8-46 【演じるは王、たとえ道化になろうとも】⑤
「――無理にゃ!こんなのやってられにゃいにゃ!」
「ちょっと!さっきの威勢はどうなったのさ!」
「ぎゃう~」
数分後、ニャルの魂の絶叫が木霊する。
初めの内は持てる力を駆使して一騎当千の活躍を見せていたのだが、いかんせん【邪神の先兵】に真っ向から圧倒できる化身の数は少なく、全く終わりが見えない。
ほぼワンオペで立ちまわっていたニャルの表情にも次第に疲労が見えてきており、近くでフォローしていたじゃしんでさえ、少し同情したような視線を向けていた。
「まぁでもダメだね。さすがに数が多すぎる」
「ですね~。これでは日が暮れてしまいます~」
【邪神の先兵】の足止めをしつつ、レイ達は改めて状況を整理する。
「もしかして、なにかギミックがあるのかも」
「お姉様、何か聞いてないですか?」
「ギミック……ねぇ」
流石にこのまま進めるのは現実的ではないため、なにかヒントとなるものがないかシフォンとウサがレイを見つめる。
「一応心当たりっぽいのはあるんだけど……」
そこで記憶を辿るように先ほどのノラとの会話を思い出せば、一つ、可能性がありそうな言葉を思い出す。そのタイミングで、くたびれた様子のニャルが戻ってきた。
「ちょ、ちょっと休憩にゃ……」
「ぎゃ、ぎゃうっ」
その場にへたりと座り込んだニャルに向けて、じゃしんが甲斐甲斐しく世話をする。そこへ、レイが横から口を挟んだ。
「ニャル!一つ聞いてもいい?」
「ご、ご主人?何ですかにゃ?」
「化身達から力をもらうスキルあったじゃん?あれの逆バージョンってない?」
「にゃ?」
身を乗り出す勢いで問われたレイの言葉。それにニャルは困惑するように首を傾けながら問い返す。
「えっと、逆バージョン?」
「うん。ほら、ノラがみんなで協力してって言ってたでしょ?だったらこう、聖獣のパワーを分け与える的な事は出来たりしない?」
「ふむ、にゃるほど……」
レイさえもあまり要領を掴んでない様子だったが、ニュアンスは伝わったのかニャルが考えるように腕を組む。
「で、にゃにをすればいいにゃ?」
「それは……」
ただその方法までは分かっていなかったようで、結局そこで会話が途切れてしまう。
手詰まりな状況で、嫌な沈黙が流れる中、不意に二匹の猫がニャルの目の前へと
姿を現した。
「ユエ?」
「コハク?どうしたんですか?」
それは、ウサとシフォンの化身である白と黒の猫。その二匹がまるで王に仕える忠臣のように傅いて頭を差し出す。
「「にゃお」」
「……ふむふむ、触ればいいにゃ?では失礼して――にゃにゃっ!?」
その一鳴きで意図を理解したニャルは、恐る恐るといった様子でその頭に触れる。その瞬間、ニャルの手から送られた光によって、二匹の体が輝き出す。
「「にゃお!」」
そのまま光を纏った状態となったユエとコハクが一鳴きと共に振り返ると、【邪神の先兵】へと飛び込んでいき、その胸に風穴を開ける。
「にゃ、にゃんと!?」
「ぎゃう!?ぎゃうぎゃう!」
「いや、じゃしんには意味にゃいと思うにゃよ……?」
次々とポリゴンに変わっていく【邪神の先兵】達を見ながらニャルが目を見開くと、余りにも分かりやすいパワーアップに、『俺!俺にもやって!』とニャルに縋りつくじゃしん。
「どうやら、当たりっぽいね。じゃあ私達がやることは決まったかな。ニャル、じゃしん行くよ!」
「了解にゃ!」
「ぎゃう……」
その一部始終を見て仮説が確信に変わったレイは、ニヤリと笑ったニャルと何の変化もなく落ち込むじゃしんを連れて戦場を駆け出していく。
「皆さん~、レイさんの援護を~!」
「道を開けろ!決して邪魔させるな!」
「みんな、ありがと!」
行く手を遮ろうとする【邪神の先兵】は、【じゃしん教】の面々がフォローに回ることで、レイの元へと辿り着かせない。
そんな彼等の献身にお礼を言いつつ、レイ達はエリア中に散らばる化身達を目指して進む。
「これ以上、コジロウに触れさせない……!」
「にゃう……」
「来るなら来い!俺が相手を――」
「させないよ!ニャル!」
「分かってるにゃ!」
中には、【邪神の先兵】に囲まれ絶体絶命のプレイヤーもいたが、それに割り込む形で蹴散らしていく。
「さぁ、立ち上がるにゃ!反撃の時にゃよ!」
「にゃう!」
「コ、コジロウ!?一体どうしたんだ!?」
「一緒に戦ってあげてね。ちゃんとフォローするんだよ」
「え?は、はい!」
そして、ニャルが化身へと触れたことで、息も絶え絶えだった化身が力を取り戻すのを確認すれば、その場は任せてさらに次の場所へと移動する。
「『きょうじん』!何をした!」
「化身に力を与えてる!多分これが攻略法だと思う!」
「……あとで詳しく教えろ!総員、『きょうじん』をフォローするんだ!化身を連れている奴はこっちにこい!」
道中であったギークに最低限の情報だけ伝えれば、悪態をつきながらもレイをサポートするように周囲へと声をかける。
それによって、加速度的に化身達が力を取り戻りしていけば、あれだけ数の多かった【邪神の先兵】が見て分かるくらいに数を減らしていった。
「よし、もう少しだよ!」
「そうにゃね。これにゃら――」
「ぎゃ、ぎゃう!」
おおよそすべての化身に力を与え終われば、収束していく戦場の風景を眺めつつ、レイは一息つく。ただそれと同時に空を見上げたじゃしんが、何かに気が付いた。
「あれは……」
「もしかして、あいつ逃げてるにゃ!?まずいにゃ!」
そこにいたのは一体の【邪神の先兵】の姿。敗北を悟ったのか、一目散に天高く逃げていく姿を見て、ニャルが焦った声を上げる。
「ぎゃ、ぎゃう!ぎゃう!」
「そうにゃね!急いで追いかけて――」
「その必要はないよ」
すぐさまじゃしんの背中に乗って後を追おうとしたニャルだったが、それをレイが落ち着いた声で止める。
「ここは私に任せてくれる?」
「ぎゃ、ぎゃう?」
「どうやって……いや、任せたにゃ!」
一度はその方法を問おうとしたニャルだったが、自信満々のレイの姿にそれ以上は野暮だと考えを改める。それにレイが笑みを返すと、静かにスキルの名を口にした。
「変身。【武神機巧『貫鎧』】」
その瞬間、レイの装備が光に包まれる。
ドレスのようなシルエットは、すらりとしたコートのようなものに変わり、手に持った拳銃が長く鋭く尖っていく。
そうして数秒後、そこには全身を黒のコートで身を包み、口元をスキンで隠して耳にイヤーカフを巻いたレイの姿があり、その手には自身の背丈よりも高い、細長い狙撃中が握られていた。
「ぎゃう~!」
「ご主人、カッコいいにゃ!」
「ふふっ、ありがと」
目を輝かせるじゃしんとニャルにレイが微笑みを返せば、上空を羽ばたく【邪神の先兵】へと得物を構える。
重さがないのか、大きさの割に一切ブレない銃口は次第に【邪神の先兵】へと照準があっていく。それに気が付いた【邪神の先兵】が慌てて左右に大きく動くが――。
「残念、この距離は外さないよ」
そんな小細工を嘲笑うかのようにレイがトリガーを引けば、放たれた一発の銃弾が寸分の狂いなく、【邪神の先兵】の翅を捕らえる。
飛行能力を失い、無様にも墜落する【邪神の先兵】。抗う術もなく地面に落ちた後も、何とか体を引きづってその場から逃げようとする……が。
「さぁて、覚悟は良いかにゃ?」
「ぎゃう~?」
その目の前に、なんとも悪い顔をしたニャルとじゃしんが立ち塞がる。
その数秒後、レイの耳には情けない断末魔のような幻聴が聞こえたような気がした。
[TOPIC]
SKILL【モードチェンジ『黄昴星』】
何者にも止められぬ貫穿の昴星。それは自由の名を冠する麒麟の如く。
CT:1500sec
効果①:<信仰>を<技量>に置換
効果②:一定時間経過後、形態解除(300sec)
効果③:SKILL【武神機巧『貫鎧』】




