7-29 これからのこと
【れいちゃんねる】
【第20回 もう森には居ません】
「あーあー、テステス」
ミーア達と過ごす穏やかな日常は、ゲーム内で早くも三日が経過していた。
現実世界で換算すれば約一日ぶりに配信をしたレイはどこか懐かしい感覚を覚えつつ声を出すと、コメント欄には視聴者からの反応が文字となって現れる。
・わこ
・待ってた
・レイちゃん大丈夫?
「心配してくれてありがと。でも今の所は大丈夫だよっと」
現在レイは、ラフィアからの依頼によって家の庭先で真っ白のシーツを干していた。
当然その行動に対し、長い時間情報のお預けを貰っていた視聴者達からの質問が殺到する。
・良かった
・ってか何してんのこれ?
・今どこにいるん?
・それ言ったらバレるだろ
・じゃあ配信すんなよって話にならん?
「これは居候としての仕事って感じかな。あと場所は言わないし、一応考えて配信やってるから安心してね」
杞憂とも取れる言い争いにレイは苦笑しながら回答を返しつつ、レイは藁の籠に積まれた洗濯物を次々と物干し竿に掛けていく。
ある程度の雑談も交えつつ、小気味の良いテンポでサクサクと作業を進めていき、最後の洗濯物を干し終えたレイは一度大きく伸びをして見せると、本題に入るように視聴者へと語り掛ける。
「今回配信したのは外の様子を知りたくてね。誰かスラミンさんの放送を同時視聴できる人いない?」
・いけます
・スラミンね
・OK
口にした提案に多くの視聴者が肯定のコメントを返しており、レイはそのことに感謝を述べつつ目的を伝えた。
「見れてる人はどうなってるかコメントしてほしいかも。スラミンにはちゃんと許可とってるから気にせずどんどんやっちゃって」
レイのお願いに数秒の間、コメントの流れが鈍くなる。ただすぐに勢いは倍以上に伸びていき、コメントを介してスラミンからの情報がレイの目に届き始めた。
「……ふむ、結構時間たったけど変化はなし、か。これは中々諦めそうにないかなぁ」
一通り内容に目を通して拾えた情報はあまり芳しくなかったようで、おおよそ想定していた通りの結果にレイは残念そうに呟く。
・めっちゃ人気者やん
・全く嬉しくないんだよなぁ……
・あれ?もう森抜けたんじゃないの?
「いや、これは攪乱用。これで一人でも勘違いしてくれればいいかなって」
あわよくばの精神でつけた配信タイトルの意味を説明しつつ、レイは腕を組んで思考する。
時には悩まし気な唸り声を上げており、視聴者からもいくつか打開策を提案されていたが、結局レイが選択したのは現状維持であった。
「ダメだ、どれもしっくりこない。まぁもうしばらくは待機かな。別の方法も考えないと」
「私もそう思う」
・あれ、ウサさんもいるじゃん
・じゃしんは……あぁそこか
・まて、他にもなんかいるぞ!
結論を口に出したレイに対して、隣にやって来たウサが頷きながら同意する。
視聴者達はそこでようやくレイ以外のメンバーがいることに目がいったようで、配信ドローンがとある角度を向いた瞬間にコメント欄がざわつき始めた。
「ぎゃ、ぎゃう……!」
「ふふーん!今回は私の勝ちみたいね!」
・幼女だ!
・幼女キター---!
・白ワンピースの金髪碧眼……だと……!?
・レイちゃん!?あれ誰!?
そこにいたのは何故か膝をついて悔しがるじゃしんと、それに対して得意げにふんぞり返っている白いワンピースと大きな帽子を被った幼女であった。
突如現れたとても可愛らしい新キャラに一気にコメントの流れが加速すると、レイは苦笑を浮かべながら視聴者の要望に沿うように彼女を紹介する。
「あぁ、彼女はミーアで、あっちにいるお婆さんがラフィアさん。私も良く分かんないんだけど、森で出会ったNPCだよ」
・ミーアたんはぁはぁ(*´Д`)
・通報しますた
・ラフィアって大聖堂とおんなじ名前じゃね?
「え? ……あぁ確かに、言われてみれば」
気持ちの悪いコメントが多く散見され、ついでのように説明したラフィアに対する気になるコメントを見つけたレイはそのコメントを精査するかのように思考する。
結果、どう考えても偶然で片付けるのは難しく、違和感どころかとても重要なことなのではという半ば確信めいた結論に至る。そのタイミングで、当の本人であるラフィアがレイに近づいてきた。
「なんだい、私に聞きたい事でも?」
「……いや、なんでもないです」
「そうかい?ならいいんだけど」
だが、レイは敢えて沈黙を選択する。
大変興味深い内容であったが、現状【聖ラフィア大聖堂】に入るのは難しく、聞いたが最後、首を突っ込まずに欲望を抑えることが出来る自信がなかったからだった。
「それにしても、あんた達が来てくれて助かったよ」
「そんな、私達こそご迷惑をおかけして……」
「そんなことないさ。現に、あの子があんなに楽しそうなのは久しぶりさね」
申し訳なさそうに謙遜するレイが腰を低くして頭を掻けば、それを見たラフィアは楽しそうにカラカラと笑う。
そんな中、ふとじゃしんを煽りに煽っているミーアを見て、突然真剣な顔つきへと変わる。
「なぁ、少し話があるんだ。ミーアには聞かせたくない、内緒の話が」
「内緒の話?」
力強く頷く様に、レイは一瞬迷うように瞳を揺らす。
先程も考えたように、可能であればイベントは進行してほしくない。だがそうも言ってはいられない状況なのは間違いなく、また最悪の事態にも繋がりかねないため、仕方なくその話を聞く体制に入る。
「……分かりました。ウサ、よろしく」
「任された。ミーア、新しい服を用意した」
「げっ!? 絶対着ないんだから!」
「ぎゃう~?」
「くっ、今日こそは逃げきってみせるんだから!」
レイの言わんとすることをすぐさま理解したウサは、どこからともなくセーラー服を取り出すと、ミーアの方へと駆け出していく。
それによって一転攻勢と言わんばかりにじゃしんがあくどい笑みを浮かべたのと同時に、ミーアは二人から逃げるように全力疾走を開始した。
「よし、これでどうでしょう?」
「ふふっ、いつもありがとうね」
・コイツラ慣れきってやがる
・何となく関係性が透けてるな
・ウサさん恐るべし……
あっという間にミーアを遠ざけた一連の流れに視聴者が戦慄する中、レイは呼吸を整えラフィアに尋ねる。
「それで、話っていうのは?」
「あぁ、長話をするのは性に合わないから出来るだけ簡潔に言うよ。私はもう長くないから、ミーアが一人で生きていく手助けをしてほしいのさ」
「……え?」
そうして語られたのは思いもよらぬ一言。それを聞いたレイが咄嗟に彼女の目を見つめれば、ラフィアの双眸は何かを悟ったように、じっとミーアに向けられていた。
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OTHER【スラミンの配信】
【リヨッカ】の街に潜伏――といってもあくまで狙いはレイであり、邪魔をしない限り特に攻撃はされないため、じゃしん教総出で情報収集に徹している。
手に入れた情報の伝達手段として、SNSで話し合った結果、ゲーム内の人間が入手するのが難しく、かつリアルタイムで行える方法を取ることに決めたようだった。
レイからの願いで無茶はしないことを言及されているため、現状は大人しくしているが、中々動かない戦線に痺れを切らしている強硬派がいるのも事実であり、『邪教徒式多重攪乱作戦』なるものを練っているとかいないとか。




