7-25 ここをキャンプ地とする!
「このっ、離せ――ってウサ?」
「久しぶり」
徐々に傾く体に焦る脳内。なんとか声を振り絞って抵抗を試みるが、視界に映った見知った顔にふと動きを止める。
「やっと会えた。大丈夫?」
「えっと、うん。みんなのお陰でなんとか……。ウサはどうしてこんなところに?」
「もちろん、レイを助けに来た」
思わず肩の力が抜けてしまったレイが困惑の表情を浮かべて質問を投げかけると、ウサはいつもの如く無表情で淡々と返す。
そのことに感謝しつつも、ようやく思考も落ち着いてきたようで、レイは続けて現在の状況について言及する。
「あー、それは助かる……んだけど、そろそろ離してもらえないかな?」
「どうして?私は気にしない」
「いや、私が気にするからなんだけど……」
そのまま後ろに倒れたためにウサの膝の上に頭を乗せる形となり、手で頭を固定されて至近距離にさかさまのウサの顔と見つめ合うような状況になっており、さすがにレイも恥ずかしくなったのか、頬を朱色に染めながらもやんわりと身じろぎして起き上がる。
ウサを見ればいかにも名残惜しいと言いたげなオーラを放っていたが、レイはそれを見て見ぬ振りをすると、話題を変えるように小声で話しかけた。
「はぁ、ビックリした。普通に声かけてくれればよかったんじゃない?」
「それだとつまらない」
「そんなエンタメ求められても困るんですけど……。まぁいいや、それでどうする?」
「どうするとは?」
さも当然といった空気を出すウサに呆れつつ、レイは今後の事について質問する。だが、それに対してウサは可愛らしく小首を傾げた。
「えっ、助けに来てくれたんじゃないの?ほら、あいつらの気を引き付けてくれるとかさ」
「それは難しい。あの人数差は私では無理」
「えぇ?……まぁでもそう、か……?」
表情の読めない顔でそう宣うウサ。だが、その言葉を素直に受け取るというのは難しかったようで、レイは疑うような視線をむける。
「その代わり、代替案を用意した。ついてきて」
「へ?あ、ちょっと!」
それを誤魔化すようにウサは立ち上がると、なにやらアイテムを取り出して森の奥へと進んでいく。
相変わらずマイペースな姿にレイは振り回されながらも、じゃしんとイブルに目配せして、慌ててその背中を追いかける。
迷いなく進んでいく姿に幾分かの不安を抱きつつ森の中を進んでいけば、やがて木々の隙間に隠れてるような小さなスペースへと辿り着いた。
「じゃーん。どう?」
「どうって……なにこれ、キャンプ?」
「ぎゃ、ぎゃう~!」
「おぉ、本格的っすね!」
そこには迷彩柄のテントとバーベキューコンロが準備されており、コンロの前では給仕服を着た犬と猫のぬいぐるみが食材片手にトングをカチカチと鳴らしていた。
そんないかにもアウトドア感が漂う光景にレイ達が期待と困惑が入り混じった感情を向ける中、ウサは得意げに説明を開始する。
「これは【カプセルINN】。エリアのどこでもログアウトできるようになる便利アイテム」
「えっ、本当?それはすごい……けど、モンスターは大丈夫なの?」
「問題ない。モンスター除けの効果もある」
あらかじめ予想していたのか、レイの懸念事項に即答してみせたウサは鼻を鳴らすと、ガッツポーズをしつつ高らかに宣言する。
「これなら移動しながら存分に時間を使える。名付けて、『ドキドキワクワクキャンプ作戦』」
「いや、そのまんま――待って、もしかしてこれがやりたかっただけなんじゃ……?」
「そんなことはない。効率を求めただけ」
先ほどの弱気発言の答えに辿り着いた気がしたレイが改めてウサに視線を向ければ、ウサはそれから逃げるように視線を逸らす。
「キャンプ、キャンプ、楽しいキャンプ」
「ぎゃうっ!ぎゃうっ!ぎゃうぎゃーうっ!」
「うひょー!テンション上がってきましたねぇ!」
「……こんなことしてる場合なのか?」
代わりにコンロの前へと移動すると、肉の焼ける音と共に漂う香ばしい匂いによってウサとじゃしんとイブルの視線は釘付けになり、テンションは加速度的に上がっていく。
ただ、そんな中で一人離れた場所に立つ少女は若干冷めた表情を浮かべつつぽつりと呟く。
「ねぇ、レベル上げしてきていい?」
「……本気?」
「……ご主人、空気読めないんすねェ」
「……ぎゃう~」
「そんなこと言ったって、微塵も興味ないんだもん」
昔からゲーム一筋だった彼女にとって、室外での活動というのはあまり好きではなく、むしろ母親に連れ回されたというイメージから苦手意識を持っていた。
それはゲーム内でも例外ではないようで、キャンプと聞いても淡白な反応しかできないのだが、それに待ったをかけるように自身の召喚獣が牙を剥く。
「ぎゃうっ!ぎゃうぎゃうっ!」
「やめて、じゃしん。悲しいけど、こうなるのは少し想像していた」
『あんた!ふざけたこといってんじゃ――!』とレイへと詰め寄ろうとするじゃしんの肩をウサは止めると、悲しそうに目を伏せてふるふると首を横に振る。
そうしてレイを除く三人が集まって何やら会議を始めたと思うと、結論が出たのかウサが代表してレイへと提案する。
「レイ、行ってもいい。ただし遠くへは行かないこと、それからすぐに戻ってくること。他のプレイヤーにバレたら大変」
「いや、どの口が……まぁいいや。了解」
今からキャンプを始めようとしている人物の口から出た言葉に反射的に言葉を返そうとしたレイだったが、不毛な争いにしかならないことが目に見えているため、ぐっとこらえて我慢する。
その姿を見て、ウサは満足気に頷いて見せると、続けて右手をレイに向けて差し出した。
「もう一つ、【双子座のコンパス】を貸して欲しい」
「コンパスを?なんで?」
「ここの座標を追加する。迷ったら面倒」
ウサ曰く、どうやら【双子座のコンパス】に追加で効果を付与できるらしい。それ自体を断る理由がないため、レイはすぐさま〈アイテムポーチ〉へと手を入れる。
「なるほど。えーっと、コンパスコンパス……あった。はい、よろしく」
「うん。……待って、これじゃない」
「へ?」
そうして取り出したアイテムをウサへと渡せば、数秒後に返ってきたのは否定の声。それに素っ頓狂な声を上げつつも改めて手渡したアイテムを見れば、確かに目的のアイテムとは異なっていた。
「あ、本当だ。形似てるから間違えやすい……」
レイが【双子座のコンパス】の代わりに取り出してしまったのは、以前手に入れた【道なき道のコンパス】という別のアイテム。
恐らく『コンパス』という抽象的なイメージで取り出したからだろうと、そう考えたレイはふと一つの変化に気が付く。
「あれ?これこんなに動いてたっけ?」
前回見た時は一方向を指して微動だにすらしていなかった針が、小さくはあるがゆらゆらと左右に揺れている。
小さな変化だが、それを違和感として受け取ったレイは隣にいたウサへと相談する。
「分からない。それって、ワールドクエストで手に入れたもの?」
「そうそう。確か一方向をずっと指してたはず――」
そして、ふと針の視線の先を見て、レイは言葉を詰まらせる。
木々の隙間、視線の先には純白のワンピースに、同じく白いつば広帽子を被った少女が、怒りを込めた瞳で此方を睨みつけていた。
[TOPIC]
ITEM【カプセルINN 『大人のBBQセット』】
いつでもどこでも、安息を貴方の傍に。
効果①:宿屋と同効果の施設を展開
効果②:モンスター侵入不可領域を展開
※展開可能なスペースが必須(10 * 10 ㎡)
値段:29,800,000G




