7-32 じゃしんさんぽ
※[TOPIC]を全話と入れ替えました。本編に影響はありません。
ぱたぱた。
「ぎゃう~!」
ひらひら。
「ぎゃうっ!ぎゃうっ!」
ふわりふわり。
「……ぎゃう!」
不規則に揺れ動くアゲハ蝶を追いかけて幾星霜。ようやく木に留まったアゲハ蝶に向けてじゃしんは飛び掛かる。
「ぎゃっ!?」
だがその手がアゲハ蝶を捉えることはなく、直前でまたひらりと避けられてしまう。
しかもそのせいでじゃしんは太い木に正面から顔をぶつけてしまい、ずるずると地面に倒れ込んだ。
「ぎゃう~。……ぎゃう?」
ジンジンと痛む顔をこすりつつ、じゃしんはアゲハ蝶を探すため辺りを見渡す。
二度三度首を振るが、アゲハ蝶の姿はどこにも見当たらない。その代わりに、とあることに気が付いたようだった。
「ぎゃ、ぎゃう?」
自身の相棒であるレイの姿がないのだ。
高い木々に取り囲まれる形でぽつんと立つじゃしんは、見たことのない風景に一瞬たじろいだ後、こう結論付ける。
「ぎゃう~」
『全くしょうがないなぁ』とでも言いたげに肩を竦めるじゃしんの胸中にはあたかもレイが勝手にいなくなったという思いしかなく、やれやれと首を振る様子は『手のかかる奴だ』と雄弁に語っており、『仕方ないから迎えに行ってやるか』とでもいうような、そこはかとなくムカつく表情を浮かべていた。
本人が見ていたとしたら、間違いなくとんでもないことになっていたであろうが、幸いにもこの場にはじゃしんしかいない。そう、じゃしんしかいないのだ。
「……ぎゃ、ぎゃう」
アゲハ蝶に夢中だったせいで周囲を見ていないじゃしんは、今いる場所がどこかも分らない。
そのため次の一歩など当然踏み出すことが出来ずにピシリと固まれば、次第に状況の悪さに気が付き始め、額には冷や汗が垂れ始めた。
ガサッ……
「ぎゃうっ!?」
その心細さは次第に大きくなっていき、ちょっとした物音でさえじゃしんの心の余裕を奪っていく。
ガサガサッ……
「ぎゃ、ぎゃうっ!?」
しかもその物音はじゃしんに向けてどんどんと近づいてきているようで、その事実を認識するだけで、じゃしんは冷静な判断をすることが出来なくなってしまっていた。
ガサガサガサッ……
しかし、そんなじゃしんに構うことなく、茂みに紛れて近づく物音。そして、そこから飛び込んでくるのは――。
ガサガサガサガサッ!
「ぎゃう~!」
「キュー」
「ぎゃ、ぎゃう……?」
それは額に一本の角を携えた狸のようなモンスター、【アルラクーン】であった。
鼻をひくひくさせながら四足歩行で近づいてくる姿に、じゃしんは肩透かしを食らった気分でガクッと体を傾けさせる。
「ぎゃーうぎゃうぎゃーう!」
「キュー」
相手を視界に収めたことで態度を一変させたじゃしんは『ビビらせやがって!』とでも言いたげに【アルラクーン】の肩をバシバシと叩く。
それに対して【アルラクーン】は不思議そうに首を傾げながらも逃げる素振りを見せない。
「ぎゃう!ぎゃう~!」
「キュー」
そんな姿が気に入ったのか、じゃしんは『よし!仲間にしてやる!』とでも言いたげに【アルラクーン】に向けて指を差せば、それに応えるように【アルラクーン】が一鳴きする。
こうして狸とほぼ狸によるパーティが出来上がり、上機嫌で旅に出かけようとした、その時だった。
「ん?なんか音がした気が……」
「おい、何かいるぞ」
背後から不意に聞こえてきた人の声に、じゃしんが肩をびくりと震わせる。
振り返ることが出来ないが、恐らく騒いでいたのに気が付いたプレイヤーが近寄ってきたのだろう。じゃしんは絶体絶命の状況に陥ったことに気付く。
「……コイツどっかで見たことあるような」
「……確かに。『きょうじん』の所の召喚獣とも似てないか……?」
しかも何やら自分の事に気が付き始めているようで、じゃしんは余計に焦りを募らせる。
捕まったらすごく迷惑をかけることになる自覚はあるようで、どう切り抜けようか考えていた時、その泳いだ目で状況を悟ったのか、パーティの仲間が助け舟を出す。
「キュー」
その一鳴きにハッとして【アルラクーン】の顔を見れば、心なしかきりっとしているようにじゃしんの目には移り、彼の考えを瞬時に把握して実行に移す。
「ぎゃ、ぎゃー」
「なーんだ。【アルラクーン】か」
「こんな個体差の違いがあることあるんだな」
それは、【アルラクーン】に擬態すること。
何で気付かないのかと突っ込みたくなるところだが、気づいていないものは気付いていないのである。そんな起死回生の一手のお陰で九死に一生を得たじゃしんはほっと一息ついて――。
「ぎゃ、ぎゃう~」
「そもそもこんな所にいる訳ないだろ」
「そうだよな、そんな間抜けなわけがないか」
「ぎゃぁ……?」
耳に届いた誹謗中傷に『なんだぁテメェ……』とでも言いたげにゆっくりと振り返る。
【アルラクーン】が必死に止めているような気もするが、一瞬で沸騰したじゃしんの耳には不幸にも届かず、プレイヤーへと飛び掛かった。
「ぎゃう~!」
「なんだコイツ!?急に襲ってきやがった!?」
「やめろ!いた――くはねぇな」
「ザッコ」
「ぎゃう~!?」
多少暴れ回ったものの、いとも簡単に捕まってぶら下げられるじゃしん。
そこへ、新たに一人のプレイヤーがやってくる。
「お前ら、何遊んで――ってそれじゃしんじゃねぇか!」
「え!?」
「コイツがあの!?」
「ぎゃう!?」
不幸にもそのプレイヤーはじゃしんの見た目を知っていたようで、ついにじゃしんの正体がばれてしまったようだった。
先ほどまで気づいていなかったプレイヤーが途端に舌なめずりをして目を怪しく輝かせる。
「へへっ、ついてるぜ!これで『きょうじん』を呼び出せる!」
「ぎゃ、ぎゃう――」
先ほどよりも不味い状況に、じゃしんは顔色を青くさせる。
必死で体を動かそうにも、逆転の一打を模索しようにも、残念ながらどちらも叶うことはない。
万事休すかと本格的に諦めかけたその時、またしても彼を救ったのは彼のパーティメンバーであった。
「キュー!」
「あ? いって!?」
「ぎゃうっ」
【アルラクーン】が突撃したことによってプレイヤーは手を離し、じゃしんは地面へと倒れ込む。
腰をさすりつつも立ち上がり、じゃしんは顔を上げる。だが、そこに待っていたのは何とも悲しい光景だった。
「ッうぜぇ!雑魚は死んでろ!」
「キュー!?」
「ぎゃうっ!?」
じゃしんと入れ替わる形でプレイヤーと接敵した【アルラクーン】は、怒りを露にしたプレイヤーによって切りとばされ、地面へと倒れ込む。
「キュ、キュー……」
「ぎゃう!ぎゃうぎゃう!」
地面を跳ねて木にぶつかった【アルラクーン】に慌てて駆け寄るも、残念ながら傷は深く、体の一部は既にポリゴンと化している。
「キュー……」
「ぎゃう~!」
そして最後にじゃしんに何かを伝えるように一鳴きすると、ポリゴンとなって消えていく。その別れにじゃしんは慟哭にも似た叫び声を上げた。
「な、なんだ?何が起きてるんだ?」
「さぁ……?やっぱり同族みたいなもんだったんじゃないか?」
一方で、加害者たる彼らにとってはモンスターを一匹倒しただけなので、凄く冷めた反応をしていた。
その熱量に少し困惑しているようではあったが、当初の目的を思い出したのか、再びゆっくりとじゃしんに近づいていく。
「まぁいいや、お前もいい加減諦めて抵抗するなよ」
「ぎゃ、ぎゃう……」
そうして手を伸ばした手にじゃしんは後退るも、木に背中をぶつけて逃げ場を失う。
イチかバチか、戦うしかないのか――そうじゃしんが覚悟を決めたその時、頭上から聞きなれた、だけどどこか冷たい声が聞こえてくる。
「――人の召喚獣に何してんの?」
「ガッ!?」
ドンドンッ!と発砲音を鳴らしながら木々の隙間から飛来した一人の人物はじゃしんに一番近かったプレイヤーを一瞬で退場させると、続けざまに残りのプレイヤーへと銃口を向ける。
「ク、クソ――」
「『きょうじん』だ!『きょうじん』が――」
「遅いよ」
まさかの奇襲に取り乱しつつも何とか獲物を構えようとした二人だったが、その隙もなく弾丸を打ち込まれて地面に倒れる。
一瞬の出来事にしばし放心状態のじゃしんだったが、ようやく状況を理解したのか大粒の涙を浮かべて残った人物にとびかかった。
「ぎゃう~!」
「はいはい、分かったから!さっさと移動しないと大変なことになるから!」
「ぎゃう?」
感動の再会……と思いきや、抱き着かれた本人であるレイは焦った様子でその場から動き出そうとする。だが――。
「また会ったな『きょうじん』」
「……チッ。私は会いたくなかったけどね……!」
それを妨げるかのように、白銀の甲冑を纏った騎士団がレイの行く手を塞いだ。
[TOPIC]
MONSTER【アルラクーン】
普段はとても温厚で争いを好まない性格だが、場合によっては強者にも立ち向かうほど仲間意識が強い。
魔獣種/角獣系統。固有スキル【突撃】。
≪進化経路≫
<★>【アルラクーン】
<★★>【イッカクツラヌキ】
<★★★>【デュアルホーン】
<★★★★>【タイザンカザアナ】
<★★★★★>【金銀角狸】




