7-27 森に棲む魔女
「何で追いかけてくるのよぉ~!」
「大丈夫、ちょっとだけ、ちょっとだけだから」
「ぎゃう~!」
目元に涙を浮かべながらも必死に逃げる幼女を、黒いドレスを握りしめて無表情のまま追いかけるウサ。
何とも異様な光景であったが、先ほどいきなり攻撃を仕掛けられた怨みからか、じゃしんは『いけ!やれ!』とでも言わんばかりにヤジを飛ばす。
「ちょっとウサ、そろそろ落ち着いて――」
「こりゃ何の騒ぎだい?」
「あ!ラフィア!」
流石に可哀そうになってきたのか、見るに見かねたレイがいい加減暴走を止めようとしたタイミングで、奥の森から何者かがやってくる。
「助けて!変な奴が襲ってくるの!」
「変な奴……まぁ怪しくはあるさね。アンタ達、一体何者だい?」
ゆっくりと見惚れるくらい綺麗な所作で歩いてきたのは、給仕服のような黒い服にエプロンをした年老いた女性だった。
幼女はその女性を見つけた途端に急いで駆け寄ると、その後ろに隠れて鬼の首を取ったかのように得意げになる。
「ラフィアが帰って来たからにはもうおしまいね!泣いて謝っても許さないんだから!」
「怪しい者じゃない。ただこの服を着て欲しいだけ」
「いや十分怪しいよ……。私が説明するからちょっと静かにしてて」
まだ諦めていないのか、未だにドレスを片手に鼻息荒くじりじりと近寄ろうとするウサ。そんな彼女の肩に手を置いて一歩下がらせながら、レイは代わりに老婆に向けて説明し始める。
「なるほど、森でこの子の姿を見つけて後を追ってきたと。はぁ……自業自得じゃないかい」
「うっ……でもどっちにしろばれてたもん!」
レイの言葉を聞いた老婆は深い皺のある顔を更に顰めてじと目を向けると、幼女は言い訳をするように逆切れする。
その姿勢に老婆は呆れた様子を見せると、改めてウサへと視線を向けた。
「全く……。そこのお嬢さん、ちょっといいかい?」
「なに?」
「この子にその服を着せたいんだろ?好きにやってくれて構わないよ」
「は!?」
「本当?」
まさかの提案に幼女は絶望の表情を浮かべ、ウサはこの世の春が来たかのように目を輝かせる。
「う、嘘よね?ラフィアはそんな意地悪しないよね?」
「いいじゃないかい、あの服可愛いだろう?いつもそれしか着てないんだし、いい機会さね。じゃ、任せたよ」
「了解。じゃしん、手伝って」
「ぎゃうっ!」
「く、くるなぁ!」
幼女からの縋るような目つきを華麗にスルーしつつも、老婆は肩を竦めつつ許可を出す。
その言葉に水を得た魚のようにウサは声を弾ませ、じゃしんも『先ほどの仕返しをしてやる』と言わんばかりにやる気を見せており、もはや一刻の猶予もないと悟った幼女は身を翻して逃走を開始する。
そうして再開した鬼ごっこ。それをどこか懐かしむような気持ちでレイが眺めていると、その隣に老婆が立ち、話しかけてくる。
「それで、ここに来た目的は何だい?」
「え?どういう――」
「惚けるんじゃないよ。ミーアが目を付けたって事は、アンタがこの前森に火をつけた犯人だろう?」
老婆から告げられた予想外の一言に、レイの思考が一瞬停止する。
口元は笑っているものの、その視線は懐疑の感情を色濃く含んでおり、この問い次第では戦いが始まってもおかしくない、まさに一触触発の空気が流れ出す。
(まずい、バレてる……!?どうしよう、でも誤魔化すしか……)
目の前の老婆がどういった存在かは分からないが、街のNPCの様子を思うにレイ憎しでいきなり襲い掛かってきても不思議ではない。
そのため、少しでも交渉の余地がないか、情報を引き出そうと試みるが――。
「……一体、なんのことだか――」
「ご主人!?ヤバいっすよ!バレてますよ!やっちゃいますかァ!?」
「ええい!せっかく誤魔化そうとしたのに!」
そんな企みも背後から刺されたことによってすぐさま霧散する。
考えていたことが一から百まですべて台無しになった事に、レイはすぐさまイブルのベルトを閉じて黙らせる。だが、彼に怒りをぶつけたとて、過ぎた時間は返ってこない。
「ははっ、随分ととんちきな物を飼ってるんだねぇ」
「あはは。いやぁ、まぁそれほどでも……」
「で、理由は?」
カラカラと笑う老婆に合わせてレイも愛想笑いを浮かべるが、残念ながら逃げ道はないようだった。
向けられた視線の温度差にもはや取り繕ことは不可能だと悟ったレイは、ぼそぼそと小さな声で言い訳を口にし始める。
「理由と言われましても本当になくてですね……なんならその火を付けたってのも語弊があって……いや、確かに私達が原因なんですけど事故といいますか、放火するつもりなんかこれっぽっちもなかったというか……」
「ほう?それは神に誓えるかい?」
「もちろんです!……と言っても【リーベ教】には敵認定されてるんですけどね……」
「はぁ?それは一体どういうことだい?」
レイの語る真実に耳を傾けていた老婆は、とある単語に反応し、怪訝な表情を見せる。
そのすぐに説明しろと言わんばかりの圧に、レイはもはや諦めの境地で【リヨッカ】の街で起きた騒動について説明する。……だが返ってきたのは想像とは異なる反応であった。
「あっはっはっはっは!そんな面白いことになってんのかい!」
「いやぁ、恥ずかしながら……」
「くっくっく、そういうことなら協力してやるさね。好きなだけここにいるといい」
「え?いいんですか?」
一通り聞き終えた老婆は心底愉快そうに豪快に笑って見せると、思ってもみなかったことを口にし、意外にも好意的な反応に、レイは驚いた顔をして問い返す。
「あぁ、とはいえある程度働いてもらうがね。アンタ、名前は?」
「えっと、レイです」
「レイか。いい名前だね。アタシはラフィア。年老いたしがない魔女さ」
「……魔女?」
そう言ったラフィアがウィンクをしながらニヒルな笑みを浮かべ、告げられた言葉にレイは首を傾げる。
その視界の端ではついに獲物を捕らえたウサとじゃしんが、高らかに勝鬨を上げていた。
[TOPIC]
OTHER【ほのぼのおにごっこ】
「じゃしん、右に回って。絶対に森に逃がさないように」
「ぎゃうっ!」
「なんでそんなに連携が取れてるのよぉ!?そもそもそんなの着て意味ないでしょ!」
「意味はある。私がほっこりする」
「ぎゃうぎゃ~う!」
「意味わかんないわよ――キャッ!?」
「コケた。チャンス」
「ぎゃう~!」
「ちょ、やめて!離してよ!謝るからぁ!」
「ぎゃ~う~?ぎゃうぎゃーう!」
「年貢の納め時。さぁ、お着替えの時間」
「もうヤダぁ!ラフィアぁ!」




