8-9 興奮と不安をない交ぜに
「じゃしん!大丈夫!?」
「ぎゃ……う……」
石像から赤い卵とともに排出され、地面に倒れ込むじゃしん。レイが一目散に近づいて声をかければ、ぐったりとしながらもゆっくりと体を起こす。
「ぎゃう~……ぎゃうっ!?」
「あ、もしかして装備全部なくなっちゃった?」
『えらい目にあった……』とでも言うようにため息をこぼすじゃしんは何かに気が付いたようにハッと体をまさぐる。
そしてある筈の装備が存在しないことに気が付くと、すべてに絶望したように両手を地面について項垂れた。
「ぎゃ、ぎゃうぅ……」
「いや、そこまでやるつもりは……本当にごめんね?」
本当に悲しそうにさめざめと泣くじゃしんに対し、流石に申し訳なくなったのか素直にレイは頭を下げる。そこへ、ざわざわと周囲からの声が届く。
「おい、自分の召喚獣を生贄にしたぞ」
「仮に検証のためだからといってそこまでやるか?」
「さすが『きょうじん』だな……俺達凡人とは思考が違い過ぎる……」
「いや、そんなつもりは一切なくて……あはは……」
一連の流れを全てギャラリーに見られており、思わぬ形で畏怖の対象になってしまった。随分と流れが悪くなったことを感じ取ったレイは、じゃしんを抱え上げてそそくさと列を離れる。
「どうしていつもこんなことになるのかな……」
「ぎゃう……」
未だ悲しみに明け暮れるじゃしんと赤い卵を小脇に抱えたレイは天を仰ぎながらどこか諦めたように呟く。その直後、背後から聞き馴染みのない軽快な音楽が聞こえてきた。
てれれてれれてれてれてれれれ~ん!
「すごい、SSRだ!」
「引いたの誰だ?」
「【Gothic Rabbit】のクランリーダーだ!やっぱもってんな!」
その音は化身を呼び出す石像から流れており、その音を発生させた張本人であるウサは黒い卵を抱えながらレイの元へ寄ってくる。
「やった」
「さ、さすがウサ。おめでとう」
喜んでいるのかは分からないが、ウサは見せつけるようにずいっと卵を押し出してくる。それにレイが口の端を歪めながら賞賛の言葉を送っていると、再び彼女の耳になんとも軽快な音が聞こえてくる。
てれれてれれてれてれてれれれ~ん!
「二連続!?」
「今度は一体――って『聖女』!?」
「やっぱトッププレイヤーって凄いんだな……」
「お姉様、やりました!」
「あぁ、うん。スゴイネー」
他のプレイヤーの羨望の視線を背に浴びながら、先ほどのウサと同じようにレイの元へとやってくるシフォン。
こちらは満面の笑みを浮かべながら、さながら犬のように尻尾を振っている幻覚が見えるくらいには分かりやすく意思を表明しており、レイはひどく義務的に賞賛を送る。
「これからどうしますか?」
「孵化には現実世界で一日経過する必要があるんだって。だから今日はログアウトしよう。……なんか色々と疲れたし」
「分かりました」
「了解」
レイの言葉に満足げに頷いたシフォンが次の行動について訊ねれば、少しくたびれた様子のレイが一度解散の案を出す。
それに二人から同意が得られると、レイは未だ泣き続けるじゃしんと未知の卵を抱えつつ、何とも重い足取りでベースキャンプへと戻っていった。
◇◆◇◆◇◆
【れいちゃんねる】
【第二十二回 ハッピーバースディ】
・乙
・待ってた
・レイちゃんまたやらかしたって本当?
「イヤァ、ナンノコトカナー」
日付が変わり、改めて配信を始めたレイに向けて投げかけられる追及の言葉。それに明後日の方向を向きながらごまかしの言葉を述べるが、残念ながら彼女のリスナーは容赦がないようだった。
・掲示板で話題になってた
・召喚獣をガチャの素材にしようとしたんでしょ
・神をも恐れぬ所業だって
・なんで配信外でそんな面白そうなことするの?
「……今日は!昨日ガチャで手に入れた卵が孵るよ!!!」
若干非難を込めたコメントを前に分が悪いと悟ったレイは誤魔化すように本日の予定を叫ぶ。
・誤魔化すの下手過ぎて草
・勢いで何とかしようとするな
・卵ってガチャから出たやつ?
「そう!どうやら『聖獣』の化身とやらが出てくるんだって!それがこれ!」
一部の視聴者の興味が移ったことを敏感に感じ取ったレイはこれ幸いにと声を大きくして話題を逸らす。そのままベッドの上に置かれた赤い卵に手を伸ばせば――。
「ぎゃうっ!」
「いてっ」
突然横から飛び出してきた黒い塊。それがレイの手を容赦なく叩くと、間に割り込むように立ち塞がった。
「……ちょっと、皆に見せるだけだって」
「ぎゃうっ!」
レイが叩かれた手を抑えながら恨みがましく睨みつければ、じゃしんは毅然とした態度で首を横に振る。さながら子を守る親鳥のような態度にレイは若干たじろぎながらも交渉を試みた。
「いやいや、絶対返すからさ」
「ぎゃうっ!」
「本当に少しだけだから!ね?」
「ぎゃーう!」
「あーもう分かったよ!」
それでもじゃしんの態度は変わらない。『絶対に触らせないぞ』という強い意志を感じたレイは諦めたように叫び声を上げて肩を落とす。
「はぁ、なんで急に……」
・何かじゃしん怒ってる?
・そりゃあんなことあったらね……
・愛着でも湧いたんじゃない?
「いや、たしかに私も悪いんだけどさぁ」
「ぎゃう~」
ぶつぶつと呟くレイに視聴者が色々指摘する中、じゃしんは赤い卵を優しく撫でながら愛おしい表情で見つめている。
そこに失った物の代わりとして見ているような執着を感じた気がするが、藪蛇になると感じたレイは敢えてそれに触れることなく大人しく見守ることに決める。
「多分もう少しで生まれると思うけど……大丈夫かな」
・なにが?
・どうかしたの?
・マジで何があったんだ
「いや、不審な挙動してたし。……ダメだ、ちょっと不安になってきた」
思い返すのは卵を入手した際に起こった不自然な現象。明らかに他とは異なる不穏な音を垂れ流して誕生した卵がまともな筈がない。
そもそもこういう時は悪い予感が実現する傾向にある。今までの経験からそう算段したレイの脳裏に嫌な未来が過った瞬間に、じゃしんから驚くような声が聞こえる。
「ぎゃうっ!?」
「えっ、もう時間!?心の準備がまだなんだけど――ッ!?」
言葉の通り、何の準備もなく訪れた誕生の瞬間。光り輝く卵がもたらす未来は果たして――。
[TOPIC]
ITEM【化身の卵】
光を失いつつある聖獣は、新たな英雄の誕生に未来を託す。
効果①:孵化までの残り時間『00:00:03』
 




