1-22 月の光に激しく昂る⑦
「何だあの兎!?」
「隣にいるのは『きょうじん』さんじゃないか?」
部屋から出たレイ達は堂々と路地裏を歩いていた。
確かに人は少ないのだがそれでも0というわけではなく、何人かのプレイヤーに見つかってはコソコソと噂されているのをレイは感じる。
この状況で声をかけてくる者はいないものの、野次馬の如くコソコソと後ろからついてきている者もおり、その気持ちが分からないでもないレイは関わってこない限りは特に気にしないようにしていた。
「で、何処に向かってるの?」
そんなことよりも、とレイはラビーに対して切り出す。その問いはかれこれ4回目であり、当然今回も答えは返ってこない。
「まぁ、良いけどね……」
諦めたように呟いた言葉にもラビーは当然返さない。まぁやることは変わらないからと自分に言い聞かせるレイ。そうして現在地を探ろうと周りを見渡して、とあることに気がついた。
「この道って……」
その道は酷く既視感を伴っていて、レイにとっては何処か懐かしく、それでいて気持ちが沈んでいくのを感じた。
「着いたぞ」
「やっぱり……」
ラビーはとある場所で足を止め、レイは露骨に顔を歪める。その場所はレイにとっては初めてが詰まった思い出の場所であり、可能であれば二度と足を踏み入れたくなかった【瘴気の下水道】であった。
「ほら、これ」
「え?うわっ!」
唐突にラビーはレイに向かって何かを投げつける。危うく落としそうになったレイがなんとかキャッチすると、その手の中には小さな木の実があった。
「何これ?」
「【聖獣のお守り】だ。これを使えば中の『瘴気』を無効化できる。後で返せよ?」
「あ、ありがと」
その効果に感心するレイだったが、ラビーがさっさと【瘴気の下水道】の中へと入っていったため、レイも慌てて装備し、小走りで後ろについて行った。
◇◆◇◆◇◆
その臭いも相まって不快感を助長させる薄汚れた下水道内に、ぴちょん、ぴちゃんと水滴が落ちる音が響く。
「あ、そっち行くんだ」
もともと同じ道しか走ってこなかったレイにとって、今回歩いている道は全く知らないルートであり新鮮に感じていた。
「ねぇ、何でモンスターが襲ってこないの?」
道だけではなく、レイはこの静かさにも違和感を覚える。
レイがマラソンしていた時はモンスタートレインになるのは当たり前であり、必ずモンスターの鳴き声や叫び声がワンセットであった。しかも、先程まで後をつけて来ていたプレイヤー達の気配も完全になくなっており、まるで別世界に来たようだとレイは感じる。
「うるさい奴だな」
ここまで一言も喋ってこなかったラビーは眉間に皺を作りながら答える。
「この街は俺たちの縄張りだ。ここで俺たちに喧嘩うってくる奴なんていねぇよ」
たとえモンスターでもな、と興味がなさそうに言うラビー。
「あるとすれば余所者か、明確な意思を持って向かってくる奴だけだ。……あの時みたいにな」
「あの時?」
ぽろりと口に出した単語にレイは食いつく。もしかしたらヒントをもらえるかもしれないと話題を広げようと試みたが――。
「ここだ」
「あっはい」
残念ながら時間切れのようだった。
ラビットは突き当たりの壁に両手をつけると思いっきり押し込む。ズズズッと壁が奥側に入り込むと、そのまま横にスライドして奥に新しい道が現れた。
「隠し扉……!?」
「この先だ。この先に奴がいる」
レイがギミックに目を輝かしているが、そんな事お構いなしにラビーはどんどんと進んでいく。まるで何かに駆られているように焦っている様は、怒っているようにも後悔しているようにも思えた。
確信の持てないレイは黙ってラビーの後に続く。そしてしばらく歩いた先に鉄の扉が現れると、その錆び付いて茶色になったその扉をラビーは思いっきり蹴り破った。
「……誰ですかぁ?」
そこは全長30メートル程の広いドーム状の広間となっていた。
その中心には紫色で金の刺繍が施されているローブを着た痩せ細った男性が立っており、その下にはびっしりと幾何学模様の魔法陣が描かれている。
「あの時の借り、返しに来たぜ」
「あの時……?あぁ!あぁ!何処かで見たことあると思えばあの時の兎さんではないですかぁ!」
怒りを押し殺すようなラビーの言葉にローブを着た男は愉悦に塗れた顔で狂ったように笑い出す。
「あの緑と橙の兎さんはと~っても我々の役に立って頂けましたよぉ!もう本人達はこの世にいないのでお礼ができないのが心残りですがねぇ!」
「テメェ……!」
そのやりとりを見たレイはと少しだけ状況が読めたような気がした。少なくともどうやら以前この二人の間で何かあり、その中でラビーの仲間が命を落としているようであった。
「そんなに怒らないで下さいよぉ!というよりここには何をしに来たんです?あ、もしかしてあの2匹みたいに我々に協力してくれるんですかぁ!」
「……もういい、喋るんじゃねぇ」
ケタケタと笑うローブの男にレイですらムッとなったが、ラビーは沸点を越えたのか極めて冷静に、それでいて射殺す様な視線を向けている。
「テメェ等ハクシ教がここで何をやろうとしてるのかは知ってる。この街で好き勝手させるわけにはいかねぇんだよ」
「カッコイイですねぇ!しかぁし、お仲間も守れないようなケモノ風情が本当に出来るんですかぁ?」
ねっとりと、煽るような口調でローブの男は言うと、懐から緑色と紫色の宝石のような物を取り出す。
「それは……!」
「ほらお仲間もこう言ってますよ?アニキ~無理でちゅよ~ってぇ!ギャハハ!」
男が取り出したのはラビーの仲間であった者達の『魂』であった。それを両手で振りながら下品な笑い声をあげる男にラビーは目の色を変え叫ぶ。
「返しやがれ!それはテメェの汚い手で触っていいもんじゃねぇんだよ!」
「ん~、それは出来ない相談ですねぇ。何故ならこれは私の物ではないのです」
そう嬉しそうにいう男にラビーとレイは怪訝な表情を向ける。
「なぜならぁ、私の全ては邪神様のものなのです!あぁ邪神様だけが救いをくれるのですぅ!」
「狂ってやがる……」
恍惚な表情で笑う男にラビーは嫌悪感剥き出しの表情をするが、レイは別に気になることがあった。
「じゃしん……?」
その言葉の響きに心当たりがあったレイだったが、あのポンコツにそんな力があるかという自問自答に首を振って答える。
「だから我々は邪神様に尽くすのです!全てを捧げるのです!そして邪神様の願いを――世界を滅ぼすのですよぉ」
ニヤリと男が笑った瞬間、空から風を感じ、レイとラビーが見上げると白い塊が降ってくる。
ズシンッと揺れるほどの重量感を醸しながら、【瘴気の下水道】、その象徴が姿を現した。
「【スカルドラゴン】……!?」
レイにとってトラウマになりつつある存在が目の前に現れ、軽く思考が停止する。ただ以前のように見境なく暴れたりはせず、寧ろフードの男に対して頭を下げていた。
「よくきましたねぇ。では始めるとしますかぁ」
【スカルドラゴン】の頭を一撫した男は手に持っていた『ムーンライトファミリーの魂』を地面に落とす。そして2つの魂が魔法陣に触れると強烈な光を放ち、【スカルドラゴン】を飲み込んだ。
その光の中からぐちゃぐちゃと肉が変形するような音がレイの耳に聞こえる。やがて光が消えると、骨だけの抜け殻はなく代わりに紫色の皮を被った完全な龍の姿となる。
「さぁ【月喰龍】よ、邪神様のために全てを喰らいなさい」
直後、龍の咆哮が木霊する――。
[TOPIC]
ACCESSORY【聖獣のお守り】
聖獣の力が込められたお守り。その加護はあらゆる災厄を払ってくれるだろう
効果①:回復効果倍増
効果②:環境ダメージ無効




