2-12 お盆と腐れ縁のアイツ
「玲ー?もう行くわよー?」
「はーい……」
下から聞こえる母の言葉に眠い目を擦りながらも自室から出て階段を降りていく玲。
「まーた遅くまでゲームやって……ってそんな真っ黒な服で行くの?お葬式じゃあるまいし」
「うるさいなぁ。もう着ちゃったからこれで良いよ」
適当に選んだ服に難癖をつけられて少しムッとした彼女は、小言に耳を塞ぐように小走りで玄関から外に出る。
「あつー……」
その瞬間、照りつける太陽が玲を突き刺す。まるで嘲笑うかのように燦燦と照り付ける様に自身の服装を後悔したが、先ほど大口を叩いた手前今更変えるわけにもいかず、ぐっと我慢して車へと向かう。
「玲、おはよう」
「あ、お父さんおはよう」
車には先に玲の父――深見慎一が乗車していた。メガネの奥に優しそうな笑みを浮かべながら玲に話しかけてくる。
「その様子だと昨日も遅くまでゲームしてたのかな?そんなにハマったのかい?」
「うん!めっちゃ面白いんだよ!」
玲は車に乗り込みながらも投げかけられた質問に身を乗り出して答える。
「ゲームの内容もそうだけど風景もすっごく綺麗でね!本当に買ってくれてありがとう!」
「はは、どういたしまして」
心底嬉しそうな声で言われたお礼の言葉に慎一も思わず笑顔になって答える。
「ゲームやるなとは言わないけど勉強の方もやってるんでしょうね?」
「……やってるよ?」
その時助手席に入ってきた母親――深見瞳から小言が飛んで来る。
「あんた……まぁ良いわ。成績落ちたら没収するからね」
「ぐぬ……了解です」
瞳の言葉に反論の余地無しと悟ったのか、がっくりと項垂れて車の座席に凭れかかり、それと同時に車のエンジンがかかる。
「じゃあ行こうか。忘れ物ないかい?」
「大丈夫よ」
「私も大丈夫」
慎一が確認を取ると車を走らせ始める。するとあっという間に玲の視界から家が消えていく。
(今日は『ToY』できないのかぁ。まぁたまには息抜きも必要ってことにしようかな……)
窓の外を眺めながらゲームのことを思い浮かべる。
『ToY』でこれから何をしようか、何が出来るかなどの目標や今後の予定を頭の中で考えていると、心地良い揺れも相まって次第に眠くなっていく。
ウトウトと船を漕ぎ出した彼女の瞼は次第に閉じていき、やがて夢の世界へと旅立っていった。
◇◆◇◆◇◆
「――い。玲、着いたわよ、起きなさい」
「んむぅ?」
体を揺さぶられていることに気づき、玲は目を覚ます。母親からの言葉から察するに目的地へと到着したようだった。
「ん~!久しぶりだな、おばあちゃん家」
車から出て伸びをした玲は目の前の家を見ながらポツリと呟く。
都会の喧騒から少し外れた場所にある一軒家は多少年季が入っているものの、大き過ぎず小さ過ぎず、可もなく不可もない普通の一軒家だった。
「お邪魔しまーす」
玄関を開けて家の中へと入って行く玲。真っ直ぐいった先にある襖を開けると一面畳のリビングが目に飛び込んでくる。
「あら、玲ちゃんいらっしゃい」
「おばあちゃん、久しぶり!」
どこか慎一に似た優しそうな笑顔を浮かべている年配の女性――深見聡子がちょいちょいと手招きし玲を呼ぶ。
「大きくなってぇ、元気だった?」
「元気だったよ!お婆ちゃんも元気そうだね!」
「お邪魔します。お義母さんお久しぶりです」
「母さんただいま」
玲から遅れて数秒後に両親がリビングへと入ってくる。
「玲、お爺ちゃんには挨拶した?」
「あ、今からやる!」
瞳の言葉に玲は立ち上がるとリビングの角に置いてある仏壇の前に向かう。
そこには口元に白い毛を携えて厳しい顔をしながらピースしている年配の男性の姿があった。
「相変わらずおじいちゃんの写真は面白いね」
そう独り言を呟いた玲はおりんをチーンと鳴らすと手を合わせて合掌する。
数秒、目を閉じていた彼女はその後解き放たれたかのように飛び上がると聡子の方に振り返った。
「じゃあおじいちゃんのゲームしてきていい!?」
「あぁ良いよ」
「やった!」
その言葉を聞いた瞬間玲はリビングから飛び出す。後ろから瞳の制止する声が聞こえた気もするが、全く止まる様子を見せずに急いで階段を駆けていく。
そうして二階にある祖父のゲーム部屋だった場所に辿り着き、笑顔で中に入って――そこで固まった。
「おー、玲もようやく来たか」
中には先客がいた。
壁に大量のレトロゲームが飾ってある部屋の中、畳に胡座で座りながら、昔懐かしいブラウン管のテレビでゲームをしている大学生くらいの青年がいたのだ。
「士にぃなんでいんの?」
「何でってお墓参りだからだろ」
「おばさん達は?」
「多分昼ごはんでも買いにいったんじゃないか?」
軽い調子で答える士になるほどと納得した玲はその横に腰を下ろす。
「何してたの?」
「『魔人の里』。ノーダメタイマツ縛りしてた」
玲が画面を見てみると確かにタイマツを持って攻略していた。様子を見るに最終ステージのようだったが士はなんの抵抗もなく電源を落とす。
「良かったの?」
「二人いるのに勿体無いだろ」
何も気にしていないように言うその姿に玲は苦笑する。
昔から一人よりもみんなでゲームをやることを好む性格だった士はよく玲や祖父を誘って色々なゲームをやっていた。
そんな経験やゲーム好きという波長が合う事もあり、一人っ子の彼女にとっては兄のような存在に感じていた。
「あ、そう言えばこれ見てくれよ」
「ん?」
スマホを操作した士はとある画像を見せる。そこには黒色の椅子、『ToY』チェアが映っていた。
「いいだろ?バイトで貯めてようやく手に入れたんだぜ」
『羨ましいだろ』とドヤ顔でチラチラ見てくる兄貴分の姿にイラっとした玲は、同じようにスマホを操作してとある画面を見せる。
「これは?」
「私のチャンネル」
「!?」
「しかも登録者数8万人越え」
「!?!?」
面白いくらいに動揺する士に今度は玲がドヤ顔をした。
「まさか、最近ワールドクエストをクリアしたルーキーって……」
「私です」
「参りました」
圧倒的戦力の前に降伏をした士を見て玲は武器をそっと収める。
しばらくの間悔しがっていた士だったが、気を取り直したように顔を上げるとコントローラーを握った。
「やっぱ普通にプレイしてちゃダメか~……まぁそれはそれとして、何からやる?」
「じゃあ『ぽよよん』で」
「それはボロ負けするからパス。『クラッシュファイター』にするぞ」
「じゃあなんで聞いたの?まぁ良いけどさ」
軽口を叩き合いながらもゲームの準備を進めていく二人。
「どうせ昼寿司だろうし、勝った方が負けた方の寿司一つ食えるってのは?」
「いいね。乗った」
こうしてお昼ご飯を賭けた仁義なき戦いが幕を開ける。
結局痺れを切らした瞳から拳骨が落ちるまで、二人の勝負は続く事になった。
[TOPIC]
WORD【魔人の里】
30年以上前にあるコンシューマーで流行った超レトロゲー。
鬼のような何度の高さの鬼畜ゲーとして話題であり、その中でも最弱と名高い『タイマツ縛り』は挑戦する明けで勇者扱いされた。




