8-32 聖女の領域
「ミーアを?なんでまた……」
その要求に怪訝そうに眉を顰めたレイ。だが、シフォンは臆することなく毅然とした態度で理由を説明する。
「状況を打開できるスキルがあります。ただ範囲が少し心許ないので、そのフォローが欲しいんです」
「それってミーアで可能なの?」
「はい。『聖女』の力を持つ彼女なら必ず」
「……分かった。イブル!【簡易召喚】!」
その真っすぐな瞳を信じる事に決めたレイは、腰に携えた一冊の本を取り出すと、拘束具のようなベルトを外してスキルの名を口にする。
「アイアイさ――ッてとんでもない状況じゃないですか!?」
「余計な事言ってないで早く!これ触媒ね!」
「もう、久々の登場なのに本使いが粗すぎるッ!」
文句を垂れるイビルをあしらいつつ、レイは〈アイテムポーチ〉から【巳の紋章】を取り出すと、イブルに向かって放り投げる。
それをイビルの口が器用にキャッチすると、その足元に黒色の魔法陣が出現し、数秒もしないうちに紫電が迸った。
「――ここは……ってさむっ!?えっレイ!?」
魔法陣の上に立ち込める煙。それを掻き分けて現れたのは、ノースリーブの白いワンピースを着た少女の姿。
突然の環境の変化とレイの姿に驚きを隠せない少女――ミーアがぽかんと口を開けていると、彼女を待ち望んでいたシフォンが一歩前に出る。
「お久しぶりです、ミーアさん」
「あ、あんたは似非聖女!今更何をする気――」
「時間がありませんから、それはあとで。【聖女】のスキルは使えますか?」
一目見た瞬間に敵意をぶつけてくるミーアをぴしゃりと黙らせつつ、シフォンが問い返す。
それに対してミーアがレイの顔を見れば、無言で頷かれたため、不服そうな表情をしながらも素直に返答した。
「……使えるけど。だから?」
「ありがとうございます。これからあるスキルを使うので、あちら側の範囲をお願いします。行きますよ?」
「は?もうちょっと説明――あぁもう仕方ないわね!」
一方的に告げてさっさと視線を外したシフォンに対し、ミーアは言いようのない感情を抱えつつも、彼女の姿に倣ってスキルの発動に取り掛かる。
「『天に召します我らが神よ。どうか人の子に永遠の安寧と幸福を齎し給へ』」
「『天に召します我らが神よ。どうか人の子に永遠の安寧と幸福を齎し給へ』」
シフォンの詠唱に数秒遅れてミーアが続く。そうしてスキル発動に必要な一説を言い終えた時、二人を中心に地面が輝き始めた。
「【聖域展開】」
その光は、まさに救済の光。暖かな空気が周囲へと拡散され、プレイヤー達を守るように四角いキューブ状の空間が二つ、一部を重なり合わせながら展開される。
「これは……?」
「【聖女】のスキルです。この場にいる間は相手からの攻撃が通りません。セーフティエリアを作り出す、と考えていただければ」
・安全地帯ってこと?
・最強じゃん
・無敵か?
『もちろん、時間的制約はありますが』と言葉を付け加えつつ、シフォンは穏やかに笑う。
その言葉の通り、降り注ぐ氷塊が空中で見えない何かに触れたことで消滅しており、同時に『環境耐性ゲージ』の上昇も止まっていた。
「これなら少しは……」
「ついでにこれを~」
ようやく少しの希望を抱いたレイに向けて、今度はスラミンが何かを指し出す。
「スラミン?これは?」
「【レッドホットビート】、【ヨトゥン】の対策アイテムです~。三つしかないので、ニャルさんとじゃしんにでも~」
それは、もう一体のレイドボスについての対策アイテムだった。レイは真っ赤に染まった株のようなアイテムを呆然と受け取って、すぐにぶんぶんと首を振って質問を返す。
「いやいやいや、なんでこんなの持ってんの!?」
「いつか巻き込まれたときの為に、と思って用意していました~。予備でもう一つ持っておけばよかったですね~」
軽い調子でそんなこと言うスラミンに呆気にとられるレイだったが、次第に申し訳なさが湧いてきたのか、そのアイテムをスラミンへと押し返す。
「いや、悪いよ。これは受け取れない」
「いえいえ、レイさんの為に用意してた物なので~。遠慮なく~」
「でも……」
ただ、頑ななのはスラミンも同様だったようで、両手を後ろに回して意地でも受け取らないという姿勢を取り始める。
それに困惑していたレイだったが、埒が明かないと悟ったのかやがて折れたように苦笑を浮かべた。
「……そっか、ありがとう。ほら、じゃしんとニャルも」
「ぎゃう!」
「感謝するにゃ!」
「いえいえ~」
レイ達からお礼を貰ったスラミンが満足気に微笑む中、遠くからこちらに向かってくる足音が聞こえてくる。
「『きょうじん』!これはお前達が?」
「うん、と言ってもシフォンの力だけど」
「なるほど、『聖女』か。何はともあれ助かった」
声の主――ギークはレイの言葉を聞いた後、シフォンへと身体を向けて感謝の言葉を述べる。そしてすぐさまレイに向き直ると、今後のことについてのすり合わせを開始した。
「それで、これからどうするつもりだ?」
「どうするって、倒すしかないんじゃないの?」
「まぁそうなんだが……何か策はあるか?」
「策ねぇ……」
ギーク自身もどうしたらいいのか分かっていないようで、レイに向けて頼るような視線を向けていた。それに悩まし気に腕を組みつつも、レイは一つの可能性を思い浮かべる。
「うーん……なくはない、かな」
何とも歯切れの悪い回答をしつつ、レイはとある方向に向けて歩き出す。そこにいたのは、未だ変わらず、座禅を組んだままの一人の青年。
「ジャック!首尾は!」
「あ?まぁぼちぼちだな。流石にこれは予想外だったけど」
姿勢はそのままで口だけを動かしてレイに返答するジャック。それに対してピクリと眉を動かしながらも、レイは協力を要請する。
「ねぇ、アレを倒すために協力しない?このままだとみんな共倒れに――」
「断る」
だがその言葉を聞ききる前に、ジャックは拒否の姿勢を示す。それを受けてレイは、眉を吊り上げて語気を強めた。
「ちょっと、そんなこと言ってる場合?意地張ってる状況じゃないでしょ!」
「状況、ねぇ。お前にはどう見えてるんだ?」
だがそれでもなお微動だにしないジャック。閉じていた目の片目を開いて見上げれば、レイはそれに少したじろいだ様子を見せる。
「どうって、質問の意味が分からないんだけど……?」
「俺からすりゃ、【ヨトゥン】もお前らも大して変わらねぇよ。全員等しく、【シャクラ】を削ってくれる敵の敵だ」
その言葉は酷く我儘で、自分のことしか考えていなかった。それを聞いたレイが絶句する中、ジャックは再び目を閉じる。
「俺達の狙いは最初からずっと【シャクラ】だけだ。そりゃ【ヨトゥン】が邪魔じゃないとは言わないけど、そこだけはずっと変わらない」
「……あっそ、よーく分かったよ。じゃあ勝手にすれば!こっちの邪魔だけはしないでね!」
「あ、おい!それは俺のセリフ――」
そして遂に、我慢の限界を迎えたレイが吐き捨てるようにそう言えば、ジャックの制止の声に止まることなく【じゃしん教】の下へと帰っていく。
「どうした?」
「交渉決裂!こっちはこっちで勝手にやれってさ!」
「そ、そうか」
見るからに怒ってますという雰囲気を出すレイに、ギークが若干距離を取れば、彼女のボルテージは沸々と上がっていく。
「……決めた。両方とも私達で倒すよ!」
「「「いあ、いあ、じゃしん!」」」
「はいにゃ!」
「ぎゃうっ!」
そうして出された決意表明に、彼女を慕う者から同意の勝鬨が上がる。それに呼応するように、周囲を舞う雨と雪が激しくなっていった。
[TOPIC]
ITEM【レッドホットビート】
その味はまさに情熱。昂る心臓の鼓動をスパイスにして。
効果①:状態異常【極凍】の発生を抑制
STATE【極凍】
効果①:行動不可状態
効果②:最大HPに応じた割合ダメージ(2%/1sec)




