7-33 ヒーロー見参
「大人しくすればこちらも手荒な真似をする必要がないんだがな」
「私もストーカーされなければ暴れたりしないんだけど?」
「ストーカー?違うな、正義はコチラにある」
余裕そうに佇むトリスに対してレイが悪態をつくも、至極真面目な表情で淡々と返される。
既にレイの周囲には全身を銀の甲冑で包んだ銀の騎士がずらりと並んでおり、少しの隙間もなく彼女達を取り囲んでいた。
「無駄だ、もう既に包囲は完了している。逃げられると思わないことだな」
「……あっそう。じゃあ試してみるかなっ!」
トリスの警告の声に対し、レイはすぐさまワイルドカードを切る。
「【神の憑代】!」
「ぎゃうっ!」
・きちゃ!
・勝ったな
・乗っただけ!
そのスキルの名にじゃしんは勢いよく返事すると、すぐさま浮かび上がりレイの頭に乗っかる。
その間抜けな光景に反して大幅に上がったステータスを使い、戦線の離脱を試みるが――。
「言っただろう、逃げ道はないと」
「っ!?嘘でしょ!」
「ぎゃうっ!?」
全力で跳躍したレイが隙間を縫って木々の上へと躍り出るも、それをあざ笑うかのように頭上から聞こえるトリスの声。
慌てて顔を上げればレイよりも高く跳躍したトリスがすでに抜刀して剣を掲げており、振り下ろされる一撃を避けられないと悟ったレイは即座にスキルを解除してじゃしんを間に滑り込ませる。
「ぐぅ……!」
「ぎゃうぁっ!?」
瞬間、両手に伝わる途轍もない衝撃。
恐らくスキルすら発動していない、ただ剣を振り下ろしただけの攻撃はじゃしんの腹にめり込み、いとも簡単に二人を地面へと叩き落とす。
「いてて……」
「ぎゃ、ぎゃう~……」
・レイちゃん大丈夫!?
・一応生きてはいるな
・危ねぇ
土煙が開けると、腰をさするレイに仰向けに倒れて目をグルグルと回すじゃしんの姿があった。
かろうじて生き残った二人に視聴者達が安堵の声を漏らす中、続けて地面へと降り立ったトリスが剣を鞘に納めながらレイに向けて口を開く。
「お前がレベル不相応に強くなるのは知っている。だがそれはお前の専売特許ではない」
「……どういうこと?」
「我々が誰に仕えているか、忘れたのか?」
レイが問い返せば、トリスは薄く笑みを浮かべながら語り始める。
「聖女様の固有スキルの神髄は他者の強化にある。ここにいる者はもちろん、我々【清心の祈り】の面々は全員その恩恵を受けている」
その瞳はここにはいない何かに向けられており、どこか心酔しているような異様な不気味さをレイは感じた。
「どっちが狂信者か分かんないね……。じゃしん、大丈夫?」
「ぎゃう~……」
「ごめんって。で、どうしようか。正攻法は厳しいみたいだし……」
未だに倒れ込むじゃしんを抱き起こせば、『酷いじゃないか』とでも言いたげに、レイに向けて恨みがましい目を向けてくる。
それを軽く流しつつもレイが次の手へと思考を凝らしていると、それを見たトリスが不審げな視線を向けた。
「……まだ闘志は消えないか。何がそこまでお前を動かす?」
「何って、どういう意味?」
「我々の目的は聖女様達の元に連れて行くのみ。それが終わればお前は自由の身となれる筈だ。私としてはさっさと終わらせた方が楽だと思うが」
「……なるほどね」
それは、純粋な疑問だった。
逃げ道もなく、切り札も潰された。誰がどう考えてもどうしようもないと考える状況であり、レイ自身も99%厳しいだろうと感じている。
だが、それでも――。
「確かに、一理あると思うよ。面倒だしもういいかなって気もするけど、よーく考えるとやっぱりおかしいと思うんだよね」
「違う?」
どうしても、レイには許せない部分があるようで、その不満を答えとしてトリスにぶつける。
「なんでそっちの都合に合わせなきゃいけないわけ?聖女だか教皇だかなんだか知らないけど、私と話がしたいならそっちから会いに来るのが筋ってもんでしょ!」
「ぎゃうっ!」
ビシッ!と指さして宣言したレイの横では、じゃしんが同調するように『そうだそうだ!』と片手を上げる。
そんな利己的な子供じみた主張にトリスは一瞬呆気に取られたようにぽかんとした後、ため息を吐きながら腰に差した剣へと手を伸ばす。
「……まぁ、相容れないか。では実力行使で連れて行くとしよう」
「それはお手柔らかによろしくっ! じゃしんなら別に連れてっていいけど!」
「ぎゃう!?」
最後の最後で締まらないが、状況はゆっくりと緊迫したものへと変わっていく。
トリスだけでなく取り囲む騎士達も武器を取り出し、今にも一方的な狩りが始まりそうな中、それを遮るように何かがレイに影を落とす。
「ん?」
「なんだ?」
・なんかくる……?
・親方!空から女の子が!
・いや違う!熊だ!
不意に暗くなった視界にその場にいた全員が視界を奪われ、そして思考が固まる。
くるくると回転しながら見事なヒーロー着地した巨大なクマのぬいぐるみは、自身の登場を誇示するかのように高らかに雄叫びを上げた。
「くまーーー!」
「何だコイツ……!?」
「おいっ、来るぞ!」
謎の生命体の登場に思考をロックされ、体を止めてしまった一部の騎士。それを感じ取ったからか、巨大なクマのぬいぐるみはそこに向けて容赦なく突撃し、軽々とその体を吹き飛ばす。
「これって【ヒーローくーまん】……!? ってことは!」
「お待たせ」
暴れ出した熊の正体を知っているレイがその名を呼ぶのとほぼ同じタイミングで、再び空から影が落ちる。
再び現れたのは赤色のフェルトで出来た間抜けな顔のドラゴンであり、レイの想像していた人物がその上から彼女の隣に着地する。
「ウサ!どうしてここに!?」
「嫌な予感がして。来てよかった」
驚いた顔を見せるレイを相変わらずの無表情で見つめ返したウサは、トリスへと視線を移してレイに告げる。
「レイ、ここは任せて」
「ウサ!? でも……」
「大丈夫」
振り返ることなくそう告げる背中に、これ以上ない思いを感じ取ったレイは大きく頷くと同じように振り返る。
「……分かった! ありがとう!」
「ぎゃう〜!」
そうして、【ヒーローくーまん】が暴れている中を擦り抜けて奥へと消えていくレイとじゃしん。その姿を見送りながら、トリスは平然とした顔でウサに剣を向ける。
「中々に感動的だが、時間稼ぎにもならないぞ」
「時間稼ぎ? そんなつもりはない」
皮肉の込もったトリスの言葉だったが、ウサはそれに首を振ると、周囲にサメのぬいぐるみを展開させて力強い瞳をトリスへと向けた。
「今、ここで倒す。レイの邪魔はさせない」
「……ほう、大きく出たな」
予想外の宣戦布告に、トリスは目を細めてニヤリと笑えば、二人はもはや言葉は不要とばかりに睨み合う。
静寂は一瞬。轟いたドラゴンの咆哮と共に、圧倒的な強者とそれに抗う者の戦いが幕を開けた。
[TOPIC]
WEAPON【どらごーん】
ウサの所有している装備の一つである龍型自立行動人形。
最高級の素材と技術によって創られたフェルトのぬいぐるみは、炎を吐き出して敵を殲滅する。
要求値:<技量>1000over
変化値:-
効果①:協力NPCとして行動




