8-6 敗北を乗り越えるには
「ざーんねーん!まだまだ力が足りないようだね。またの挑戦をお待ちしてるよ!」
[World Questに失敗しました。状態をリセットします]
どこか気に障るノラの声とともに現れた、意外にも初めて見たクエスト失敗を知らせるウィンドウ。それと同時に蟻、石の檻、ノラとワールドクエストに関する要素だけが消え去っていく。
「あ、動けるようになった。おーいじゃしん、生きてる?」
「ぎゃ、ぎゃう……」
自由を得たレイが壁に寄り掛かり、真っ白に燃え尽きたように口から魂を吐くじゃしんへと声をかければ、か細いうめき声が聞こえてくる。
「精神的にキツイって感じかな。うん、気持ちは分からんでもない」
そうとう重症だなと思いつつも、ここに長居する理由もなくなったレイはひょいっとじゃしんを担ぎ上げると、振り返ることなく広場を後にする。
「あ、帰ってきたね」
「どうだった?」
階段を上がって地上に戻れば、ずっと待っていたらしいギークとイッカクが声をかけてくる。
「どうって、もう最悪。二度と行きたくないかな」
「あはは、確かにあれは女の子には酷かもね」
「……俺も同感だ」
さもどういう感想か分かっているような態度を取る二人に望んだとおりの声を返せば、イッカクは同情するように笑い、ギークは思い出したかのように顔を顰めた。
「二人は挑戦したの?イッカクさんとアポロなら第二の試練もクリアできそうな感じがするけど」
「あはは、ありがとう。僕らは第三の試練まで行ったかな。でも、そこで撤退するしかなかったんだ」
他の人の状況を知りたくなったレイが問いかければ、イッカクは思い出すように顎に指を当てながら返答する。
「理由を聞いても?」
「うーん、全部ネタバレするのも無粋だから……簡単に言えば、資格がなかったってことになるのかな?」
「資格?」
「そう。ほら、ノラが化身っていう言葉を使っていたのは聞いた?」
その単語に、ノラとの会話を思い出す。その中で確かに聞いたことを思い出したレイは一度こくりと頷いた。
「どうやらそこが大事な部分らしくてね。結局、アポロには化身の代わりは難しかったらしい」
「ふむ、じゃあじゃしんにも無理なのかな。ちなみに化身っていうのは?」
「あれだ」
何度も出てくるキーワードの意味を訊ねれば、その隣にいたギークが説明を引き継ぐようにある場所を指さす。
ワールドクエストに直接関係するはずの遺跡よりも人だかりのあるそこにあったのは、巨大な石像のような建造物。
雪だるまのようにまん丸な岩が二段積み上がり、その頭上にはさらに二つの小さな半円がくっつき、左右には動物の手のような形をした縦長の岩がくっついている。
「なに、あれ?招き猫?」
「違う……とは言えないか。まぁ実際見れば何が行われているかわかるだろう」
レイが見た目だけの感想を伝えれば、何とも歯切れの悪い答えが返ってくる。そのことになおさら首を傾げつつも、先導するギークの背についてその石像の元へと向かう。
「ありったけのレア素材を入れたんだ、当たりよ来い……ッ!」
てんてけてーん!
「くっそ、またノーマルかよ!!!」
近づくにつれて、何やら祈るようなプレイヤーの声とポップな音楽が聞こえてくる。
何をしているのか目を凝らしてみれば、石像の後から生えている尻尾のような場所に何かを放り込んだ後、腹部にある回転式のハンドルを回したと思えば石像の右腕の部分が縦に振れ、聞こえてきた音楽に合わせてお腹の空洞から何かが飛び出してきていた。
「えっと、ガチャガチャ?」
「そうだ。あれは持っているアイテムを消費して、代わりに卵を手に入れられる装置だ。あの遺跡と共に出現したらしい」
困惑気味なレイが推測を述べればギークも同じ感情を抱いているのか、微妙な表情をしながらゆっくりと頷く。
ゲームの中の世界としてはかなり俗っぽい装置に色々と思う所はあったものの、レイはそれを振り払って質問を重ねる。
「卵……ってことは、あれが化身になるってこと?」
「恐らくな。現にあれから孵ったモンスターは全て猫の姿をしているらしい」
「あぁ、だからか」
その情報を耳にして、このエリアに訪れた際にやけにモンスターを従えたプレイヤーが多かったことにレイは合点がいく。
あれは恐らく化身を育てていたのだろう、そう推測したレイは目の前の二人がそれらしきモンスターを従えていないことについて訊ねる。
「二人はあれやったの?」
「僕はアポロが嫌がるからやってないかな」
「アポロが嫌がる……?でも、あれやらないとワールドクエストはクリアできないんじゃ?」
「多分ね。まぁ、どうしてもやりたいものではないからね」
「グルゥ」
ゲームとしては欠陥とも思えるような仕様を口にしながら、特に気にした様子もなく相棒の顎を撫でるイッカク。
それを聞いたレイとしては半ば信じられるものではなかったが、本人が納得している以上言及する理由もない。『もしかしたらじゃしんはマシな方だったのかも』と考えを改めつつ、もう一人のプレイヤーに目を向ける。
「ギークは?」
「やった。今は二回目の卵を孵化させている最中だから連れてはないがな」
またしても気になる内容にピクリと眉が動いたレイだったが、そういう基本的な説明は後々されるだろうと思いとどまり、ここでしか聞けなさそうな仕様について焦点を当てる。
「ふーん、ちなみにガチャの仕様は?レアアイテムをたくさん入れたほうがいいの?」
「どうだろうな。俺はそうしたが、中には最低限のアイテムを投入して、数で勝負して当たりを引いた奴もいるらしい」
「なんだ、まだ分かってない感じか。つかえないなぁ」
「ふん、悪かったな」
肩を竦めてみせるギークを見て、肩透かしを食らった気分になったレイは少しだけ毒を吐きつつもため息を零す。
それに対して不服そうに鼻を鳴らすギークを横目で見つつも、腕を組んで今後の展望について思考を始める。
「うーん、どうしようかな。アイテムの数もそんなにないし、こういう時は大体、情報が確定してから最適解で進めたい派なんだけど……でも、あんまり悠長に待ってると全部終わっちゃいそうだしなぁ……」
一人でぶつぶつと呟きながら悩むレイを見かねたのか、隣にいたイッカクがレイに向けて提案をする。
「アイテムなら僕達があげようか?ね、ギーク?」
「俺は別に構わないが、コイツはそういうの嫌うタイプだぞ」
「なんだ、分かってるじゃん」
話題が振られたギークが面倒くさそうに視線を向ければ、レイはニヤリと不敵な笑みを返す。
「そうなんだ。ごめんね、余計なことを言って」
「い、いえ、大丈夫です!むしろ余計な気を遣わせちゃったみたいでこっちこそごめんなさい!」
そのやり取りを見たイッカクが『随分と仲が良いんだなぁ』などと呟きながらも謝罪を口にすれば、レイは慌てたように謝罪を返す。
それは親切心からの提案なのを理解しているからこそ。決して申し訳なさそうに謝るイッカクの背後にいるアポロが親の仇を見るような眼で睨んでいたからなんて理由ではない。
「よ、よし!悩んでても仕方ないし、とりあえず試してきます!」
腹をくくったのか、レイは勢いよく宣言して招き猫の石像の元へと歩き出す。それは自身の決断であり、間違ってもアポロから逃げたかったわけでないと彼女の名誉の為に伝えておこう。
[TOPIC]
WORD【クエスト失敗】
そのクエストによって発生した事象(手に入れたアイテムは除く)をすべてリセットする。
再度クエストを受注する場合は最初のフラグ成立から行う必要がある。




