7-42 『きょうじん』VS『聖女』
「ミーア、危ないから下がってて」
「う、うん……」
一触即発の空気感に怖気付いたのか、レイの言葉通りミーアが邪魔にならぬよう後退する。その間にじゃしんを抱えたまま両の手のひらを合わせたシフォンは、目を瞑り神へと祈りを捧げ始めた。
「『天に召します我らが神よ。どうか迷える子羊を救い給え』」
「……なにそれ?命乞い?」
「おまじないみたいなものです。【実直の能天使】」
シフォンが告げたスキルの名と共に、天から降り注ぐ光と無数の白い羽根。視界を埋め尽くすほどの量にレイが目を細めると、やがて羽のカーテンの中からニ本のレイピアがレイに向けて突き立てられる。
「彼らは神が遣わしてくださった親衛隊。私の真の剣であり、真の盾です」
突如光の当たる場所を中心に突風が吹き荒れる。それによって羽根のカーテンが幕を開け、姿を表したのは天使の羽を携えた白銀の騎士達。
一見、【清心の祈り】が身に纏う装備に似た姿だが、その体には継ぎ目がなく、鎧そのものが命を宿しているような、人ならざる者という印象を抱かせた。
「さぁ、お行きなさい」
シフォンの掛け声と共に、二体の天使は一斉にレイへと肉薄する。手に持つレイピアをしならせて上下左右から突き出される剣先を、レイは決して後ろに下がらず、左右への移動で躱す。
だが避けた先にもまた剣先。待ち構えていたように振り絞った腕が勢いよく射出され、首を捻ったレイの頬の僅か右を通り過ぎる。
やられっぱなしではいられないレイも、まけじとカウンターの形で発砲するが、硬い装甲に弾かれ、ダメージどころか止まる素振りすら見せない。
人数差は一目瞭然、その上レイの攻撃は通らない。まさしく一方的といっても過言ではない状況に、シフォンは勝ち誇った顔でレイに告げる。
「私一人であれば、勝てると思いましたか? 残念ですが、トリス達がいなくとも【聖女】の力に揺らぎはありません。万が一にも貴方に勝ち目はないと言っておきますよ」
片方の天使がレイに詰め、もう一体が逃げ道を塞ぐように少し離れた位置で待機する。そんな完璧と思われる連携の前に、レイは防戦一方。だがその中でそっと、誰にも聞こえないくらいの音量で呟いた。
「……ふーん、こんなもんか」
それは、なんとも冷めた一言だった。
楽しみにしていたゲームが期待外れだったような、心の底からの落胆を含んだ声で、シフォンへと言葉を返す。
「ねぇ、君ってゲームセンスないでしょ」
「……え?」
まさかの煽るような言葉に、シフォンの眉間が皺を作る。
状況は変わっておらず、今もなお攻め続けているのはシフォン側。所詮強がりだろうとシフォンが言い返そうとしたその時、気付いてしまった――一度も、レイに攻撃が当たっていないことに。
「多分これ、自分で操作して動かすタイプのスキルじゃない? どう考えても持て余しすぎてるよ」
突き出されるレイピアをまるで未来が見えているかのように軽々と避けるレイ。そこでようやく、シフォンは形勢が傾いている事を悟る。
「頑張って動かしてる一体はまだしも、もう片方はほとんど棒立ちになってるじゃん。それと攻撃がワンパターンすぎるのも欠点かな、こんな体たらくでよくそんな自信が出せたなって感心するよ」
「負け惜しみを……!」
レイの指摘に焦ったシフォンが手を振ると、天使は動きを変え、より速度を増し、激しい剣戟の嵐を繰り出していく。
「これでどうですか! そもそも、彼らを倒さなければ――」
「そうだね、性能だけは認めてあげるよ」
だが、それでも培った経験の差は埋まらない。
ペースの上がった攻撃に難なく対応してみせたレイは攻撃を繰り出している天使に背を向け、もう片方の天使に向けて正面から立ち向かう。
「ッ、今です!叩き潰しなさい!」
何かを企んでいるのは分かっている、だが絶好の機会を前にシフォンはまんまと声を張り上げると、天使達はレイの前後を挟む形で腕を突き出す。
迫りくるレイピア。それが額に触れる瞬間、レイは自身の左足を右足で蹴り上げ、無理やり自身の体を跳ね上げて横にする。
それによって対象を失った必殺の刺突は、それでも勢いを失わない。前へ前へと突き出されたその剣先は、鏡写しとなった天使たちの心臓を貫通し、根元までしっかりと刺さり切った時点でようやく動きを止める。
「そ、そんな……」
「ふぅ。片方に集中すれば良かったのに、出来ないことをやろうとするもんじゃないよ。攻めに一体、守りに一体とかされてたら、こっちも苦労したかな」
目の前で起こった一瞬の出来事にシフォンが目を剥く中、ゆっくりと立ち上がったレイが首を回しながらシフォンへと向き直る。
「なにを……!もう勝った気ですか!」
「もう?違うよ、最初から勝ってたよ」
鋭い剣幕を見せるシフォンの声を、レイは一睨みで黙らせる。その圧倒的な強者の風格にシフォンは思わず後退んだ。
「今まで大事に大事に守られてたから気づかなかったのかもしれないけど、別に君はすごくないよ。残念だったね」
「くっ……」
さらりと告げられた一言に、シフォンは二の句を紡げなくなる。
それは今まで積み上げてきたものをすべてぶち壊すモノであり、今までシフォンを形成していた『聖女』と言うアイデンティティを損なう恐れがある、絶対に認めてはいけない一言。
だが否定の言葉を探すも、どうにもならない現状が彼女を追い詰めるように証拠を突きつけている。そんな整理しきれない感情に戸惑いを見せる中、障害物を失ったレイが勢いよく前へと進む。
「じゃ、こっちから行くね」
「えっ、あ、【癒しの聖か――」
「【じゃしん拝火】」
「ぎゃうっ」
それに気が付いたシフォンが一拍遅れてスキルを発動するも、手元にあるじゃしんが発火したことで中断を余儀なくされる。
慌てて状態異常を解除してレイの方に向き直った頃には、額に銃口を突きつけられていた。
「はい、隙あり」
「あ……」
発砲の衝撃で吹き飛んだシフォンの手から、じゃしんが零れ落ちる。
何が何でも欲しくて手に入れたはずなのに、あまりにも簡単に失ってしまった事に、シフォンの口からか細い声が漏れた。
「ぎゃう〜!」
「おかえり。お小言は後にしてあげるね」
「ぎゃ、ぎゃう……」
対する二人は再会を喜ぶように、仲睦ましいやり取りを行っている。それがシフォンにとって、何よりも許せなかった。
「まだ、負けてなんか……!」
「――もうよい」
レイ達を鬼の形相で睨みつけて立ち上がるシフォン。だがその背中に、ここまで我関せずでいた教皇からしわがれた声が届く。
「きょ、教皇様? しかし……」
「このまま戦っても時間の無駄であろう。わしも協力してやる」
「……なるほど、そういうことですか、ありがとうございます。聞きましたか、これで戦況は変わりましたね」
「そうかな、数はこっちの方が上だよ」
意外な協力の申し出に、シフォンはその瞳に再び希望を取り戻す。そして、再び強気な姿勢でレイ達を見据える。
そうして、第二ラウンドが始まる。レイもじゃしんも、シフォンも、全員がそう確信していた。……だが、その未来は訪れない。
「『聖女』の力を持ってすれば、この程度の塵芥など恐るるに足らず」
「その通りです。【聖女】の真価、とくと御覧差し上げ――」
「……は?」
「ぎゃうっ!?」
――ぐしゃり。
突如口のように開いた教皇の腹部が、そんな擬音を発しながら一口でシフォンを頭から飲み込む。
突然派生したスプラッターな光景にレイとじゃしんは思わず目を剥く。だがそれすらも変化の途中だと言わんばかりに、レイの目の前にいる教皇だったものは変化を続ける。
「これで『器』と『魂』が揃った……後はそこにいる『聖獣』のみ――」
「なにこれどういうこと……?情報が全く……」
完全に理解の範囲外で突き進むイベントを前に、なにかフラグを逃したのかと改めて思い返すも、特別心当たりはない。それよりも――。
「まさか、『聖女』ルートと『聖獣』ルートの2つあるってこと……!?冗談じゃない……!」
思い浮かんだ可能性にレイが舌打ちするも、状況は変わらない。どころか考えれば考えるほど正解のような気がしており、それを裏付けるように目の前にウィンドウが表示された。
「さぁ、供物を寄越セ。我ハ完全ナル神ト成ルノダ――」
[World Quest]
【聖者を継ぐ祭祀に偲ぶは】
・聖者を救い、神の復活を阻止する
・報酬:???
※ワールドクエストが発生しました。これよりクエスト完了まで配信は出来なくなります。
怪異は進化し、本来の姿を取り戻す。世界を飲み込む蟒蛇が今、目を醒まそうとしていた。
[TOPIC]
SKILL【実直の能天使】
滅せよ。天命に背く不届き者を、神に仇なす悪魔を。
CT:500sec
効果①:操作可能のドールを召喚(MAX:4体)
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NAME 実直の能天使
HP 500/500
MP 0/0
腕力 500
耐久 500
敏捷 500
知性 500
技量 500
信仰 500
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