7-36 奪われたモノ
「ぎゃうっ!ぎゃうぎゃうっ!」
「分かってるって!分かってるけどっ!」
進撃を開始したトリスに向かってレイが手に持った拳銃を発砲するが、その足は止まる素振りを微塵も見せない。
それどころか攻撃自体全くの無意味であると見せつけるように、避けることなく全身に銃弾を浴びながらも真っ直ぐに向かってくる。
「もう鉄人でしょこんなの!回復力どれだけ高いのさ!」
「ぎゃう〜!?」
圧倒的な戦力差にレイが苛立ちを隠そうともせず不満を口にし、じゃしんは絶望のあまり両手を頬に当てて口と目を大きく開く。そんな中、その隣で両手を前に突き出したミーアが新たなスキルを発動した。
「【呪いの白大蛇】!」
現れたのは純白の大蛇。全長3メートルほどで、丸太のように太い体でとぐろを巻いたと思えば、次の瞬間にはトリスの首元目掛けて飛びかかる。
だがトリスは冷静に剣を振ると、鋭い牙が届く前に頭から先が両断された。
「こんなものか……。舐められたものだな」
「ふん、倒したわね!」
地面に倒れた大蛇の体は黒い靄となり、トリスへと絡みつく。
自身の体が途端に重くなり、違和感を確かめるように手を開閉させるトリスに対し、ミーアが勝ち誇った表情で宣告する。
「知らないの?白蛇を殺すと呪いが降りかかるのよ!」
「……なるほどな」
【呪いの白大蛇】はミーアの言葉通り、倒した相手に特大のデバフを与えるスキル。
全ステータス半減から、一定時間ごとにダメージが強化されていく【呪毒】という特別な状態異常を付与する、かなり厄介なスキルであった。
「ではこちらからも教えてやろう。聖女様に救えぬ命はない」
「そ、そんな……!?」
だが、今回ばかりは相性が悪すぎた。
突然トリスの体が光り輝いたかと思うと、トリスにまとわりついていた黒い蛇の靄が苦しみだし、煙のように消えていく。
恐らくこれも【聖女】のスキルによるものなのだろう。必殺の一手を返されたミーアは驚愕に目を見開き、状況が悪化していくことにレイは眉を顰める。
「このままじゃまずい……じゃしん、お願いがあるんだけど」
「ぎゃう?」
このままではワンチャンスもなく、戦いとも呼べないまま終わる。それを危惧したレイは、どうにか状況を打開しようと、自身の相棒に耳打ちする。
「――って感じ。任せたよ」
「ぎゃ、ぎゃう!」
レイの作戦に『本気!?』と言いたげに慌てふためいていたじゃしんだったが、レイの最後の一言に覚悟を決めたのか、一鳴きしてから空へと浮かぶ。
「作戦会議は済んだか?」
「あぁどーも!」
その一連の動きを見ていたトリスが移動を開始すると、レイは弾丸で牽制しながら距離を取る。
「無駄なことはやめろ。俺には効かん」
「分かってるよ。だから必殺技使ってあげる!」
前後左右に動きながら攻撃を続けるレイだったが、トリスは怯むことなく前進し、レイとの距離を着実に詰めていく。
このままではと、その場にいるすべての者が思う中、レイはようやく鬼札を切った。
「【黒月弾】!」
「こんなもの当たらない――」
放たれた黒い弾丸。だがその攻撃は視界で追えるほどに緩慢。今のトリスにとって避けることなど造作もない……筈であった。
「……そういうことか」
「良いよ避けても。後ろの聖女様がどうなっても知らないけどね」
黒い弾丸の射線上に上手く聖女を配置されたことに気が付いたトリスは、心の中で舌を巻きつつ賞賛の言葉を告げる。
そうして避けるという選択肢を失ったトリスが足を止めれば、その胸に向かって黒い弾丸が向かう。
数秒後、着弾。そして、破裂。
数多もの敵を屠ってきた死の弾丸は、その力をいかんなく発揮させて空間を歪める。
それに対し、トリスは――。
「よし、受けてたとう」
「え?」
両手を大きく広げたかと思うと、膨張しようとする黒い球体に対抗するように抱きしめ、そのまま体全体を使って抑え込もうとする。
ミシミシと骨の軋む音を響かせつつも、その力は次第に重力を上回り始め、黒い球体は徐々に小さくなっていき――。
「――ッふん!」
「……はぁ!?嘘でしょ!?」
掛け声とともに、完全に霧散し消滅する。
一瞬何が起きたか分からなかったレイはぽかんと口を開けていたが、正気を取り戻すと思わずといった調子で大声を上げた。
「悪くない攻撃だった」
「チッ、このチート野郎!」
首をポキポキと鳴らしたトリスは、喚くレイを無視して前進を再開する。
「邪魔をするな。お前達に勝ち目はない」
「うるさい!あなた達にラフィアは渡さない!」
そこへ再び飛来する白蛇。もはや興味はないといった様子で一瞥するトリスに対し、ミーアが睨み返したその時、不穏な音が彼等の耳に届く。
『3』カチッ
「……ん?」
「そうだよ!死んでも止めてやる!」
その音に気が付いたトリスが足を止めれば、何かを誤魔化すようにレイが大声で被せる。
『2』カチッ
「だから無駄……この音は」
「【属性付与・炎】!」
だが再び聞こえたその音に、トリスは本格的に不審げな顔をし、レイはその顔面に向かって炎を纏った弾丸をけしかける。
『1』カチッ
「チッ、鬱陶しい」
飛来した弾丸を、さながら虫を払うように手で退けるトリス。
だがレイの狙いはその一瞬。
「いけ、じゃしん!」
「ぎゃう〜!」
「なっ!?しま――」
それは一度、最初のボスを倒したレイとじゃしんのコンビネーション技。遥か上空に飛んで太陽を背にしたじゃしんは、一直線に『聖女』へと向かう。
周囲にいた騎士達はレイ達の戦闘に気を取られており、じゃしんの動きに対応できていない。肝心のトリスももはや届く距離ではない。
確実に『聖女』に一撃を与え、連携を崩す。あわよくば『聖女』を退場させる作戦、それがうまくいくと確信したレイは笑みを浮かべ、爆発を待つ――。
『0――
「はい、捕まえました♪」
「ぎゃう〜!……ぎゃ、ぎゃう?」
……が、その時が来ることはなかった。
カウントがゼロを知らせる瞬間、じゃしんの体が突然光輝いたと思うと、その勢いのままシフォンの胸に飛び込み、思いっきり抱き留められる。
「なん……で……」
「ダメじゃないですか、レイさん。愛すべき召喚獣に状態異常なんて付与したら」
今度こそ脳内が混乱で支配されたレイが震えた声で呟くと、それとは対照的に弾んだ声を浮かべるシフォン。
その心底嬉しそうな声の意味が分からないレイだったが、一つだけ不発に終わった可能性について思い至る。
「そうか、治されたのか……!返せ!」
「え〜、嫌ですよ。折角手に入れたのに」
「何言って……ッ!?」
シフォンとの会話に割り込むように、目の前に剣が振り下ろされ、地面が大きく抉れる。
慌ててその場を飛び退くと、目の前には憤怒の形相をしたトリスの姿。
「貴様……シフォン様に手をあげたな……!」
「クソッ……!」
明らかに冷静さを欠いているトリスに、もはや一刻の猶予もないと悟るレイ。だが。考えていた作戦は失敗し、これ以上の打開策も持ち合わせていない。
本格的に絶体絶命の状況に陥り、取り返しがつかない状況に焦りが募る中、今まで聞こえていなかった第三者の声が響く。
「――待ちな」
「え?」
「ラフィア!」
ぽつんと佇む家の扉が開き、中から現れた一人の老婆。
その姿を見た瞬間、戦場の動きは止まり、一人の少女が叫び声を上げる。
「人の家の前で何をそんな騒いでるんだい。全く、人の迷惑ってもんを考えてほしいさね」
「どうして出てきたの!コイツらは――」
「私に用があるんだろ?知ってるよ」
ミーアの説得の声にも耳を貸さずに前へと進むラフィアは、トリスの前へと向かうと真っすぐに目を見つめて告げる。
「どこへでもついて行ってやるさ。だから、これ以上暴れないでくれ」
「は、はぁ!?ラフィア何言ってるの!?そんなの絶対――」
「【癒しの聖檻】」
ラフィアの言葉に納得がいかないのか、慌てて詰め寄ろうとするミーア。だがその行く手を阻むように現れた光り輝く檻がレイとミーアの周囲を取り囲む。
「な、何よこれ……!」
「……手荒な真似はやめてくれと言った筈だけど?」
「分かっています。だからこれは中にいる者を癒すだけ。ただの足止めですよ」
剣呑な雰囲気で睨むラフィアに対し、じゃしんを抱きかかえたままニコニコと答えるシフォンは、トリスに目配せする。
「……ではご婦人、こちらへ」
血が上った思考を押さえつけ、剣を収めたトリスはラフィアの背後に回ると、さながら連行するように歩き始める。
「ダメ……!嫌だ……行かないで……!」
「ちょっと、じゃしんを何処へ連れてくの!?」
檻に囚われたままの二人が声を張り上げるも、もはや誰も気にも留めない。
誰一人として振り返ることなく、聖女を筆頭とした騎士団はラフィアを連れて森の中へと消えていく。
「ラフィア……」
そうしてたった二人だけ取り残された空間には、少女の悲痛な声だけが鳴り響いていた。
[TOPIC]
SKILL【呪いの白大蛇】
白き蛇は神の遣い。信仰には祝福を、迫害には報いを。
CT:-
効果①:接触した相手のHPを回復(最大HP/50%)
効果②:攻撃した相手に【呪毒】を付与
STATE【呪毒】
効果①:ステータス半減(30sec)
効果②:継続ダメージ(x+10dmg/1sec)(x*2/5sec)




