0-4 始まりの街ホワイティア
体がその速度に慣れ始めた頃、ようやく街の入口と思われる巨大な門が見え、それとともにプレイヤーの数も増す。そこでスピードを落とすと、行き来するプレイヤーの間を縫いながら街の中を目指し、辿り着いた門をくぐろうとする――その直前で鎧を身に纏ったNPCが目の前に立ち塞がった。
「見ない顔だな、探索者か?」
「あ、そうですけど」
「そう身構えなくていい。別に通さない訳じゃない」
突然声をかけられた事に少し警戒したレイだったが、その姿にNPCは苦笑する。
「見てわかる通り、ここには多くの探索者が訪れる。別にお前みたいな奴も珍しくないぞ。それで、名前を聞いても?」
「えっと、レイです」
名前を口にすると、NPCは何やら帳簿のようなものに記入する。
「ありがとう。じゃあ入る前に注意事項だ。原則、街の中の私闘は禁止されている。それ以外にも住人の危害を加えた場合は我々が動くことになるだろう。分かったか?」
「りょ、了解です」
その脅しによってレイの右頬に冷や汗が伝う。
恐らく町中で戦闘を行った場合に発生するペナルティの説明だろう、ギロリと睨まれたその迫力に余計な事はしないでおこうとレイは決意する。
「なに、よっぽどのことがない限りそんな事はないから安心してくれ。あぁそれと、街の西側は危ないから近づかないように。そこで何かあったとしても助けられない可能性があるからな。何か質問は?」
「大丈夫です」
「よし、では改めて。ようこそ始まりの街【ホワイティア】へ」
そう言ってNPCは横に退き、レイはようやく街に足を踏み入れる。そこに広がっていたのは穏やかで綺麗な風景であった。
前方には大通りと呼ばれる大きく長い一本道が伸びており、その脇には木造の建物が並んでいる。
また中央奥を見ると羽の生えた女性の像が立っており、そこは入り口に引けを取らない程多くのプレイヤーで賑わっているようだった。
「あそこが中央広場か。よし」
軽く辺りを見渡したレイは改めて現在位置を把握すると、大通りをまっすぐ進む――ことなく、すぐさま左の横道にそれる。
先ほどの綺麗な道とはどんどんと様子が変わっていき、凸凹した道路、薄汚れて苔のついた壁など、どんどんと怪しく人気が少なくなっていく。
先程のNPCの警告を完全に無視したレイは真っ先に街の西側へと訪れており、やがて市街の南西に位置する寂れた宿屋に辿り着いた。
「すいませーん……?」
「おや、珍しいねぇ?」
中に入り、恐る恐る尋ねるとしゃがれた老婆の声が聞こえてくる。
「可愛らしい少女じゃないかい。こんな辛気臭い所に何の用だい?」
「えっと。泊まりたくて……」
「ヒッヒッヒ!面白いこと言うねぇ!」
宿屋として利用しようとしただけのつもりが、何故か不気味な笑い声で返され、レイは早まったような気持ちになる。老婆は一頻り笑うと、ニヒルな笑みを浮かべながら右手を差し出した。
「50Gでいいよ」
「え?」
「泊まるんだろう?50G寄こしな」
その言葉にレイが慌てて〈アイテムポーチ〉から50Gを取り出して、老婆に手渡す。それを確認した老婆はポケットから鍵を一つ取り出すと階段を指差した。
「毎度。部屋は三階の一番奥の部屋さ。ほら、さっさと行きな」
「あ、ありがとうございます」
それだけ言って興味を失ったのか、視線を外した老婆に感謝を述べると、レイは階段を上がって指定された部屋を目指す。
ぎしぎしと軋む階段や蜘蛛の巣の張った廊下に嫌な予感を覚えながらも、三階の一番奥の部屋に辿り着いたレイは覚悟を決めて部屋の扉を開ける。
「あれ、意外と普通だ」
予想に反して部屋の中は綺麗に整頓されていた。何の変哲もないシングルベッドとアンティーク調の机、部屋の隅には長方形の木箱が見え、殺風景なその光景はどこかビジネスホテルのような雰囲気を醸している。
「よし、とりあえず配信してみよう」
一先ず固いベッドに腰を下ろしたレイはメニュー画面を開いて〈詳細設定〉を開く。そしてそこにあった〈配信〉を選択した。
『配信メニューへようこそ!配信管理AIのNAVI-002です!これより説明を始めさせていただきます!』
「うわ!びっくりした」
その瞬間、再び淡く点滅する白い光が現れる。ただNAVI-001と違ってその羽はピンク色をしていた。
『『ToY』の世界では配信を推奨しております!是非皆様の物語を我々にお見せください!ただし、【ワールドクエスト】に関係するイベントについては、申し訳ありませんが強制的に配信不可状態となります!他の探索者様の楽しみを阻害しないための措置ですので、ご了承ください!』
その話を聞いたレイは「なるほど」と納得する。
『ToY』の世界は各々が好きな目的を持って遊ぶことの出来るオープンワールド型のゲームであるが、一応ストーリーと呼ばれるものが存在する。それが【ワールドクエスト】であった。
ゲーム開始から一年たった今でもほとんど発生しておらず、これは多少なりともそういう仕様が影響していそうだなとレイは推測した。
「私は特に気にしなくても勝手に切り替わるんだよね?」
『その通りです!普段はこちら、メニュー画面の〈配信〉より開始、終了を選択して頂けます!終了を選択しなかった場合、再開時に配信も再開されるのでそちらもご注意を!』
「ふむ、動画投稿サイトとの連携はされるんだよね?配信ページの設定はこっちで出来る?」
『そちらは現実世界の方で行えます!初期設定ではこの後設定する名前を使用して自動でアカウントを作成するため、その名前で検索してくださいね!』
「オッケー。ありがとね」
『いえいえ!他に質問はございませんか?』
「うん、大丈夫」
『承知致しました!それでは、まずチャンネル名を決めましょう!』
質疑応答を繰り返し、ある程度の仕様を把握したレイは、NAVI-002からの質問に対し、予め決めていた珠玉の名前を自信満々に答える。
「『レイちゃんねる』で」
残念ながら、彼女にはネーミングセンスは皆無なようだった。そんな感性を疑ってしまうほどの安直な名前に、NAVI-002は変わらないトーンで言葉を返す。
『いい名前ですね!ではこちらで登録させていただきます!』
お世辞に対して満足げに頷くレイ。どうやら本気でいい名前だと思っているらしく、残念ながら手遅れのようだった。
『それではこれより配信を開始します!配信中は近くに撮影用ドローンが追尾します!このドローンは非表示にもできますがどうしますか?』
「うーん、じゃあ非表示でお願い」
『承知致しました!これにて設定を終了です!よい『ToY』ライフを!』
NAVI-002はそういうと空に昇って消えていく。その代わりにピンク色の球体――撮影ドローンが現れた。
レイがそれを注視していると不意にウィンドウが表示される。
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配信タイトル:-
配信時間 :00:00:01
視聴者数 :0
コメント数 :0
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そこには彼女の配信情報が記載されており、ほとんどが0で埋まっていた。
「まぁテストみたいなものだし。取り敢えず名前くらいは変えとこうかな」
そう呟いた彼女は配信タイトルを【初配信】に変更する。そして視線を外すと、次の瞬間には撮影ドローンの姿は見えなくなっていた。
「これが非表示ね。なんか忘れそうだけど……まぁその時はその時か」
まだ準備の段階のためか、特に支障はないだろうと考えたレイはそれ以上気にしないことに決める。そして、本格的にプラン遂行のために行動を開始するのだった。
[TOPIC]
NPC【配信管理AI『NAVI-002』】
『ToY』の世界において、配信設定のガイド役として存在する自律型AI。
明るい性格で、どんな言葉にも肯定で返す。