない
・詰みっぽい
・早打ちガンマン?
「一番現実的なのがそれか……ってうん?」
かなり絶望的な現状を前に建設的な意見が出るはずもなく、イチかバチかレイが挑戦しようとした時、遠くから何かがやってくるのを感じた。
「もきゅー!」
・虹リス?
・ラッキーじゃん
・何でここに?
「なんで動けてるの…?ってかめっちゃ光ってない?」
突如と現れたラッキーを前に何事かと騒然となるコメント欄に対し、レイも同じように困惑する。そんな彼女達をよそに燦然と光り輝くラッキーはどこからか木の実を取り出すと、一度地面に叩きつけて大きく上に掲げた。
「わっ!」
・!?
・!?
・!?
その瞬間、世界が光に包まれる。
普段は霧がかかって薄暗い【ヘイラー墓地】がまるで昼になったかのように一気に晴れる。きらきらと輝く世界でレイは体が動くようになっているのを感じる。
「解けた……?まだ歌ってるのに……」
おそらくラッキーが何かしたことは理解できる。現にステータスを確認するとレイの【行動不可】状態は解けており、じゃしんの【感染】もまた消えてなくなっていた。
・あれ?ハカアラシの目が
・戻った?
・何事?
変化があったのはレイだけではなかった。
コメントの通り、【ハカアラシ】は正気を取り戻したかのか辺りをきょろきょろ見渡すと、こちらに襲いかかることなくばらばらにヘイラー墓地に散っていく。
「一体何が起きたの……?」
「La~♪……ぎゃ?ぎゃう?」
突然目の前に現れた救世主と消え去った脅威。何が起きたかいまいち理解できないレイとじゃしんは拍子抜けしたように呟いた。
[TOPIC]
MONSTER【ハカアラシ】
彼が率先して墓を荒らすことはない。ただ、通った跡が荒れ果てているだけだ。
獣魔種 固有スキル【増殖】
《召喚条件》
【ガーベージラット】に獣魔種の魂を10000個与える。




