8-5 【演じるは王、たとえ道化になろうとも】①
「っ、こうなったらやるしかないか!じゃしん、準備は良い?」
「ぎゃう!」
突如始まった最終決戦に対し、これまでの経験のお陰か、すぐさま臨戦態勢を取った二人は何が来ても対処できるように背中合わせで周囲を窺う。
「……ぎゃう?」
「何も起きないね……あれ?」
だが、次のアクションが中々起こらない。うんともすんとも言わない周囲の状況に耐え切れなくなったのか、レイは大声でノラに問いかける。
「ねぇ!これ始まってるの?」
「始まってるよ。ほら君の後ろにもういるさ」
その言葉にすぐさま拳銃を抜いて振り返るレイ。その瞳には何も捕らえない――いや、視界の端に何やら黒いものが蠢いた気がした。
「ぎゃう?」
「……まさか」
見えたのはほんの一瞬。何が何やらといった様子で首を傾げるじゃしんに対し、レイはそれに気が付いたのか、すっと目を細める。
……カサッカサッ
「…………」
「ぎゃ、ぎゃう?」
レイ達の耳に不気味な音が届く。何度も言うが、見えたのは一瞬。ただ、たったそれだけで最悪の相手を想定してみせたレイは、信じられないくらい感情を削ぎ落し、じゃしんも不穏な気配を感じ取ったのか、不安そうな顔で周囲を見渡す。
右左上、障害物である岩と暗い視界も相まって、その正体にまでは中々に行きつかない。だが、嫌悪感を煽る不快な音は次第にその数を増し、その姿を現していく。
その大きさはじゃしんと大して変わらない、50cmほど。体色も同じ黒だが、不気味なまでに艶のある光沢を纏っている。
六本の棘のある足で地面を這い、背中には自身の体を覆うほどの大きな翅、そして、ゆらゆらと揺れる触角を頭からは生やしており、まさしくG――。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!
「ぎゃ、ぎゃうっ!?」
「許せない。コイツ等だけは、生きていてはいけない……!」
その姿を脳みそが認識した瞬間、レイは容赦なくトリガーを引く。最初の一発でポリゴンに変わっていたのだが、レイは弾倉が空になるまで弾を撃ち切り、鬼の形相でそれがいた場所を睨みつける。
「【じゃしん拝火】」
「ぎゃうぁ!?ぎゃ、ぎゃうぎゃう!」
「じゃしん、走り回って燃やし尽くしてきて欲しい。それから絶対に近寄らせないで。触れるなんて考えられないし、極力視界にも入れたくない」
「ぎゃ、ぎゃう……」
じゃしんに窺いを立てることなく一方的にスキルを発動したレイに、じゃしんは『なんで!?』と抗議の目を向けるが、淡々と一方的に告げられる指令と圧を前にじゃしんは項垂れながら走り回る。
「ぎゃうっ!?ぎゃ、ぎゃう~!」
「全部殺す……滅ぼしてやる……」
そうして始まる、G掃討戦。
周囲を走り回ることで、ようやく敵の全貌を認識したじゃしんは少したじろぎつつも、炎を纏った決死の突撃を試みる。
レイもレイで極限の集中力を発揮しており、視界に移った瞬間に寸分狂わぬ精度で弾丸を打ち込んで、一定の距離から近寄らせることなくポリゴンに変えていく。
幸い、G自体のHPが少なく、【じゃしん拝火】の効果が思ったより高かったお陰で、大した労力もなく数分後にはモンスターの気配と音が消え去っていた。
「全部やった?生き残りなんかいないよね?一匹いたら百匹はいるから、ちゃんと根絶やしにしないと……」
「ぎゃ、ぎゃうぅ……」
【じゃしん拝火】が終わり、その場に突っ伏したじゃしんに対して、まだ油断ならぬとでも言いたげな鋭い表情で周囲を警戒するレイ。
そこへ、いつの間にか姿が見えなくなっていたノラが現れ、陽気な声音で声をかける。
「おめでとう、フェーズ1クリアだよ。いやぁ凄いね、君達の絆の力には感動した――」
ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!
「戯言は要らない。何か言い残すことは?」
「ま、待って待って!ごめんってば!もうソイツは出てこないから安心して!」
祝福の言葉に対して、先程Gと対峙した反応速度そのままで発砲を行う。その弾丸は直撃することはなかったが、全てが体を掠めており、ノラは慌てて弁解を試みる。
「…………それなら」
「良かった……。そ、それじゃあ気を取り直して。フェーズ2、いっくよ~!」
ノラの主張を聞いて、不服ながらも銃を降ろすレイ。それに安堵しつつも、ノラは気を取り直すように明るい声をあげながら宣言する。
「ぎゃう!?」
「今度は蟻か……まぁさっきよりかはマシかな」
続いて現れたのは、一メートル大の昆虫。
黒い体、二本の触覚、六本の脚は先ほどと同様。だがその頭には鋏のような形をした鋭い顎が付いており、より好戦的な態度を向けてくる。
「え?」
「ぎゃう?」
続々とアリ達が地面を突き破って出現する中、それと同じように地面から、レイの周りにだけ鳥かごのような岩の檻が出現する。
突然の事に驚く二人に対し、またしても姿の見えなくなったノラの声が響く。
「あぁそうそう、言い忘れてたけど。フェーズ2は継承者の資格がある者のみで突破してもらうから。君はそこで見ててね」
「あ~、そういう……。じゃしん、頑張れ」
「ぎゃ……?…………ぎゃうっ!?」
暗に『余計なことをするな』と告げられたレイは、大人しく成り行きを見守る体勢に入り、数秒遅れて事態を理解したじゃしんは、レイと蟻の群れを数回見比べて、目を大きく見開いて叫ぶ。
「ぎゃ、ぎゃうぎゃうぎゃう!」
「ほらじゃしん、上からも来てるよ!やり返さなきゃ!」
「ぎゃう~!!!」
その声が合図となり、巨大な蟻の軍団が一斉にじゃしんへと襲いかかる。
ガチガチと顎を鳴らしながら俊敏な動きで迫る蟻達に対し、じゃしんは防戦一方……どころか尻尾を巻いて逃げ回ることしか出来ない。
突然のソロプレイに頭が付いていかないのも仕方のない事ではあるが、それでも安全圏からヤジを飛ばしてくるレイに向けて、『無茶言うな!』とでも言うように叫んで返す。
「ぎゃう……っ」
だが、そんなことしても事態は好転しない。
必死で逃げ回り、すんでの所で回避を続けるも、こちらから攻撃する手段が存在しないため、逃げ道だけが潰されていく。そして――。
「ぎゃうぁ!?」
「あ」
飛び掛かってきた蟻の一体が地面を抉り、その衝撃で飛んできた礫がじゃしんの体に命中する。それによって体勢を崩されたじゃしんは、ごろごろと転がりながら壁際へと追い詰められた。
「ぎゃ、ぎゃ……」
壁を背に、逃げ道を失った。迫りくるアリ達を前に、じゃしんはいやいやと首を振るしかない。
「ぎゃう――」
「……こりゃ出直しかな」
だが、それも叶わぬ夢。容赦なく飛び掛かってきた蟻の群れはじゃしんを押し潰し、それを見たレイはどこか他人事のようにやれやれと首を振っていた。
[TOPIC]
WORD【フェーズ1】
潜在的な恐怖は誰しもが持ちうるものさ。それも身近に感じられるからこそ、余計なイメージを生んで自分を縛るなんてこともしばしば存在する。だが、性格の悪い奴はそういう点を目敏くついてくるんだ。だから、君が僕の継承者となるなら、こんなしょうもない小細工は鼻歌混じりで突破してほしいね。
 




