7-24 背中を預けて
場所は戻り、【じゃしん教】のクランハウス前。
ビルの中から現れた黒い覆面を指差しながら、騎士の格好をしたプレイヤーが怒鳴り声を上げる。
「あれが『きょうじん』だ!」
「森の方に逃げるぞ!」
「クソッ、邪魔をするな!」
「「「いあ、いあ、じゃしん!」」」
だが逃げ出す背中に剣を向けるも、その行手を阻むように他の覆面軍団が騎士達に雪崩れ込んでいく。
覆面軍団は攻撃を加えていないものの、複数人で体を抑え込むことで、騎士達の自由を大幅に制限する。その結果、騎士達は思うように動くとこができなくなっていた。
「みんなありがとっ!じゃしん、いくよ!」
「ぎゃうっ!」
もみくちゃになり、戦線も何もなくなった光景に対し、レイは感謝の言葉を口にしながら颯爽と駆け抜ける。
もはや意味がないと悟ったのか、被った覆面を脱ぎ捨てた二人。幾分か開けた視界によって動きやすくなった……と思いきや、その行動が更なる災いを招いてしまった。
「異端者め!」
「神の裁きを受けよ!」
「うぇぇっ!?マジ!?」
「ぎゃうっ!?」
二人の顔を見た瞬間、NPC達が血相を変えて街中に躍り出る。中には刃物で武装した人間も存在し、レイ達は慌てて急ブレーキをかけた。
「イ、イブル!【邪炎の黒翼】!はやく!」
「待ってましたァ!あ、ガブっと!」
レイは瞬時に腰にある本のベルトを外し、バンバンと何度か叩くと、一人でに空中へと浮き始める。
喜色満面と言った声を上げ、レイ達の周りを数秒飛び回ったイブルは彼女の背中に噛み付くと、その表面から黒い炎の翼を吹き出してレイの体を持ち上げる。
そのままNPC達の頭上を飛び越えたレイはじゃしんを両腕で抱きしめつつ【へティス大森林】を目指す。
「このまま【ポータルステーション】まで!このエリアから脱出するよ!」
「ぎゃうっ!」
「あいあいさァ!」
目的地を告げつつ、猛スピードで【リヨッカ】の上空を突き進むレイ達。障害物の何もない空の道によって、問題なく目的地へと辿り着く。
「今だ!」
……など、そう全てが都合よく行くわけではない様だった。
街の入口、門の前に並んだ騎士達が一斉に手に持った剣を掲げると、レイ達のさらに上、雲の隙間がきらりと光り輝く。
「え?――あいたァ!?」
「ぐっ!?」
それに気が付いた瞬間、天空から一本の光の柱がレイ達に向けて放たれる。すんでの所でイブルが方向転換するも、躱しきれず右翼に掠めてしまい、バランスを崩して地面へと墜落する。
「これぞ『聖女』様の力!神に愛された者の力だ!」
「ぎゃ、ぎゃうっ!」
「いつつ……。イブル大丈夫?」
「な、なんとか……」
木に引っかかりながら落ちた先は幸いにも街の外。だが、態勢を整える前に騎士達の周囲を囲まれてしまう。
「終わりだ『きょうじん』!」
「チッ、もうやるしか――」
「【忍法・電綱流し】!」
「【エレメントスラッシュ】!」
剣を向けてくる騎士達にレイも覚悟を決めて銃を引き抜く。
だが、それを遮るようにスキル名が響いたと思えば、レイから見て森側にいた騎士達が突然地面へと倒れ伏す。
「ふん、街の外に出ればこちらのもんさ」
「レイさん!大丈夫っすか!」
「貴方達は……」
またしても空から現れたのは、黒いローブを着た二人の青年。どこかで見覚えのあるその顔に、レイは過去の記憶を引っ張り出して名前を呼ぶ。
「えっと、電電さんとましゅまろさん、だっけ?」
「そうっす!覚えてもらえていて感激っす!」
どうやら正解だったようで、青年の一人は感極まったように歓喜の声を漏らす。もう一方の青年も嬉しいのを隠すように鼻下をこすると、残った街側の騎士達に向けて立ち塞がるように一歩前へと出る。
「ここは我々に任せて先に。どうかお逃げを」
「あ、そうっす!そのために来たんすよ!」
端的に語る青年と、レイに向けて人懐っこそうに笑いながら彼の隣に立つ青年。その二人の背中にこれ以上言葉はいらないことを感じ取ったレイもまた、背中を向けて走り出す。
「――うん、分かった!行こう、2人とも!」
「ぎゃう!」
「がってん!」
「待て!」
当然それを騎士達は良しとしない。立った二人で立ち向かう青年達に剣の切っ先を移し、戦闘態勢へと移る。
「邪魔する者に容赦はしなくていい!絶対に逃すなよ!」
「いやぁ、怖いっすね。この人数差、どうします?」
「そのうち援軍が来るだろ。俺達は時間さえ稼げばいいさ」
おどけるように肩を竦めた青年の一人、電電は両手で印のようなものを結ぶと、状況を変えるためにスキル名を口にする。
「【忍法・影分身の術】」
電電がその名を口ずさんだ瞬間、彼の影が地面に広がっていく。そして広がった影が浮き上がり人の形を作ると、電電と寸分の変わりない姿を形どった。
「おぉ!すげえっす!」
「だろ?悪いが時間稼ぎは大得意なんだ。全力で足引っ張らさせてもらうぜ?」
電電がニヒルに笑えば、それに連動するように影達もまた笑う。
見かけ上の人数はもはや五分。戦いとも呼べない戦いが始まろうとしていた。
◇◆◇◆◇◆
「えっと、どっちだっけ……?」
「ぎゃうっ!?」
「それって、迷子ってことっすかァ!?」
何とか戦場を抜け出し、【へティス大森林】を駆け回った後のレイの第一声。
今まで夢中だったのか、ふと我に返ったレイがそう呟けば、じゃしんとイブルから驚きの声が上がる。
「しょうがないじゃん、同じような光景ばっかりなんだし!」
「ぎゃう?」
「何ですかそれ?」
少し恥ずかしそうに言い訳しながらレイは〈アイテムポーチ〉を触り、一つアイテムを取り出す。
「【双子座のコンパス】。この赤い方の針が【リヨッカ】に通じてて、青い方が【ポータルステーション】に続いてるんだって」
その言葉の通り、今まで来た道を赤い針が差している。
アイテムの内容に誤りがないことを再認識したレイは、青い針の指す方向へと進んでいく。
そうしてしばらく歩いた後、前方にうっすらと目的の建物が見えてくる。
「あった。……けど」
「おい、来たか?」
「まだそれっぽいのはいねぇな」
「街から出たのは間違いないらしいからな、油断するなよ」
数多の妨害を乗り越え、何とか辿り着いた【ポータルステーション】。だが、まだまだレイ達の障害はなくならない。
【ポータルステーション】の前にはどう考えてもレイを待つプレイヤーがごったがえしており、レイの到着を今か今かと待ち構えている。
「ぎゃ、ぎゃうぅ……」
「もう張られてるみたいっすねェ」
「バレないように……ってのは無茶かな。押し通るか、それともいなくなるまで待つか……でも時間は決まってるし……」
レイが懸念しているのは『ToY』の活動可能時間である八時間という制限。
彼らがいなくなるまで待つという選択肢を取ったとしても、相手は複数人でローテーションが可能であるため、先にコチラが力尽きるのは容易に想定できる。
とはいえ、このまま突っ込んだとしてもかなり博打になるため、何とかして次の一手を考えなければいけない。……そう、レイが考えた時だった。
「見つけた」
「なっーーむぐっ!?」
「ぎゃう!?」
「ご、ご主人!?」
背後から伸びてきた手にレイの口元が抑えられ、背後へと転ばされ、突然のことに隣にいた二人も驚く事しか出来ない。
こうして、レイはなんともあっけなく捕まってしまった――。
[TOPIC]
SKILL【忍法・影分身の術】
木を隠すなら森の中。見えているからこそ騙すことが出来るのだ。
CT:300sec
効果①:自身と同じ動きをする分身を召喚
※分身に攻撃判定、及びダメージ判定はなし
 




