8-33 三人寄ればなんとやら
「それで、どうするつもりだ?」
「ん?」
モチベーションが最高潮に達した【じゃしん教】の面々が謎の呪文を復唱する中、冷静に戦場を俯瞰していたギークがレイへと声を掛ける。
「倒すんだろう?何から始める?」
「いや、特にはなにも」
発せられたのは、今後の展望について。それに対してレイは肩を竦めながら、さも当たり前のことのように言葉を返す。
「勝手に削り合ってくれるんなら放っておくべきじゃない?取り敢えずは、状況が変わるまで待機かな」
「……まぁそれが無難か」
「一つ聞いてもいい?」
今はまだ小競り合いなものの、対峙する【ヨトゥン】と【シャクラ】の攻防は激しさを増しており、プレイヤーが手を下すまでもなくじりじりとHPが削れている。
余計なことをしてヘイトが向くのも困るため、レイの言葉に嘆息しながら同意したギークであったが、そこへ彼の背後からイッカクが顔を覗かせて二人の会話に交ざる。
「彼らを倒すっていうのは?」
「彼ら?」
その指先にいたのは、未だ空中に佇む黒ずくめの男達。荒れ狂う環境をものともせず、悠然と佇む姿にレイが苦虫を噛み潰したように顔を顰める中、イッカクはさらに言葉を続ける。
「あの二人さえ倒せば、この砂の壁が解かれると思うんだ。だから――」
「いや、やめた方がいい」
だがその説明の途中で、ギークが否定の言葉を差し込んで首を振れば、それに同意するようにレイが続く。
「うん、そうだね。この乱戦を抜けて辿り着くのがまず難しいし、たとえ攻撃が届いたとしても勝てるか怪しいよ」
風、雷、雨、霰、雪。それに加えて雷を纏った氷塊が絶えず周囲に降り注ぐ。そんな地獄のような環境を鑑みての判断だったのだが、どうやらレイの意見に気に食わない者も存在するようだった。
「ガウゥ!?」
「うへっ!?」
・おわっ
・なに?
・びっくりした
これまで沈黙を保っていたアポロが突如としてレイに牙を剥き、憤怒の形相を浮かべている。
その姿はまるで『私達がそんなに弱いと思うのか』とでも言っているようで、レイは飛び上がった後、一目散にギークの背へと隠れた。
「アポロ、待て。よしよし、良い子だ」
「グルゥ……」
「び、びっくりした……」
・変な声出てて草
・いや怖いだろ実際
・このヤンデレドラゴンがよぉ
「いや、勝手に人を盾にするな」
イッカクがアポロの頭を撫でて宥めている間、逸る心臓を深呼吸で整えていく。
その間、レイにされるがままとなっていたギークはというと、ツッコミの声を漏らしつつも、話を本筋へと戻す。
「アイツ等の強さも目的も、現状何も分かっていない。であるなら、下手に刺激しない方がいいだろう。幸い、動くつもりはないみたいだしな」
「そっか。うん、分かったよ」
そうして上空へと視線を向ければ、未だ微動だにしていない黒ずくめの男達の姿。
砂の壁を展開してからは全く動く素振りを見せておらず、機会を窺っている、というよりも場を観察しているに近しい雰囲気があった。
それを敏感に感じ取っていたギークがまずはレイドボスから対処する旨を伝えれば、イッカクは特に食い下がることなく素直に頷く。
「ねぇシフォン、このスキルってあとどれくらいもつ?」
「おそらくですが……5分弱、ですかね」
その間にレイが【聖域展開】の制限時間を聞けば、シフォンは逡巡の後、少し目を伏せながら回答する。
「十分だよ。ミーアの方は?」
「私も一緒よ。ねぇ、それよりも説明はまだ?」
未だ状況についていけてないミーアが返事をしつつ半眼を向けるも、レイはそれどころではないとでも言うようにギークに向き直る。
「なら勝負は遅くても五分後、だね」
「そうなるな」
「あれ?聞いてる?もしもーし!」
「我々が全滅するまでに、最低でも【ヨトゥン】だけは倒しておかなければな」
「……そっか、【レッドホットビート】がないから、時間的猶予はそっちの方が短いのか」
「あぁ。最悪、俺達はデスポーンしたところでそこまで痛くはない。問題は……」
「私の化身、だよね。ホント、厄介なことになったな……」
「……ちょっとじゃしん!これはどういうこと!」
一応空気を呼んだのか、それとも相手にされないことを理解したのか。ミーアはぷくーっと頬を膨らませると、抱えた怒りを発散させるために大股でじゃしんの下へとも向かっていく。
「それは僕としても避けたいかな。最悪倒せなくても良いけど、ニャル君だけは逃がしてあげたい」
「イッカクさん……」
「ならギリギリまで粘ってから速攻で撃破する……しかないかな。それでも倒しきれるとは限らないが……」
結局、作戦と呼べるかも怪しいほぼ行き当たりばったりの内容しか出てこず、三人はがっくりと肩を落とす。
「くそっ、【レッドホットビート】さえあれば……」
「あー、3つだけならあるけど……」
「なに!?それは今どこにある!?俺とイッカクが食べれば少しは希望が――」
何気なく呟いた一言にレイが反応を見せると、ギークは勢いよくレイへと詰め寄って問いただす。
ただその思いをすべて言い切る前に、レイが指さした方向を見て、ピシリ、と体を硬直させた。
「ねぇじゃしん!一体どういう状況なの!せっかくお昼寝しようと思ってたのに!」
「ぎゃ、ぎゃう!?ぎゃ、ぎゃうっ」
「ふんっ。緊張感のにゃい奴らめ……って辛ぁ!?」
「ぎゃうぎゃう~!ぎゃうぁ!?」
「だ、旦那!?大丈夫ですかい!?」
「にゃ、にゃははっ、罰があったったにゃ!やっぱりポンコツはポンコツにゃね!……うぅ、舌がヒリヒリする……」
「何ですッてェ!?そいつァ聞き捨てならねェ!ここにいるこの方をどなたと心得る!」
「ただのポンコツにゃ!というか、まずお前が誰にゃんだ!」
「ねぇちょっと話聞いてる!?無視しないでよ!」
「ぎゃ、ぎゃう~!」
そこにあったのは、周囲の環境にも負けず劣らずの混沌だった。
じゃしんとニャルとミーアとイブルがそれぞれ会話のドッチボールでもしているかのように喧しくしており、その中の一幕として、重大アイテムである【レッドホットビート】が消費されていた。
「き、希望が……」
「……あー、私のあるけど、いる?」
「……いや、いい。お前が使え」
その光景に珍しく絶望したような声を出したギーク。それを不憫に思ったのか、レイが件のアイテムを差し出すも、頭を押さえながらそれを押し返した。
「了解。じゃあ遠慮なく」
「まぁ、なくなったのなら仕方ない、か。もともとない想定ではあったしな」
「そうだね。出来ることをやろう」
ただギークはすぐさま思考を切り替えると、改めて【シャクラ】と【ヨトゥン】の戦いへと目を向ける。
そこでは、白銀世界の剣と雷鳴轟く槍が、今まさにぶつかろうとしていた。
[TOPIC]
MONSTER【アポロ】
神が創造せし太陽の化身は、龍の形を成して人々に輝きを振りまかん。
龍種/太陽龍統なし。固有スキル【太陽龍】
《召喚条件》
ユニーククエスト【堕ちた太陽】をクリア。




