8-7 そのシステムは娯楽か悪か
「えーっと、これに並べばいいのかな?」
二人と別れた後、レイは一人長蛇の列へと並ぶ。
ワールドクエストという名の話題性はとんでもないようで、順番が回ってくるのは相当先になるだろう……と、レイが目測を立てる中、不意に腕の中にいた生き物が僅かに動く。
「ぎゃう……?」
「あ、おはようじゃしん。良い夢見れた?」
「ぎゃう?」
悪夢でも見たような、辛そうな表情で目を開けるじゃしんに向けてレイが冗談を口にすれば、『本気で言っているのか?』とでも言いたげな真顔が返ってくる。
それに対してレイが苦笑いを浮かべていると、彼女達の目の前に半透明の猫が出現した。
『やぁ探索者さん。元気してる?』
「うわっ」
「ぎゃうっ!?」
それは、数分前に出会った白いチャシャ猫――ノラであった。ただし、その大きさは以前あった時と比べるまでもなく、じゃしんと同じくらいの大きさしかない。
『そんなに驚かなくてもいいのに。ほら、怖くないよ~』
「ぎゃうぅぅ……!!!」
トラウマを刺激されたのか、レイの服を強く掴んで威嚇するじゃしんに対して、幽霊のように宙に浮かびつつ、愉快そうにケタケタと笑うノラ。それを見て違和感を覚えたレイだったが、すぐにその原因を特定する。
「あ、そっか。状況がリセットされたから初対面扱いなんだ。なるほど……」
『おーい、もしもーし。『契約の儀』について説明しに来たんだけど、話しても大丈夫かな?』
半透明のノラはどうやらガチャの説明をしに来たらしく、彼に噛みつこうとするじゃしんの口を押さえつつ、レイは頷きながら耳を傾ける。
『なんとなく察しているかと思うけど、『契約の儀』は僕の化身を召喚するためのものだ。君達に馴染みがある言葉を使うなら、ガチャというのが正しいかな』
「それ言っちゃうんだ……」
『分かりやすい方がいいだろう?そっちの方が僕も説明の手間も省けるしね』
正式にガチャであることが確定し、レイは何とも言えない微妙な表情を浮かべる。それを見て『みんな同じ顔をするんだ』と笑みを深めたノラは更に説明を続けた。
『ガチャだから当然レア度が存在するよ。違いは音を聞いてくれればすぐに判別できると思うからよく聞いてね。とはいってもレア度が高くないと『継承の儀』がクリアできないという訳じゃないから安心して。その辺りは君達の腕次第かな』
先ほどギークから軽く聞いた内容と類似する説明にレイは黙って頷く。ただその中でも気になる点はいくつか存在しているようで、後で質問する内容を脳裏で整理していく。
『『契約の儀』は何回も出来るけど、召喚する度に前の化身は消滅するからね。キープとかもないから相応の覚悟はすること。それから『契約の儀』一回につき、お布施もいただくから。申し訳ないけど、全部こちらで負担できるほどの力は残ってないんだ』
ごめんねと軽く謝罪をしたノラは、一呼吸置いた後に質疑応答に移る。
『大まかな説明は以上だけど、何か質問はある?』
「じゃあまずは……一回のガチャに大量のお布施をすると何か変わる?ほら、レアな化身が出やすくなったりとか」
『ご想像にお任せするよ。まぁ、力は強くなるかもね』
「そういうことね……」
一番気になっていたことを問えば、何やら濁すような答えが返ってくる。それを聞いてギークが曖昧な言い方をした意味をレイは理解した。
「じゃあレア度によって変わることは?特別なスキルを持ってたりするとか?」
『いいや?化身の能力は契約する探索者に影響されたものになるからね。レア度で変わるのは見た目とかじゃないかな?』
どこか惚けたように答えるノラの言葉では本当か嘘かいまいち判別が出来ない。恐らくこれのせいでリセマラを行うプレイヤーが多いのだろうと確信したレイはどうせ答えは出ないと追及を諦めて次の質問に移行する。
「じゃあ最後に。目標は化身と共に『継承の儀』をクリアする……でいいんだよね?」
『まぁね。その実力を見極めるための試練、って感じかな』
試練の際にぼんやりと聞いた内容をもう一度耳にして、レイはじっと考え込む。そうして数秒黙った後、自分の中で整理が付いたのか一度大きく頷くと、再びノラに視線を戻した。
「……うん、大丈夫だと思う。もういいよ」
『了解。それじゃあまた『継承の儀』で待ってるね~』
端的に伝えると、ノラは気楽にそう言いながら体を薄めていく。
「さてと、まずはアイテム整理からかな」
そうしてノラの姿が完全に見えなくなった後、レイは並んでいた列を外れて来た道を戻る。しばらく歩くと、先程いた場所と全く同じ場所で探し人が立っており、レイが声をかける前にその内の一人が口を開く。
「宿屋なら北にまっすぐだ。簡易宿屋だが荷物整理程度なら問題ない」
「さっすがギーク、話が早いじゃん」
「俺も通った道だからな」
「じゃあ、レイちゃんまたね」
レイの考えを完全に読んだギークはそれだけ言うと、役目が終わったとでも言うようにその場から去っていく。
それに続くイッカクとアポロの背中を見送った後、レイはギークの指さした先へ歩き出す――そのタイミングで、彼女を呼ぶ声が聞こえた。
「お姉様、こんな所にいたんですね!」
「見つけた」
「げっ」
その正体は先程まで喧嘩をして、レイに突き放されたファンの二人。折角平和だったのにとレイが露骨に顔を歪めれば、二人は慌ててレイへと詰め寄る。
「二人で話し合った。一時休戦」
「そうです。これ以上お姉様に迷惑はかけるのは本意ではありませんから。ですから……」
お互いの顔を見合いながらもレイに懇願するように縋るウサとシフォン。怒られた子供のような仕草にレイは少し考えた後、呆れたようにため息を零す。
「……分かった。今度騒いだら本当においてくからね」
「ん」
「ありがとうございます!それで、これから何を?」
「あぁ、一旦宿屋にね――」
「ぎゃう~」
そうして再びパーティに加わった二人と共に宿屋街へと向かっていく。レイの腕の中ではじゃしんが『よかったよかった』とでも言うようにしたり顔で頷いていた。
[TOPIC]
WORD【契約の儀】
『継承の儀』に必要な化身を召喚するための儀式。
エリアに設置された招き猫の形をした石像を利用して、自身の協力者で時代の『聖獣』となる化身を呼び出すことができる。
代償としてアイテム及び武器防具を要求されるが、これによって変動する確率はわずかのため、おおよそ運試しと言っても過言ではない。
 




