8-14 竜を駆る貴公子
「アポロ!【ホーリーフィールド】!」
「グルゥ!」
空中で静止したアポロへと、その背中に乗るイッカクがスキルを指示する。それとほぼ同時にアポロが吠えたかと思うと、足元にいるじゃしんとニャルの周囲に、光の膜のようなものが出現した。
「はぁぁぁぁぁ!!!」
そこからは圧巻の一言だった。
二人の安全を確信したイッカクはすぐさま視線を戻し、蝉の艦隊へと突撃する。それに対して蝉の艦隊がミサイルを飛ばして迎撃を試みるが、一切臆することなく正面から向かっていくと、手に持った自身よりも大きいランスを振るって、ミサイルごとモンスターを屠っていく。
「すごい……」
「さすがは『竜騎士』様ですね……」
隣にいたウサとシフォンから思わずといった様子で溢れる言葉。その思いはレイも同じだったようで、煌めきを纏いながら縦横無尽に駆け回るイッカク達に見惚れていた。
「相変わらず賑やかだな、お前のパーティは」
そこへ、背後から聞き馴染みのある声が聞こえてくる。ハッとしながら振り返れば、ゆっくりと歩いてくるギークと、その隣を優雅に歩く獅子の姿。
「ギーク!どうしてここに?」
「お前達と同じだ。コイツのランク上げだよ」
「ガオゥ」
「それがギークの化身?」
「あぁ、そうだ」
レイが確認すれば、ギークは隣にいた獅子の頭を撫でながら頷いてみせる。それに同意するように、獅子から迫力のある鳴き声が聞こえてくる。
なんとなく想像していた通り、隣を歩く獅子は彼の呼び出した化身らしい。立派なたてがみを揺らしながら佇む姿には気品があり、その勇ましさにレイが羨望の眼差しを向けていると、ギークはキョロキョロと周囲を見渡し始める。
「お前の方は――」
「にゃにしてるんだ!ちゃんと言うことを聞け、このポンコツ!」
「ぎゃう!ぎゃうぎゃぎゃう!!!」
「どうどう」
「二人とも落ち着いてください」
「……相変わらずのようだな」
「返す言葉もない……」
そうしてじゃしんと言い合いを行なっているレイの化身らしき存在を見つけると、なんとも言えない表情でため息をこぼす。
それに対してレイが申し訳なさそうに肩を落としていると、戦闘を終えたイッカクがギークの隣へと着地した。
「ごめんね、横入りしちゃって。ギークは大丈夫だと言っていたんだけど、ちょっと我慢できなくて……」
「あ、いえ、助かりました!ありがとうございます!」
「そう?良かった、そう言ってもらえて」
「全部自業自得なんだからお前が謝る必要はないだろう」
申し訳なさそうに頬をかくイッカクに向けてレイが感謝の言葉を口にすれば、その横で腕を組んだギークが鼻を鳴らして突っかかってくる。
「……どういうこと?」
「【CKダイバー】は【キャタピラワーム】を倒した後に時間をおいて出現するモンスターだ。普通のプレイヤーなら無視するか、倒すにしても対策を用意する。だが、さっきの大群から察するに特に何も考えていなかったんだろう?」
「ぐっ……」
だがその内容はひどく的を射ていた。現にレイは特に仕入れた情報もなく夢中でレベリングを行っていたため、それを言い当てられたことにたじろいでしまう。
「というか、何故それくらい調べない?少しでも情報を集めておけば、その対策方法もしっかり書いてあるはずだ。少し気が抜けているんじゃないか?」
「だっ、だって今回は急だったし……あぁ、もう分かったよ!私が悪かったって!」
・怒られてて草
・これはレイちゃんが悪い
・正論パンチ!
なおも続くギークの小言にいよいよ言い返すことができなくなったレイは、両手を挙げて降参の姿勢をとる。それを視聴者が笑えば、恨みが増しそうにコメント欄を見つめた。
「みんなも教えてくれればいいじゃん……。そんなことより、イッカクさんはどうしてここに?」
「ん?あぁ、ギークのお手伝いにね」
話を変えるためにイッカクへと話題を振ると、何の気なしに帰ってくる言葉。それを聞いたレイは半眼となってギークを睨み付ける。
「えっ、寄生プレイ……?トッププレイヤーともあろう人間がそんな……」
「おい、失敬な事を言うな」
「あはは、大丈夫だよ。僕が勝手について行っているだけだから」
先程の仕返しと言わんばかりに蔑んだ視線をぶつけてくるレイにギーグがツッコミを入れると、それをイッカクが朗らかに笑いながら否定する。
「まぁ気持ちは分からないでもないけどね。ほら、化身って一回やられちゃうと二度とリスポーンしないんだろう?」
「え、そうなの?」
イッカクから伝えられた予想外の仕様に、レイは驚きで目を見開く。
想定していた以上の危機だったことを知り、さきほどギークに言われたことを脳裏で反芻させる。確かに彼の言う通り調べないのは怠慢でしかなく、夢中になっていたのもあるが、多くの人が参加するこのクエストにどこか焦りを感じている自分がいることに気が付いた。
・そうなんだ
・え、じゃあさっきかなりヤバかったんじゃ……
・九死に一生じゃん
「危なかった……尚更ありがとうございます」
「ううん、大丈夫」
戦々恐々とするコメント欄とともに、レイは気合を入れ直す。そして改めて頭を下げると、それを見たイッカクは優しい笑みを浮かべた後、少し悪戯な表情に変えて言葉を続けた。
「それに、ギーク以外に悲しむ人を増やしたくないからね」
「ん?なんでそこでギークが?」
「あれ、知らない?ギークの一匹目の化身が消滅しちゃったこと」
「おい」
友人を揶揄うような声音にイッカクのやりたいことにピンときたのか、レイはわざと声のトーンを落として慎重そうな雰囲気を出す。
「そうなんですか……」
「……なんだその眼は?あくまで検証のためにやっただけで、何とも――おい、その眼をやめろ」
「ああやって強がってるんですね」
「そうなんだ、優しくしてあげてね」
・可哀そうに……
・うんうん
・よしよし
労わるような優しい瞳を浮かべるレイとイッカク。それに乗っかるようにコメント欄の雰囲気が変われば、ギークは苦虫を噛み潰したような表情をして押し黙る。
「あはは、ごめんごめん。そうだギーク、彼女達もつれていくのはどうかな?」
「……ふん、勝手にしろ」
それを見て愉快そうに笑ったイッカクは、一頻り満足したのかふと思いついたように提案する。それを受けて不服そうな表情をしながらも頷いたギークに、レイは首を傾げる。
「えっと、何の話?」
「化身のランク上げだよ。一つ、とっておきの場所を知っているんだ」
「えっ」
『内緒だよ』と口に指を当てながら告げられた言葉。それは今のレイにとって、願ってもない提案だった。
[TOPIC]
PLAYER【イッカク】
身長:173cm
体重:52kg
好きなもの:運動、家族、料理
疑いようのない完璧人間であり、根っからの善人。
温かい家庭環境で育ち、幼い頃から人に好かれやすく、多くの人に囲まれた生活を過ごしてきた。小中高で生徒会長を務め、スクールカーストでは頂点のいわゆる陽キャラであるが、善意が空回りしてしまうのがたまにキズ。
ギークとは幼稚園からの腐れ縁であり、高校はおろか大学まで同じの親友と言って差し支えのない仲。『ToY』を始めたのもゲームを始めたのも彼の影響だが、親友と趣味が共有できて嬉しく思っている。




