2-13 最強伝説終焉
【レイちゃんねる】
【第7回 新しい朝が来た】
「やぁみんな一日ぶり!じゃしんも元気だった?」
「ギャウ」
帰省のため一日お預けを食らっていたレイは【Gothic Rabbit】のクランハウスの客間で目を覚まし、普段よりも数段高いテンションで視聴者とじゃしんに話しかける。
逆に肩をバシバシと叩かれたじゃしんはロボットのように感情を感じさせないトーンで鳴いていた。
・あ、きちゃったか~…
・わこ~…
・そうか、休んだからまだ知らないのか
・タイミング良いのか悪いのか…
「ん?何のこと?ってかみんないつもよりもテンション低くない?」
いつもより勢いが弱く歯切れの悪いコメント欄にはてなマークを浮かべるレイ。
・どうする?
・まぁ、言わない訳にはいかんだろ
・どっちみち気付くだろうしな
・レイちゃん、メニューのバナー見てみ
「バナー?」
コメント欄の様子に少し不穏な気持ちになりながらもメニューウィンドウにあるバナーを確認した。
「『能力調整のお知らせ』……?おっと」
『初めまして。総合管理AIのNAVI-004です。本ゲームにおける能力調整及びサーバー関連について対応しています。どうぞよろしくお願い致します』
レイの目の前に見慣れた淡く点滅する白い光が出現する。今度は羽が薄いオレンジ色をしていた。
「これも慣れたもんだね。よろしく」
『はい。では初めに、HP回復の件について説明させていただきます。以前までは【徐々に回復する効果】という記載でアイテムを運営しておりましたが、今回よりそれらを状態効果の【リジェネ】という形で扱うよう変更いたしました』
「む?と言うことは……」
その言葉にアイテム欄から【リジェネポーション】を取り出して使用してみるレイ。
「ぎゃう?」
「やっぱり……」
その結果にレイは落胆する。
以前まではHPが回復する効果はレイに向かっていたが、今はどうやらじゃしんが受けているらしく、ステータスを見てもじゃしんの方に『STATE【リジェネ】』の記載があるのを見つけた。
『ユーザー様より分り辛いとのご指摘を頂いた事、またとあるスキルの対象外になってしまっており、難易度に著しく差が出来てしまう事が発覚したためこのような修正となりました。何卒ご容赦ください』
「まじか、これ結構な痛手だな……」
回復手段が1つ減ったことにレイは思わず頭を悩ませたが、現状ではダメージを負ったらそもそも一撃なのでそんなに影響はないかと考え直す。
『続きまして、召喚獣のスキルについてです。一部ユーザーで召喚獣のスキルを使用した際にプレイヤーではなく召喚獣自身にその効果がいくケースが見られました』
「あれ、これってまさか……」
・あーあ気づいちまったか…
・やっぱそうだよな
・どう考えても、だよね
ひどく既視感のある説明にレイと視聴者はある心当たりを思い浮かべる。
『さらにそれを実行した際、運営の想定していない強力なシナジーを発揮してしまう事も調査済みです』
「待って待って待って待って待って……」
「ぎゃう?ぎゃう!?」
不穏な言葉の羅列にレイは取り乱し始め、逆にじゃしんは徐々に生気のこもった眼を取り戻していく。
『上記事象は今後の『ToY』においてもゲームバランスを損なう可能性が高く、流石に看過出来ないと判断したため修正することにいたしました』
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ぎゃうぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
絶望の、あるいは希望の言葉がその耳に入り、一人と一匹は真逆の感情で叫び始める。
『修正内容に関しましてはとあるユーザーのみが対象となりますので、詳しくは自身のスキルをもう一度確認していただくようお願い致します』
心当たりがあり過ぎるレイは震える手でウィンドウを操作するとステータス画面を開く。そこにはこう記載されていた。
SKILL【自己犠牲】
信仰とは『尊キ者』にすべてを捧げ、失うことを厭わないその姿勢にある。
効果①:自身に発生する効果を召喚獣に与える
※召喚獣からの効果付与は対象外
『また、対象者にはささやかではありますが補填の方を用意させていただきました。メールよりお受け取り下さい。以上で今回の調整は終了とさせていただきます。引き続き『ToY』の世界をお楽しみください』
それだけ言い切るとフォースはあっという間に消えていなくなる。
あまりのことに数分間茫然としていたレイだったが、ハッと意識を取り戻した。
「ちょ、ちょっと待って?じゃあもう時間止められないの?私の最高効率レベル上げは?」
・そこかよwww
・ぶれないなぁ
・そうだよ(迫真)
いまいち状況が理解できていない――いや理解したくないレイは頭を振って現実から目を背ける。
「まだ……まだだ!この目で見るまでは……!」
諦めの悪いギャンブラーのような、追い詰められた目をしたレイは小躍りしているじゃしんの方をぎろりと睨む。
「じゃしん!【じゃしん賛歌】!」
「……ぎゃう」
踊りを止めたじゃしんはレイの言葉に渋々頷くと意を決したように喉の調子を確認して歌い始めた。
「La~~~♪」
そして世界が止まる――。
「ぐっ!?」
「La~~~♪!」
――じゃしん以外の。
初めて経験する【硬直】状態に、レイは苦悶の表情を浮かべる。そして以前の作戦は完全に使用できなくなったことを理解してしまった。
・あ、そっか。レイちゃんくらうの初めてなのか
・ってか長くね
・そりゃ止める奴がいないからでは?
・めっちゃ気持ちよさそうに歌ってんな
「La~~~♪」
一方じゃしんはというと、すべてのしがらみから解放されたようなすがすがしい表情で、時にこぶしを握り締めながら熱唱しており。
そうして数分の間歌い続けたじゃしんは額の汗をぬぐう動作をすると、誰に向かってというわけでもなく一礼をした。
その瞬間レイが膝から崩れ落ちる。
・いい歌だ…
・ブラボー!ブラボー!
・感動的だな、だが無意味だ
・レイちゃん…w
・えっと、大丈夫…?
最初は笑っていた視聴者も徐々に心配の声が勝るようになる。ただレイはふふふと笑っていた。
「これはGMコール案件だ……間違いない……私が正しい……」
何かに憑りつかれたようにウィンドウを操作するとGMコールの画面から運営に対して贈るメールを作成する。
『すいません、今回の調整の件についてなんですが、明らかに私をピンポイントで狙いすぎていないでしょうか?ただでさえ辛い現状だったのにこれ以上辛くなるのは困ります。そもそも最初の時点からおかしかったんですからここではそちらが妥協するのが筋というものではないでしょうか』
ほぼほぼ恨み言をつらつらと書き連ねただけの内容だったが、レイの中では正義はこちらにあり、これで完璧だという思いで送信する。
ただ当然そんなに上手くいくわけもなく、数分後に帰ってきた返信を見てレイは言葉を失った。
『いつも『ToY』を遊んでいただき誠にありがとうございます。お問い合わせいただいた件ですが、明らかに他プレイヤーと比べて強力な行動となってしまっているのが現状でございます。お客様の言い分ももっともですが、ユニークモンスターという特性上、このままだと他プレイヤーとの重大な戦力差を生んでしまう温床となることが懸念されますので、誠に申し訳ございませんがご理解とご協力のほどよろしくお願い致します』
・でしょうなぁ
・そりゃ強すぎたもん
・こればっかりはしょうがないよ…
・次いこ次!
まるで取り付く島のない大人の対応な返答と、すでに受け入れた様子の視聴者にレイは愕然として、自分の時代が本当に終わったのだと悟った。
「せ、せっかく最強の力を手に入れたと思ったのに……」
「ぎゃう!ぎゃう!」
手と膝をついて四つん這いの状態で項垂れるレイにガッツポーズを繰り返すじゃしん。
「どうしてこうなるのさ~~~~~!」
「ぎゃう~~~~~~~~~~~~!」
二者二様の叫びが【Gothic Rabbit】のクランハウス全体に木霊した。
[TOPIC]
WORD【パッチノートVer2.1.2】
・一部効果の挙動を変更。
・一部プレイヤー及び召喚獣のスキルの修正。
・細やかなバグの修正。




