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8-39 友の涙に呼ばれて


「ぎゃうー!」


「そんな……っ」


 じゃしんの悲痛な声が耳に届き、レイもまた茫然とした様子で足を止める。予想していた最悪の事態を止められずに頭が真っ白になる中、イッカクの鋭い指摘が耳を打った。


「レイ!一度逃げよう!」


「ぎゃ~う~!」


 ハッとして視線を向ければ、そこでは涙を流して暴れるじゃしんを胸に抱えつつ、イッカクとアポロが距離を離していく姿。


 それを見たレイは歯を食いしばりながらもその後に続く。


「攻撃を続けてください~!なんとしても彼等を守るのです~!」


「攻撃を緩めるな!」


 そんな二人のプレイヤーをフォローするように、多数のプレイヤーから弾幕が【ヨトゥン】へと向かっていく。


 そこでようやく周囲の強敵を排除したと認識したのか、【ヨトゥン】の体が地上にいるプレイヤーへと向いた。


「来るぞ!」


「これは……!」


「嘘でしょ……!?」


 有象無象の虫けらを踏み潰すかのように【ヨトゥン】が一歩足を前に踏み出す。ただそれは最上位の防御力を誇る聖女達の放ったスキルによって阻まれる。


 淡い光を放つ聖域は、圧し掛かる攻撃に対して何とか拮抗しているようにみえるが、その輪郭は揺れ、今にも壊れそうなミシミシと軋む音を奏で始める。


「そんな、このスキルでも……!?」


「これじゃあ持たないわよ!」


「ッ、総員攻撃を続けろ!先に削りきれ!」


 ギークの声にそれしか生きる術がないと悟ったのか、聖域内にいるプレイヤーはありったけの力を放出して、一斉攻撃を開始した。


「ごめん、何も出来なくて……」


「そんな私も何も……」


 一方で、聖域外の少し離れた場所に降り立ったレイは、【黄泉ノ翼】を解除しつつ、イッカクの謝罪に今にも消え入りそうな声を漏らす。


「……イッカクさんは、聖域内に戻っててください。『環境耐性ゲージ』があるから、あんまり長居は……」


「……うん、そうだね。レイさんも気を付けて」


 それが本心ではないということは理解しつつも、気持ちを汲んだイッカクはアポロと共にその場を離れていく。


 レイはそれを見送った後、地面に前のめりで蹲るじゃしんの元へと近づいていく。


・じゃしん……

・あれだけ仲良くなったのに

・流石にこれは


「じゃしん……」


「……ぎゃうっ!」


 レイが声をかければ、じゃしんはきっと彼女を睨みつけて飛び掛かってくる。


「じゃしん様!それはッ!」


「ぎゃ、ぎゃうっ。ぎゃうぎゃーう!」


「分かってる、私が行かせたから……」


「ぎゃう!ぎゃう……!」


 首元に抱き着くように密着したじゃしんが、やるせなさをぶつけるように、レイの胸を叩く。だがレイがそれを受け入れるようにされるがままになっているのを見て、ふるふると首を振った後、顔を埋めるように強く抱き着いた。


・可哀そう

・マジでアイツ許せん

・待って、降ってきてる!


「え?」




 ちらりと視界に入ったコメントに、レイが顔をあげれば、確かに何かがこちらに向かって振ってきていた。


 一瞬【ヨトゥン】の攻撃かと思ったレイは、じゃしんを庇うように強く抱きしめるが、その大きさが想像よりも小さい事に気が付く。


「何――って」


「ぎゃう……ぎゃうっ!」


 それは、レイにとってのもう一人の相棒で、じゃしんにとってはライバルであり親友でもある存在。


 表面が透き通った氷でコーティングされ、最後にじゃしんに見せた笑顔のまま氷像と化したニャル。それを見つけたじゃしんは、レイの胸から零れ落ちつつも、覚束ない足取りでそれの元へと向かっていく。


「ぎゃ、ぎゃう……ぎゃうっ!ぎゃうぎゃーう!」


・辛い……

・もう見てられない……

・こんなことなら来なければ……


 氷像となったニャルを起き上がらせたじゃしんは、体に着いた雪を払い除けて笑顔で語り掛ける。


 『何をやっているんだ』と、いつも通り少し小馬鹿にするような声を投げかけるも、当然返事はない。


 笑顔を浮かべながらぽろぽろと涙を流すじゃしんの姿に、レイは声をかけることが出来ずにぐっと歯を食いしばった。


「ぎゃう!ぎゃう………っ」


 モノ言わぬ存在となったことを理解した……いや、させられてしまったじゃしんは、遂に大粒の涙を流して冷たい氷像を抱きしめる。


 その言葉には怒りと懺悔を混ぜたような感情が入り混じって――。


[条件を達成しました。ランクが上がります]


「……え?」


 その時、レイの目の前にここ数日でよく見たウィンドウが出現する。何かのバグかと疑ったレイが困惑の声を漏らすと、そこに畳みかけるようにウィンドウが表示された。


[条件を達成しました。ランクが上がります]

[ランクが最大値に到達いたしました。聖体へと進化します]


「一体何が起こって……」


・レイちゃんあれ!

・まじか!

・このタイミングで!?


 余りにも理解不能な状況に思考を止めたレイへと、視聴者からなにかを指摘する声が届く。それに戸惑いながらも、視線を動かせば――。


「ぎゃう……?」


 じゃしんの抱える氷像が、ピシピシと音を立ててヒビが入っていく。それに気が付いたじゃしんが、目元に涙を浮かべながら顔をあげれば、その隙間から一際大きな光が漏れだした。


「ぎゃ……!?」


 思わず一歩後退ったじゃしんが腕を顔に覆う。そして、その光が収まった後、彼の耳へと待ち望んでいた声が聞こえてきた。


「――何を(にゃ)いてるんだにゃ。みっともにゃい」


「ぎゃ、ぎゃう?」


「まったく、うるさくておちおち寝てられにゃいにゃ。ほんとにポンコツにゃねぇ」


 一瞬、夢かと錯覚したじゃしんだが、目の前で強烈な光を放ちながら不遜な態度で高笑いする親友の姿に、じわじわと実感が湧き上がり、わなわなと体を震わせていく。


「でも、どうやら私は幸運の女神にも好かれているようですにゃ。いやぁ、モテ猫は辛いですにゃ」


「――ぎゃ~う~!」


「ふにゃ!?お、おい!急に抱き着くにゃ!そんにゃに嬉し――って鼻水が!(きたにゃ)いにゃ!」


 ついに我慢できなくなったじゃしんが、ニャルへと勢い良く抱き着く。


 最初は満更でもない顔をしていたものの、じゃしんが顔をぐちゃぐちゃにして頬擦りしようとしてきたため慌てて押しのけた。


「ニャル!大丈夫なの!?」


「おぉ、これはご主人!ご心配をおかけして申し訳にゃいにゃ」


「……ううん!無事なら良かった!」


 そこへ事態を把握したレイが慌てて駆け寄れば、いつもの調子で答えを返してくるニャルの姿。


 いろいろ言いたい事はあったものの、それ以上に喜びが勝ったレイは、満面の笑みを浮かべて歓迎の言葉を返す。


「さてと、やられっ放しは性に合わにゃいにゃよね?」


「ぎゃうっ!?」


 一頻り再会を喜んだ後、ふとニャルが【ヨトゥン】を見つめながらそんな言葉をじゃしんへと問いかける。


・まさか行く気か?

・流石にやめとけって

・レイちゃん止めよう


「……ニャル、どうしても行かなきゃダメ?」


「もちろんにゃ。それに、今なら倒せると思うにゃよ。じゃしんと二人にゃら」


 レイの問いかけに、当然といった様子で返すニャル。そして、未だ不安げに瞳を揺らすじゃしんに向きなおると、じっと見つめながら願いを口にする。


「頼むにゃ。もう一度力を貸してほしいにゃ」


「ぎゃう……ぎゃうっ」


「……分かった。許可するよ。ただし!」


 その言葉に、決意の込めた瞳を返したじゃしん。それを見たレイが認めつつも口を挟む。


「今度は私も行くから!全員で倒すよ!」


「もちろんにゃ!とっても心強いにゃ!」


「ぎゃうっ!」


 ニヤリと笑ったレイに、同じく笑みを返すニャルとじゃしん。


 世界に旋風を巻き起こす三人が、再び戦場へと舞い降りようとしていた。


[TOPIC]

OTHER【試練達成状況:ニャル】

1.『無知を知り、世界を知れ』※クリア済

2.『弱きは罪、一騎当千の力を示せ』※クリア済

3.『手に入れた力を研鑽し、我が物とせよ』※クリア済

4.『戦士の傷をその体に刻め』※クリア済

5.『進化の秘訣は限界の果てにあり』※クリア済

6.『共に戦う仲間と心を交わせ』※クリア済

7.『過去に敗れた強敵を乗り越えろ』※クリア済

8.『千尋の谷へと自ら飛び込め』

 ヒント:地に足がついている内は世界を渡れないだろう

9.『すべてを手に入れ――(掠れて読めない)』

 ヒント:行き詰った時は、時に最初に立ち返ることも重要だろう

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