7-48 聖者を継ぐ祭祀に偲ぶは⑥
「おい、一体どうなっている」
レイ達が大蛇に喰われてから数分後、トリスは苛立った様子でスラミンへと詰め寄る。
「どうって、さっきも説明したじゃないですか~。イベントを進めるためにわざと食べられたんですよ~」
「そうか。ではあれはどういう状況だ?」
聞き分けのない子に言い聞かせるようにやれやれと肩を竦めるスラミンを見て、トリスはこめかみに青筋を立てながらも、自身の背後を指さす。
そこには、先ほどまで暴れていたのが嘘のようにじっと固まっている黒い大蛇の姿。とぐろを巻き、頭をその中に隠した姿はまるで山のようで、付け入る隙は微塵もないようだった。
「さぁ?私も何でも知っているわけではないので~。ただ変化があったということは、うまくいったことの裏返しと考えられませんかね~?」
「……チッ」
素直な感想を述べるスラミンに、トリスは埒が明かないと言わんばかりに舌打ちを零すと、大蛇へと振り返る。
「もう辛抱ならん。俺は動くぞ」
「まぁもう少しで約束の時間ですし、お好きにどうぞ――」
剣の柄に手を添えたトリスの姿に、これ以上引き留めることは不可能だと悟ったスラミンが頷く。その瞬間、大蛇の腹の一部が突如、大きく膨らんだ。
「なっ!?」
「これは~……?」
それこそ得物を丸呑みした蛇のようなイメージを抱かせる姿に、トリスとスラミンだけでなく周囲にいるプレイヤー達もざわざわと喧騒を強くする。ただ、そんな彼等の混乱を置いてきぼりにして状況は変化を続けていく。
「おい、苦しみだしたぞ」
「あぶねっ!?一体中で何が起きてるっスか!?」
「――あ」
腹の膨張は留まる事を知らず、大蛇の腹を風船のように膨らませると、同時に大蛇は硬直をやめ、苦しそうにのたうち回る。
それに周辺にいたプレイヤーは慌てて距離を取り、さらに混乱を深めていく。そんな中、ウサだけがその正体に気が付く。
「あれ見て」
「あれ?あぁ確かに、なんか二本出っ張ってますね」
「それがどうし……まさか」
ウサが指さした先にあったのは、膨らんだ腹部の先端にある二つの尖ったもの。まるで角のようなシルエットに、周囲のプレイヤーも同様に強い既視感を覚えたようだった。
「えっ、どういうこと!?なんで!?」
「俺が知るか!なんでデカくなって――」
「で、出てくるっスよ!」
「――ぎゃうっ」
本格的に暴れ出した大蛇によって、体内にある異物を外に吐き出すように移動を続ける。横たわった大蛇の体をごろごろと転がって、さながら食事シーンの逆再生のように入り口を目指す。
そうして喉元に辿り着いた後、大蛇の体が自身の体の倍以上の大きさまで開かれれば、その横からひょこっと……というには大きすぎるじゃしんの顔が姿を現した。
「なんっ、あんなことも出来のか!?」
「いやぁ、知らないですね~。本当に退屈させてくれない人達ですよ~」
キャラを忘れたように目を白黒させ、スラミンとじゃしんの顔を見比べるトリス。そんな様子を見ながらもスラミンはくっくと喉を鳴らして、心底愉快そうに笑う。
「なんか人魚みたいじゃないっスか?」
「私には寝袋着てるようにもみえると思う」
「いや、どう考えても捕食されてるだけだろ」
「ぎゃ~う~!」
蛇の口から顔だけ出すじゃしんの姿に各々が感想を漏らす中、当の本人は一度大きく鳴き声をあげると、蛇の口から両手を出してぐっと力を入れて体を外に出す。
お尻の辺りが一瞬引っかかったものの、それでもおおよそ問題なく外に這い出たじゃしん。その巨体は大蛇にも引けを足らないほどの大きさで、それによって全能感を感じているのか、かつてないほど強気な、悪く言えば調子に乗っているようだった。
「おーい、お待たせ!」
そんなすべての視線がじゃしんに集まる中、しれっと脱出していたのか、首に白い蛇を巻き、片手には大槌を持ちつつ、背中にはシフォンを抱えたレイが彼女達の元へと近寄る。
「シフォン様!」
「はい、約束は守ったからね」
シフォンを背中からゆっくりと降ろしてトリスに託すと、一息ついてレイは腰を叩く素振りをする。
「どうやらうまくいったみたいですね~」
「うん、もう完璧だったよ」
「レイ」
そしてニコニコと笑みを浮かべるスラミンの言葉に返すと、ウサがそれに割り込み、舐めるようにレイの全身を見渡す。
「その服装、可愛い」
「え?あぁ、ありがと……」
「あの!中で何があったっスか!?」
「その武器ってなんですか?」
「それよりもその首に巻いている蛇は一体?」
「ちょ、ちょっと待って!」
ウサの言葉を皮切りに周囲のプレイヤーから質問攻めにあったレイは、慌てて首を振ると一歩距離を取る。
「ごめん、答えは後でいい?先に決着つけて来なきゃ」
「あ、そうか。すいません」
「どうぞどうぞっス!」
「いってらっしゃい」
「ん、行ってくるね」
「待って……」
レイの願いに素直に身を引いたウサ達に感謝を述べつつもレイは振り返る。そして改めて大蛇の方へと歩き出そうとした時、彼女を呼び止める声が聞こえた。
「どうして……助けてくれたんですか……?」
その声の主は、トリスに支えながらも何とか立ち上がったシフォンによるものであり、揺れる瞳は困惑を訴えているようだった。
「意味なんて特にないけど。それよりもちゃんと見ててよ」
「見る……?」
「私達が勝つところ。後でちゃんとごめんなさいしてもらうからね」
それに対し、なんてことはないとでも言うような態度を見せると、ニヤリと笑って一方的に告げるレイ。そしてぽかんと口を開くシフォンの姿を見届けると、改めて前を向いた。
「さてと、行くよミーア」
「えぇ!」
「イブル、【黄泉の黒翼】!」
「アイアイ――じゃしん様ァ!?」
首にマフラーのように巻かれたミーアに声をかけつつ、レイは腰に携えた本を開く。それによって目を醒ましたイブルは目の前の光景に驚愕しつつもスキルを発動する。
「ぎゃ~う~!」
炎の翼を身に纏い、宙へと浮いたレイ達の視界にあるのは巨大なじゃしんと大蛇が取っ組み合いを行う、まさしく怪獣大決戦というにふさわしい光景。ただ、じゃしんは強気な笑みを浮かべているのに対し、大蛇は体から黒い靄を噴出させており、見るからに先ほどの力を失っているようだった。
「じゃしん、そのまま捕まえといて!」
「……ケルナ」
「ん?」
優位な状況を維持するため、じゃしんに指示を飛ばすレイ。そんな彼女の耳に届くノイズが混じった声。
その方向へと目を向ければ、大蛇の額の部分に筋肉質の男の上半身が現れ、怒りの形相で叫び始める。
「フザケルナ!コンナトコロデ!コンナトコロデ!」
「終わりだよ。いや、終わらせてあげる」
その内容は、駄々をこねる子供のような物。それにレイが憐憫の目を向ければ、彼女の手に持つ大槌が燦然と太陽の様に光り輝く。
「ソレハ、聖女ノチカラ……!?」
「魔に囚われ、邪神に魅入られし者よ。今ここに、救済を与えん」
レイの首元からミーアの呟きが聞こえる。それは間違いなく目の前の教皇だった相手に向けられた言葉だが、それが彼に届くことはない。
「私ノ物ダ!返セ!ソレサエアレバ我ガ野望ハ叶ウノダ!」
みっともなく手を伸ばし、喚き散らす姿にこれ以上の問答は不要と悟ったレイは、光り輝く大槌を大きく振り被る。そして一瞬の溜めの後、勢いよくその体を前方へと放出した。
「返――」
「【天体衝突撃】!」
容赦なく振り下ろされた衝撃によって周囲に光が拡散し、男の上半身ごと大蛇の頭部を陥没させながら地面へと叩きつける。
そして大蛇の体が黒い靄に変わり、周囲へと散布される。ただそれすらも光にぶつかった瞬間に消滅していき、数分も立たないうちに世界は穏やかな静けさを取り戻していた。
[TOPIC]
SKILL【天体衝突撃】
彗星の如き一撃は、破壊とともに進化をもたらすだろう。
CT:1500sec
効果①:物理属性の極大ダメージ(<腕力>×200)




