2-23 負けられない理由
「いやー美味しかったね!」
「本当に!ほっぺが落ちるかと思いました!」
「和食最高」
プレイヤー『春眠帝』のお店を後にしたレイ達は最後の目的地に向けてキーロの街を散策していた。
彼女たちの話題は先ほど食べた料理で盛り上がっており、傍にいたじゃしんと虹リスも興奮した様子で鳴いていた。
「ぎゃう!ぎゃう!」
「もきゅ!」
「あはは、ラッキーもそう思うんだね」
「ラッキー?」
耳に入った聞きなじみのない名前にレイが首を捻る。
「一応呼び名を付けたんです。名前がないと呼びにくいと思って……変ですかね?」
そう答えながら不安そうに上目遣いになるミツミに対して、レイはチラリとウサとコメントの方を見た。
「問題なし」
・合ってると思う!
・変じゃないよ!
・ラッキー可愛い
「だってさ、みんな最高だって」
「ぎゃう!」
そのネーミングセンスに誰一人口出しするものはいなく、寧ろ称賛するような言葉が多く見られる。
「そっか……良かったです!ありがとうございますっ!」
笑顔になってお礼を言うミツミに視聴者含めてほっこりした。
「もきゅ!もきゅ!」
「ん?何?……あぁ、はいマカロン」
「それは?」
話を戻すように何かを催促しているラッキーに対してミツミがお菓子を渡しており、それを目にしたレイは再度問いかける。
「これは私の作ったお菓子です。レイさんも食べますか?」
「いいの?じゃあ貰おうかな」
「私も」
好奇心に負けた二人はミツミにお願いしてマカロンを受け取る。
「ラッキーの持ってきてくれる木の実を使って作りました!……どうですか?」
解説を聞きながら口に含んだ二人を見て、ミツミは緊張した面持ちで次の言葉を待つ。
「うん、おいしいねこれ!」
「これは……すごい」
感動したように感想を言う二人にほっと胸を撫で下ろすミツミ。
「これなら優勝ありえるよ!」
「ぎゃう!ぎゃう!」
・そんなに?
・俺も食べたいわ
・絶対食べに行こ
「えへへ……あ、あれじゃないですか!」
レイ達の褒め称える声に恥ずかしそうに頬をかいたミツミが、前方に目的の建物を見つけ指を指す。
「あれ?滅茶苦茶並んでるけど……」
その建物には他とは比べ物にならない程長蛇の列ができており、人混みが嫌いなレイはうへぇと露骨に嫌な顔をした。
「問題ない。付いて来て」
「ウサ?」
淡々とそう言ったウサは入り口にいた従業員らしき人物に話しかけると、列とは違う関係者用の入口と思われる場所から中に入っていく。
「え、これ行っていいの?」
「でもどんどん行っちゃいますよ!?」
迷いながらもとりあえず付いていくことにしたレイとミツミは慌ててその後ろを追う。
そうしてテラスのようになっている2階席に辿り着き、円卓に三人は腰を掛けることになった。
「こちらをどうぞ」
「あ、ありがとうございます……で、なにここ?」
席に着いた瞬間にウェイター服を着た男性がジュースを運んでくる。今までとは異なる様子にレイはつい疑問の声を漏らした。
・パティシエじゃないの?
・正面のあれステージ?
・なんかクラブみたい
テーブルはレイ達のいるテラス席にしか存在せず、1階部分はフロアのようになっている。壁際はステージとでもいうかのように少し高くなっており、そのとても飲食する場所には思えず、視聴者からも困惑の声が上がっていた。
「まさかこんなに本格的とは……」
「ん?ミツミちゃん知っているの?」
「そろそろ始まる」
レイの問いかけをウサが遮ると、バツンッと照明が消え、暗闇が訪れる。
「みんな~!来てくれてありがと~!」
次の瞬間、舞台にスポットライトが当たると、袖からフリフリのアイドル衣装を着た美少女が手を振りながら現れた。
「お菓子の国からこんにちは!チョコの妖精、アイだよ~!」
マイクを手に持ち笑顔を振りまきながら自己紹介をした彼女に地響きのように野太い歓声が上がる。それに対してえへへと可愛らしく笑ったアイは流れた曲に合わせて歌って踊り始めた。
「はぇ~」
食べ物を食べに来た筈が目の前に広がる予想外の光景に、ミツミはキャパオーバーしたのかぽかんと口を開いて眺めている。
「また、さっきとはずいぶん特色が違うんだね……というか食べ物は?」
「それは後で分かる」
同じように戸惑っていたレイの疑問にウサはストローでジュースを飲みながら意味深な言葉を返す。
それに対して怪訝な表情をしたレイだったが、演目が終わり、天井の明かりがついたことでステージへと向き直った。
「これから握手会になりまーす!申し訳ないですけど配信はお切りくださーい!」
「あ、そこで何かある感じか。じゃあここで終わるね」
・あい~
・いてら~
・おつ
何となくウサの言っていたことを理解したレイは、配信禁止のアナウンスを聞いて言われた通り配信を終了する。
その間に各テーブルごとに順番に呼ばれていき、別室へと移動していった。
「次、8番テーブルのお客様~!」
「あ、私たちですよ!」
数分後、ようやくレイ達を呼ぶ声が聞こえると雑談を切り上げて別室へと入る。
「わぁ!きてくれたんですかぁ!」
中に入ると先ほどステージの上にいたアイが笑顔で立っていた。その甘ったるい猫撫で声がレイには嘘くさく聞こえ、少し違和感を覚えた。
「レイさんですよね!最近噂の!」
「え?知ってるの?」
思いがけない言葉に軽く驚いた表情をするレイ。
「当然です!だって有名人ですよ!ここに来てくれたってことはパトロンになってくれるってことですか?あぁ、ウサさんが紹介してくれたんですね!」
「実は私達は彼女のパトロン」
「【Gothic Rabbit】さんには衣装を提供してもらってるんです!」
「へー、そうなんだ」
意外な関係性に驚いたレイだったが、すぐに申し訳なさそうな表情を作る。
「あーでもごめん、私もうこの子のパトロンなんだ」
その言葉を聞いた瞬間、酷くつまらなさそうな表情を見せた。
「なーんだ。レイさんってこういうイベント捨てる人だったんですね」
態度が急変したアイの様子にレイは眉根を寄せる。
「どういうこと?」
「だってポッとでの彼女にチャンスなんかあるわけないじゃないですか。このイベント自体人気投票みたいなものなんだし」
「そんなのやってみないと分からないじゃないですかっ!」
余りの言葉に我慢できずに思わず叫んだミツミに対して、少し驚いた顔をしたもののアイはすぐに不機嫌な表情を作る。
「うるさいなぁ。そんなに吠えたって結果は変わんないんですって」
「勝手に決めつけないでくださいっ!」
そうしてしばらく睨み合っていた二人だったが、やがて馬鹿馬鹿しくなったのかアイが視線をそらすとテーブルの下からアイテムを取り出した。
「まぁいいや、はいこれ。受け取ったら帰ってくださいね」
それは何の変哲もないチョコだった。
パティシエに限らず【料理人】系統の職業では現実と同じように工程を踏襲して料理を作成できる。もちろんオートで作成することも可能なのだが、それをすると品質や効果が必ず固定になってしまうため、基本的にはマニュアルで作成し、より良いアイテムとして作成することを全プレイヤーが目指していた。
ただ、目の前に差し出されたものはそのどちらでもなく、既製品のような――それこそNPCから購入できるアイテムの形とラッピングを少し変えただけに感じられた。
「パティシエ……なんですよね?もっとちゃんとしたモノ作ったりとか……」
「はぁ?」
心底理解出来ないような馬鹿にした声を出したアイはやれやれと首を振る。
「ここに来る人はそんなの求めていないんですよ。お菓子より私。私に会う権利を買ってるんです」
当たり前のようにそう言うアイにミツミは困惑した声を上げた。
「じゃあなんでパティシエなんか……」
「キャラ付けってやつですよ。そもそもなんでこっちの世界ですら真面目にお菓子作らなきゃいけないんですか、面倒くさい。所詮ゲームでしょう?」
鼻で笑いながら放った、決して間違ってはいない一言。だが、そんなゲームに本気になっている人間の逆鱗に触れた。
「……な、何怒ってるんですか、キモ」
無言で見つめるレイの鋭い視線に少したじろぎながらも強がりを返すアイ。
「ウサさんもこの人達と同じ考えなんですか?」
「あなたの考えが間違ってるとは言わない」
急に話を振られたウサはそれでも動揺することなく真っすぐとアイの方を見ながら答える。
「でもレイ達が本気なのも分かる。だからノーコメント」
「……ふーん、まぁいいです。せいぜい頑張ってくださいね」
その回答を聞いて興味が失せたような一瞬だけ冷めた目をしたアイは、すぐに笑顔を作り直してお帰りはあちらですと出口を指さす。
「次の人が待っているので早くしてもらっていいですかぁ?」
最初の時と同じような猫撫で声がレイの神経を逆撫でさせる。
これ以上いると本気で手が出そうだと考えたレイはそれ以上何かを言うことなく、黙って出口へと向かった。
「レイさん……私負けたくないです……!」
「私もだよ。絶対ぎゃふんと言わせてやろうね」
その後をついてきたミツミが闘志を燃やすように呟くとレイはそれに同調する。
このイベント自体、どこか他人事のように考えていたレイが確かな目的をもって取り組むようになった瞬間だった。
[TOPIC]
PLAYER【ミツミ】
身長:148cm
体重:43kg
好きなもの:お菓子、パティシエ、ショートケーキ
将来パティシエを目指す小学生の女の子。現実世界ではまだ危ないからと包丁を握らせてもらえないため、現実世界によく似た『ToY』の世界で日々勉強を行っている。
兄や両親に蝶よ花よと育てられたためか、性格は非常に純粋で心優しい。その上真面目で素直であると、年相応の少女に成長しているようであった。




