8-17 新たな化身の力
「ったく、いい加減にしなよ」
「にゃう……」
「ぎゃう……」
頭を押さえて地面に突っ伏す二人を睨め付けたレイは、すぐさま顔を上げて前を見る。そこでは今まさに激しい戦闘が繰り広げられていた。
「「「GURUAAA!!!」」」
「はぁっ!」
【深淵から覗く番犬】の繰り出す前脚の振り払い攻撃を、アポロが旋回を繰り返して掻い潜っていく。その縦横無尽の動きの上で、イッカクが自身の背丈ほどのランスを握りしめる。
「【ソーラーレイジ】!」
視線を外すように高く飛び、【深淵から覗く番犬】の背後を取った瞬間、イッカクが三ツ首の付け根めがけてランスを突き出せば、収束した光の閃光が一直線に放たれる。
「「「GURUAAA!?」」」
「よし、いいぞアポロ!」
「グルゥ!」
視覚外からの一撃を受けて苦悶の表情を浮かべて体を仰け反らせた【深淵から覗く番犬】。それを見たイッカクが空いた手でアポロの頭を撫でれば、上機嫌に一鳴きして更に動きを加速させた。
「ガオウ、行くぞ」
「グオォォォォォ!」
一方で静観を決め込んでいたそれ以外のメンバーであったが、その中でギークが自身の化身の名を呼ぶと、それと同時に大音量の咆哮が放たれる。
一瞬なにが起きたのか分からなかったレイだが、その咆哮の後、イッカクとアポロ、それから自身の体を含めて体が薄く輝いているのに気付く。
「今のは?」
「化身のスキルだ。周囲にいるプレイヤーのステータスを一時的に上昇させた」
「えっ、スキル使えるの?」
・その見た目でサポートタイプか
・でも強い
・羨ましい
ギークの説明に、レイは思わず大声を出すと、自身の化身とは違う能力の有無に羨望の眼差しを向ける。
「いいなぁ。ニャルはまだスキル使えないし……」
「なんだ、お前まさか覚えさせていないのか?」
「……ん?」
ぽつりと呟いた一言に違和感を覚えたギークが問い返せば、その意味が理解できずに――いや、理解したくないのか、どこか惚けるような表情を浮かべる。
「いや、化身は契約者のスキルを一つ覚えることができるんだが……まさかそれも知らずに……?」
「は?なにそれ聞いてないけど?」
余りの無知っぷりに引くどころか少し心配するような声を出すギーク。それに対してレイはむしろ開き直ったように声を荒げた。
「そんな大事な仕様は最初に教えておくもんでしょ……。というかネットで調べないと出てこない情報とかゲームとしてどうなのさ」
・今更では?
・それはそう
・ノラに聞けば答えてくれたらしいよ
「……まぁいいや。やり方は?」
だが、視界の端に何とも不都合なコメントを見つけたレイは、すぐさま感情と話を切り替えてギークへと問いかける。
それを受けて何か言いたげに半眼でレイを見たギークだったが、結局そのことに言及することなく質問に答えた。
「スキルを発動させるだけだ。最初に見たスキルに限定されるが、なんでも覚えさせることができる」
「了解。さてと、何にしようかな~」
スキルを覚えさせる方法を把握したレイは早速自身のステータスとにらめっこを始める。どのスキルにするか吟味をする中、ふとシフォンとウサの声が耳に届く。
「あの、試してみてもいいですか?」
「私も」
「何故俺に聞く……。好きにしろ」
どうやらスキルの選別を終えた二人がギークに確認を取っているらしい。それにぶっきらぼうな態度で許可が出されると、先にシフォンがしゃがみこむ。
「では私はこれにしますか。コハク見ていてくださいね、【聖結界】」
目線を合わせながらシフォンがスキルを発動すれば、レイ達の周囲が光の結界に覆われる。それを見届けたコハクに対して今度は人差し指を向ければ、ゆっくりと視線をイッカク達に誘導した。
「早速やってみましょう。【聖結界】」
「にゃお」
シフォンの指示とともに一鳴きしたコハク。それを同時にイッカク達の周囲に同等の結界が発動すれば、【深淵から覗く番犬】の口から放たれた火炎弾を防いでみせた。
「ありがとう!助かったよ!」
「いえ、お役に立てたようでなによりです」
「グルゥ……!」
恐らく容易に躱せたはずだが、律儀にお礼をするイッカクに、社交辞令と知りながらも笑顔を返すシフォン。そんな大人な二人のやり取りに、アポロだけが嫉妬の炎を燃やしていた。
「ユエ、【ダークミスト】」
「みゃ」
「「「GURUU!?」」」
その隙に、今度はウサの化身がスキルを発動する。
可愛らしい鳴き声の後、【深淵から覗く番犬】の目元に黒色の靄が出現し、パニックに陥ったように暴れ始める。
「何したの?」
「【盲目】の状態異常にするスキル」
・まぁ基本はサポート型だよね
・前線に出すわけにもいかんしな
・バフをとるかデバフにするか……
レイが訊ねれば、ユエの頭を優しく撫でながらもそう答えるウサ。
ギーク、シフォン、ウサの三名とも直接的な攻撃ではなくサポート寄りのスキルを選択したことに視聴者が納得のコメントを残せば、レイの気持ちもそちら側に傾いていく。
「……よし、【封神邪眼】にしよう。【邪ナル封具《神隠》】からになるかもしれないけど、自分以外が持ってれば戦略の幅が大きくなるだろうし」
そうして決めたのは、自身の持つスキルの中でも比較的リスクの少ない技。対象相手の回復能力を阻害するという、刺さる場面が必ず存在するであろう効果を持ち、たとえ視界を塞ぐという縛りがあったとしても、十分に有用だと判断したのが決め手だったようだった。
「ニャル、見てて!【邪ナル封具《神隠》】!からの【封神邪眼】!」
「デザインが少し気になりますが……ふむふむ……分かりましたにゃ!」
スキルを発動したレイの姿をじっと観察するように見つめたニャルは、顎に手を当てて考え込んだ後、自信満々に頷く。
「よし、じゃあやってみよう!」
「いきますにゃよ~……はっ!」
そうしてすぐさま実践へと移る。レイの指示に従い、ニャルは自身の姿をイメージするように一度目を瞑り、再度大きく目を開いて覚えていたスキルを発動すれば――。
「にゃ?」
「ぎゃう?」
「え?」
――ニャルの体が、さながら針葉樹の薪のように、それはそれは美しくも激しく燃え上がった。
[TOPIC]
SKILL【ダークミスト】
ようこそ、光の届かぬ素晴らしき闇の世界へ。
CT:30sec
効果①:【盲目】の状態異常付与
効果②:移動速度鈍化(30%DOWN)
STATE【盲目】
効果①:視界制限(1M)




