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7-43 聖者を継ぐ祭祀に偲ぶは①


「いや、こんなに強いなんて聞いてないっスよ……!」


「五人相手でも押し切れないとは……」


 場所は戻り、【聖ラフィア大聖堂】前の広場。


 数多のプレイヤーが入り乱れる戦場の一角で、一人の騎士に対して五人のプレイヤーが各々の得物を構えていた。


「これで全力じゃないっていうんでしょ? ほんとに怪物じゃん」


「いや~、ちょっぴり想定外でしたね~」


 状況だけ見れば圧倒的に有利なのは火を見るよりも明らか。現に有効打が多いのはこちら側であり、相手は防戦一方となっている。

 

 だが諦観の念など微塵も感じさせない瞳に立ち振る舞いは、一度気を抜いたが最後、一気に流れを持っていかれてしまう、そんな怖さがあった。


「でもレイさんが何とかしてくれる筈です~。大将首さえ獲ってしまえば、全部ひっくりかえせますからね~」


「そう、私達は足止めで構わない」


 緊迫した状況下、ウサとスラミンが自分達の出来ることを再確認する。時間が経てば経つほどこちらが有利になる……それはある側面では正しく、見方を変えればどうしようもないほどに愚かな選択肢であった。


「――来たか」


「これは……」


 突如彼らの耳に届く微かな足音。それは次第に激しさを増し、やがて地鳴りのような大音量へと変わる。


「白銀の騎士――ってことはあっち側の増援ってことッスか!?」


「みたいだな……これはちょっとまずいか?」


「ちょっとどころじゃないでしょ!」


 その発生源に目を向ければ、今まさに戦闘状態である騎士達と同じ格好をしたプレイヤー群。


 それは街の至る所に散らばっていた【清心の祈り】のメンバー。ここに来て一つに集った事で、唯一勝っていた人数差ですらも上回られたことを意味していた。


「趨勢は決した。万に一つも勝ち目はないぞ」


 状況は五分。だがそれは今までの話であり、人数差がひっくり返った今、勝者と敗者が決まるのも時間の問題である。だがそれでも、【じゃしん教】の面々に恐れはない。


「だからどうしました~?我等【じゃしん教】はレイさんたちがいる限り永久不滅ですから~」


「その心意気だけは認めてやろう。だがここからは――」


 気迫のこもった視線に、トリスは称賛の言葉を投げかけながら剣を構える。もはや後は消化試合、いかに早くすべてを蹴散らして聖女の下に向かうか――その算段を付け始めた時、先程の援軍とは違う、微かな振動を感じとる。


「なんだ……?」


「これは一体……?」


 それは【ラフィア大聖堂】から発生しているようだった。突然の異常事態にトリス達だけでなく、その場にいた全員が足を止め視線を奪われる。


 そこから現れたのは――。


「なっ!?」


「……あらら~、またおかしなことに巻き込まれてますね~」


 ドガンッ! という豪快な破壊音と共に、大聖堂の一部から飛び出した黒いナニカ。


 硬い装甲を幾重にも重ねたような見た目をしたそれは、大聖堂内に戻り、また破壊音をまき散らして外へと顔を出すを繰り返す。


「なんだありゃ……蛇?」


 誰かが、呟く。


 全く生物に見えない、無機質で顔のないナニカをそう表したことに、言った本人でさえ馬鹿馬鹿しく感じたが、手も足もなく、体を自由自在にしならせて縦横無尽に駆けまわる様はそう表現する他なかった。


 そんな異様ともとれる状況の中、場に似つかわしくない、やけに陽気な声が響く。


「ちょっと!どいてどいて!」


「ぎゃう~!」


 建物横に開いた大きな穴から飛び出してきたのは、大将首であるレイとじゃしん。


 その横には白いワンピースを着た少女の姿もあり、さらに後ろには口を開けた黒い大蛇が今にも食らいつこうと追いかけている。


「教祖様をお守りしろ!」


「おい、どこへ――」


 詳しい状況は分からないものの、レイ達のピンチを感じ取った【じゃしん教】の面々は、一人の発声と共に持ち場を離れて黒い大蛇へと向かう。


「あ、ちなみにそのデカいのワールドクエストのボスだから!多分早い者勝ちだよ!」


「なっ!?くそっ!」


 手持無沙汰になった騎士達も、レイからもたらされた情報によって黒い大蛇に向かわざるを得なくなる。


 そうして対人戦(PvP)だった戦場が対環境戦(PvE)へと切り替わり、様相をがらりと変える。そんな中、この混沌を引き起こした張本人は少し離れたところで一息つく。


「ふぅ、これで少しは時間を稼げるかな……あ、みんな。お疲れさま」


「おつかれ」


「お疲れさまです~。それで、あれは一体何事ですか~?」


「あぁ、まぁ話せば長くなるんだけどさ――」


 近くにいたウサ達に労いの言葉をかけつつ、スラミンの質問に返答するレイ。


 内容はもちろん、先ほど【ラフィア大聖堂】内で発生したイベントについて。それを最後まで聞き、一番最初に反応したのは他ならぬトリスであった。


「馬鹿な……あれがシフォン様だと……!?」


「残念ながら本当だよ。こうお腹が開いてバクって食べられてた。ねぇ、私からも聞きたいことがあるんだけど」


 今もなお暴れ回る黒い大蛇を愕然と眺めるトリスに、今度はレイの方から質問を投げかける。


「教皇の狙いって分かる? それから、『迷いの森の魔女』って単語に聞き覚えは?」


「……分からん。だが真の聖女になるために必要だと、色々のクエストをこなしてきた。『迷いの森の魔女』の捕縛はその最後、かつて『聖女』でありながらも、その身を悪に染めた哀れな魔女だと聞かされていた……」


「なるほど……。じゃあやっぱり『聖獣』と敵対するルートがあって、あのNPCに利用されてたって感じか。大体わかった」


 ぽつぽつとトリスの口から洩れる情報をもとに、自身が持つ情報を照らし合わせていく。そうして、おおよその予想が間違っていない事を確信すると、改めて周囲にいるメンバーを見回した。


「こっちの敗北條件は彼女を喰われること。あいつにとっては最後のピースみたいだし、死に物狂いで襲ってくるだろうね。取り敢えずウサ達は【じゃしん教】のみんなのフォローと情報の共有を。【清心の祈り】の方は……トリスにやってもらったほうが早いか」


「ッ!? 何故私が!」


 レイの考える作戦の中に自身の名前が入ったことについて、トリスは思わず声を張り上げる。ただ、それを受けてレイはなんとも不思議そうな、きょとんとした顔を浮かべていた。


「何故って、『聖女』様を助けなくていいの?」


「助ける、だと……?」


「まだ中に力を感じるんだって。ね、ミーア」


「え、えぇ」


 思わぬことを口にするレイに困惑するトリス。一方レイは隣にいたミーアに話を振ると、ミーアは大蛇を見たまま不安そうな声音で呟く。


「でもどんどん弱くなってる……このままだと消えてしまうかも……」


「だってさ。消えるが何を指してるのか分からないけど、最悪の場合、アバターロストの可能性もなくはないよ」


「なっ――」


 アバターロスト。それは文字通り、アバターが消滅することを意味している。


 サービス開始から今現在まで、何度か発生したという噂をレイ自身耳にしたことがある。ただそのすべてが確証のないデマと判断されており、実際に起きる可能性は極めて低いと感じていた。


 ただこの運営であればワールドクエストという重要な場面でならやりかねない。そのうえ目の前の男をたきつけるという意味でも、敢えて可能性を示唆してみせる。


「で、どうする?」


「どうする……とは……」


「私達はクエストクリアの為にあのデカブツを何とかするつもりだからさ、ついでに助けてあげてもいいんだけど。その間、『聖女』の一番槍様は何しているのかなって」


 そうして、トドメと言わんばかりに付け加えた最大限の煽りの言葉。


 例えアバターが消えても、新しく始める事は可能である。しかしシフォンという存在が『ToY』の中から消え失せる事を許容できるほど、『聖女親衛隊』という名は軽くないようであった。


「……舐めるなよ、貴様の手など借りずとも我々の手で救い出してみせる!」


「いいね。じゃあ、一時休戦ってことで」


 鋭い視線で大蛇を睨みつけたトリスに、レイも不敵な笑みを浮かべながら同様の獲物を視界に捉える。


 こうして相成った共同戦線、その目的はただ一つ。対象は違えど、誰かを救う為に。

[TOPIC]

WORD【アバターロスト】

ネット掲示板にて、とあるユーザーが報告したことで判明した事象。

曰く、とあるクエストを行った際、クエスト失敗のペナルティとして強瀬的にアバターがデリートされたとのこと。他にもとあるアイテムの副作用やモンスターの攻撃による同様の事象が報告されたことがあったが、終ぞ誰一人として再現することは出来ず、真偽不明のまま風化していった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 誰も再現できなかった・・・ つまり誰かが発動させたらそれは再発動不可ってことかな 彼女・・・ミーアの事かな だから死に物狂いで追ってくるってことよね(いやシフォンの事かなとも思ったか…
[一言] 状況がカオス過ぎて、どう収めれば良いのやら……クランバトルとかどうなるの?
[一言] こんな状況でもRPできてるトリス凄すぎだろ
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