2-3 勧善懲悪の前振り
実はとある企画に参加しておりました。
詳しくは活動報告にて。
「よっと」
「キュゥア!」
全長一メートル大の二対の角を携えた鹿のような魔物――【ビッグホーン】の突撃をレイは余裕を持ってヒラリと躱す。
「ほい」
「キュ!?」
続いて通り過ぎた【ビッグホーン】の側面を取ると、すれ違いざまに後ろ足に足を入れて、引っ掛けることで地面に転ばせる。
「よいしょっ」
「キュイィ……」
そうして倒れ込んだ【ビッグホーン】めがけ手に持った本を何度も何度も叩き込む。
頭を振り回し追い返そうとしてくる巨大な角に注意しつつ、一方的に攻撃を与え続ければ、やがて力尽きたようにか細い声を上げ、【ビッグホーン】はポリゴンとなり消えていった。
「ふぅ、対戦ありがとうございましたっと」
・ナイス
・さすが
・ビッグホーン強いんだけどなぁ…
その鮮やかさに感嘆の言葉でコメント欄がうまる。
「まぁこちとらビッグフットとやってるからね。同じビッグでも強さは段違いだよ」
・うーん、説得力が違う
・それはそう
・そんなセリフ吐いてみたいわ
トントン、と本を手のひらで叩きながら軽い調子で言うレイに今度は呆れたような褒め言葉が大量に流れる。それに対して恥ずかしそうにはにかむと、視聴者に質問を投げかける。
「それよりも、まだ着かないのかな?」
・そろそろじゃね?
・もうちょっとなはず
現在、レイは【スーゼ草原】の奥地、『ホワイティア』周辺よりも強力なモンスターが出現する『上級エリア』と呼ばれる場所に来ている。またコメントに尋ねる様子から、その中のさらに別の場所を目指しているようだった。
・あった
・あれあれ
・見えた
「え、嘘?……あぁ、あれか!」
その言葉に彼女が目を凝らすと、前方に朧気ながらも石の祠のような大きな建物が目に映る。
その建物こそ、彼女が探していた物らしく、見つけるやいなや笑顔になって小走りでその場所へと向かっていった。
◇◆◇◆◇◆
「ここかぁ、意外と大きいんだね」
目的地についたレイは目の前にそびえ立つ建物を見つめると。ほぅとため息をつく。
「【ポータルステーション】……実際見てみると印象全然違うよね」
・たしかに
・分かる
・へぇ~
レイの言葉に初見のコメントもちらほらと見受けられるが、それでも同意するコメントが大多数を占める。それくらい『ToY』プレイヤーにとって有名なものであった。
【ポータルステーション】の役割を簡単に説明するならば各エリアへのワープゾーン、というのが一番分かりやすいだろうか。
『ToY』は十二個の独立した世界で成り立っており、世界と世界を歩いて行き来することは出来ないようになっている。そんな中、移動手段として用意されているのがこの【ポータルステーション】であった。
「うわ、広っ」
中に入ったレイは想像以上の広さに思わず驚きの声を漏らす。
そこは体育館程の広さの空間となっており、中央にはそれぞれ色の違う十二個の球体がはめ込まれた巨大な円卓が広がっていた。
また、それぞれの球体の直線状の壁には、球体と同じ色をした高さ三メートル程の巨大な扉が設置されており、レイが今入ってきた扉を合わせてこちらも十二か所存在した。
「あそこに入ればいいんだよね?」
・そそ
・あれがポータル
・黄色いところね
レイが指さした扉の先には黄色い渦が描かれている膜のようなものが張られている。他の扉も見てみると赤、青、緑など多種多様の異なる色の膜が張ってあった。
「それだけで別次元に行けるなんてすごいね」
その膜を眺めながらコメントの言葉に感心したようにレイは呟く。彼女が指さす膜、まさにそれこそが別の座標につながっている【ポータル】と呼ばれるワープゾーンそのものであった。
・やっぱりキーロの街に行く人多いね
・まぁイベントあるしみんな行くだろ
・めっちゃ人ごみ出来てるね
「うわ、本当だ。嫌だなぁ……ん?」
同じことを考えているプレイヤーが多くいるのか、お目当ての門の周りには多くの人だかりができている。
そこに参戦しなければならないのかとレイは辟易しつつも、どうやらその人だかりがそれだけではないことに気付く。
「や、やめて下さい!」
「あぁ!?てめぇが悪いんだろうがよぉ!」
そこでは1人の女の子を3人の少年が取り囲んでいた。
女の子の方は自身の荷物を守るようにカバンを抱え込んで必死に離れようとしているが、取り囲まれているため上手く移動もできず身動きが取れないでいる。
「お前がぶつかったんだから慰謝料払えよ!」
「そーだ!」
「いうこと聞け!」
「そ、そっちがぶつかってきたんじゃないですか!」
「うるさい!」
口論を聞く限り少年側が少女にいちゃもんをつけているようで、それを聞いたレイが顔を顰め始める。
「何あれ?」
・知らん
・気分悪い
・なんで誰も止めないの?
その言葉にレイは辺りを見渡すと他プレイヤーは関わりたくないのかなるべく距離をとっている。
そのくせ遠巻きにその様子を窺っており、その姿に思わずレイは舌打ちをした。
「あっ!」
「はい、ゲット~!」
「てこずらせんなよ!」
「山分けしよーぜ」
少し目を離した隙に状況が動いており、少女のカバンは少年たちの手に握られている。
「大事なものなんです!返して!」
「うるせーな!黙ってろよ!」
「あっ」
必死で取り返そうとする少女だったが、戦闘能力は全くないのか片手で押されただけで倒れこんでしまい、ついには泣き出してしまう。
そしてその様子を見てギャハハと下品に笑う少年達、その姿に遂にレイの堪忍袋の緒が切れる。
「ちょっと行ってくるね」
・え?
・やっちゃえ
・お好きに
・3人に勝てる?
コメント欄には後押しする声も多くあったが、心配する声もいくつか散見している。だがレイは怒りを滲ませながらも努めて冷静に、安心させるような口調でリスナーに語り掛ける。
「大丈夫、対人戦の心得は持ってるから」
そう言ってレイはとあるアイテムを取り出すと、通常ではありえない逆さの状態でその手に持つ。
・え、まさか…
・嘘でしょ
・本気?
その様子に視聴者からは正気を疑うようなコメントが出てくるが、彼女は構わずに走り出した。
「は?泣くなよ」
「ゲームで泣くとか馬鹿だろwww」
「さっさと消えろよバーガッ!?」
未だに少女を罵倒していた少年達の背後に近づいたレイは、とりあえず一番大きな声を出していた少年Aの後頭部を手に持ったワインボトルで思いっきり殴りつける。
「あ?……何だテメェ!」
「い、いきなり何すんだよ!」
茫然としていた少年BとCだったが、事態に気付くとレイを睨みつけて武器を構える。
「いってぇ……許さねぇ、やっちまおうぜ!」
倒れていた少年Aも起き上がり、レイのことを敵と認識した3人に対して、レイはこれまで見せたことのない残虐な笑みを浮かべるとペロリと舌を舐めた。
「来なよ、道を外れた者の生き様見せてあげる」
・道を外れた者?
・何それ?
・え?レイちゃん『抗争民』?…あいつら終わったな
現段階でその言葉の意味を理解できている人は歴戦のコメント欄にもほとんどいない。だがその意味を理解した一部の人間は人知れず合掌していた。
[TOPIC]
WORD【上級エリア】
モンスターの出現するエリアの中でも、より強力なモンスターが出現する地帯。
難易度順で並べるのであれば以下の通り。
通常エリア(昼)<通常エリア(夜)<上級エリア(昼)<上級エリア(夜)




