7-21 火遊びはご用心
★★★お知らせ★★★
『強制じゃしん信仰プレイ』第二巻、好評発売中!
「可愛い」と「面白い」が盛りだくさんです!WEB版との差分が多いので楽しんで頂けると思います!
みんな!買ってね!
『許さない許さない許さない――』
体を震わした【怪演のアラクネー】から聞こえる、おどろおどろしい怨嗟の声。
その地獄の底から鳴り響いているかのような耳障りは、彼女の怒りを最大限表しており、それに呼応するかのように周囲の子蜘蛛達が彼女の体へと纏わりついていく。
・なんだなんだ!?
・怖いって!
・でた、最強ブッパ技
密集しうぞうぞと蠢く姿に多くの視聴者が嫌悪感を示す中、その行動の意味を理解する少数の視聴者からは別の感想が漏れ出ていた。
「あれは【怪演のアラクネー】のHPが10%を下回った証明ね。これから回避不可能な即死技を打ちますよって言う合図だよ」
・は?回避不可能で即死?
・理不尽過ぎん?
・何すんの?
「糸を集めてる、って言ったらいいのかな。ホラあそこの蜘蛛見てよ」
当然レイもその行動の意味を理解しており、疑問の声に応えを返すかのように一点を指さす。そこには【怪演のアラクネー】の体に着いた蜘蛛が、彼女の髪に絡めとられた瞬間、風船のようにしぼんでいく光景があった。
・共食いってこと?
・糸を集めて何するんだろう
・眺めてていいの?
「だめだね、きっかり一分後にくるからそれまでに何とかしないと」
・だめなんかい
・どうする?逃げる?
・対策はしてるんですよね?
「もちろん、やられる前にやる一択!【黒月弾】!」
自信満々に答えたレイの手から、漆黒の弾丸が放たれる。
レイの前に立ちはだかる敵を幾度となく屠ってきた一撃は、いつもと同じようにゆっくりと進んでいくと、【怪演のアラクネー】にぶつかって拡散した。
『ぐぅぅ……っ!』
肥大化した黒の塊は、まとわりつく子蜘蛛ごと【怪演のアラクネー】の全身を蝕んでいく。
押し潰されるような圧力にグチャグチャと何かが潰れるような音をたて、【怪演のアラクネー】が苦しそうに顔を歪めるのと同時に、頭上に表示されたHPゲージはみるみる削れていく。
『――なんでそんなことするのぉぉぉぉ!!!』
――だが、その勢いは残り僅かと言う所で静止する。
さながら癇癪を起こした子供のように絶叫し血走った眼で睨みつける【怪演のアラクネー】。その髪は純白に煌めきながらも異様に伸びており、必殺技の準備が整ったことを示していた。
「残ったか……でも、もう虫の息でしょ!」
ただ、それでも頭上に表示されるHPゲージはもはやドット単位でしか見えていない。
この引き金を引けば、【怪演のアラクネー】が必殺の一撃を放つよりも早く、勝利を手に入れられるとレイは確信する。
「対戦、ありがとうござ――」
「!? ぎゃ、ぎゃう!」
トリガーに指をかけ、力を籠める。それと同時に背後から聞こえた風切り音。
「っ!?じゃしん!?大丈夫!?」
「ぎゃう~」
それにいち早く気がついたじゃしんが、それを自身の体で受け止める。
幸いにも放たれた風の刃は大した威力ではなかったのか、じゃしんはお腹をさすりながらすぐに立ち上がっており、レイはそれにほっとしつつも攻撃の発生源を探る。
「ちょっとぉ、なんで庇うのぉ!」
「この――って違う!そんな場合じゃ」
そこには周囲が慌ただしく戦っている中、手持無沙汰になったらしいミナの姿があった。
見られていない事をチャンスだと捉えたのだろう、その企みが失敗したことに地団駄を踏んで怒りを表現している彼女に一瞬気を取られ、すぐさま本当に警戒すべき場所に視線を戻す。
『もう、いいよ』
だが、その一瞬が決定的であった。
視線を戻した時にはもう【怪演のアラクネー】の髪は無重力のように広がっており、それに気が付いた時には、目にも止まらぬ速さで迫ってきていた。
「くっ!?」
「ぎゃうっ!?」
「い、いやっ!やめっ!?」
レイを、じゃしんをミナを。
「うわっ!?」
「ミナちゃん!クソ……ッ!」
「グルァ!?」
その他のプレイヤーを、味方である筈の【タランチュラベアード】を、オブジェクトである木々を。
目に映るモノすべてに糸を伸ばし、雁字搦めにする【怪演のアラクネー】。
『ぜんぶ、ゆるしてあげる。そのかわり、ぜんぶもらうね?』
「ぐ、ぁ……」
まるでで蚕の繭のようにされ、ゆっくりと締め上げられる地獄。
身動きどころか指一本動かせない中で、レイは必死で思考を巡らせて打開策を考えるが、そう簡単に湧いてくるものでもない。
(……ダメか。邪魔さえなければいけたんだけど、まぁアイツらがいなければここまで来れてないし、それは言いっこなしか)
やがて感情は諦めムードに変わり、次へと繋ぐための反省会へと切り替わっていく。
もはや敗北を受け入れている中、ふと一つ思い出したことがあった。
(あ、そういえば……アレ、使ってなかったな)
それは試してみる、という話をしていたものの、色々ありすぎて記憶からすっぽりと抜け落ちていたじゃしんのスキル。
無駄だとは思いつつ、この糸で出来た牢獄を壊してくれたらという思いで、ヤケクソ気味にレイは声を張り上げる。
「……じゃしん!【じゃしん拝火】!」
「ぎゃうっ!?……ぎゃ、ぎゃうーーー!!!」
その声は自身の相棒の下へと届き、それに返答するように雄叫びが耳に届く。
ただ、それまで。そこから何も起きずにこのままデスポーンする――その想像はいともたやすく破壊される。
『なに……?あ、あつい!やめて!』
聞こえてきたのは、【怪演のアラクネー】の苦し気で嫌がるような弱音。
それと同時に暖かな黒い炎が繭を燃やし尽くし、レイの体は地面に落下する。
「つぅ……。どうなったの……?」
・レイちゃん、あれあれ
・左左
・左見て
「え?左?」
「ぎゃ、ぎゃう~!?」
尻もちをついた状態で言われた通り首を動かせば、そこには黒い炎を全身に纏って周囲を走り回るじゃしんの姿。
『なんじゃこりゃぁ!?』とでも言わんばかりに走り回っている光景に、レイはこれが【じゃしん拝火】の効果なのかと推測する。
『やだ、やだ、やだ。まだ、しにたくないよ』
しかも、それはじゃしんだけではないようだった。
改めて周囲を見渡せば、【怪演のアラクネー】の糸をつたって、レイ以外の全てに黒い炎が灯されており、全員が苦しそうにのた打ち回っている。
『ねぇ、たすけて?おねがい……』
中でも【怪演のアラクネー】は命の灯が潰えそうなのか、レイに向けて頭を下げては上目遣いで懇願する。
上半身は完全に人のため少し罪悪感を抱きながらも、レイは心を鬼にして――というよりも出来ることがないため、首を横に振った。
「ごめん、それは無理かな」
『そんな、ひどい……』
その答えに【怪演のアラクネー】は一際悲しそうな声を漏らし、ポリゴンとなって消えていく。
命の残り火を灯つつ、淡い光が天に昇っていく中、レイの目の前にウィンドウが現れた。
[ITEM【不可視の極糸】を入手しました]
[経験値を獲得いたしました]
「対戦、ありがとうございました。……後味悪いけど」
「ぎゃう」
「うわっ、びっくりした。それ大丈夫なの?」
「ぎゃうぎゃう!ぎゃ~う!」
最後のやり取りを含め、何だかやりきれない思いをレイが抱いていると、隣にじゃしんが現れ、『分かるぜ』とでも言わんばかりに神妙に頷く。
相変わらず体が燃えているためレイが確認をとると、『よく考えたら熱くないわこれ!余裕余裕!』とでも言うようにサムズアップする。
「まぁ、それならいい、のか……? まぁ、あとは邪魔してきた奴らだけど――あれ、いなくなってる」
もう一つの厄介を解決しようと周囲を見やれば、ミナを含めた邪魔者一行の姿は既にそこにはなかった。
逃げたのかデスポーンしたのか分からないが、取り敢えず当面の厄介事は全て片付いたと、レイが胸を撫で下ろそうとした時、またしても目の前にウィンドウが表示される。
[経験値を獲得いたしました]
[経験値を獲得いたしました]
[経験値を獲得いたしました]
「ん?なにこれ?」
それは経験値を獲得した旨を示すものであった。
とはいえ【怪演のアラクネー】分の経験値は既に取得しているため、一体何に対する者か分からないレイは首を傾げる。
「あれ?プレイヤーを倒しても経験値って入らないよね?ねぇ、皆はどう思う?」
・れ、レイちゃん後ろ……
・これ大丈夫か?
・すごいことになってる……
感じた疑問をそのまま視聴者に尋ねれば、返ってきたのはそんな事どうでもいいと言わんばかりに別のことを指摘するコメントであった。
そのことに不審げに目を細めつつ、レイが背後を振り返れば――。
「は?一体なんのこと――」
絶賛じゃしんが発している黒い炎が。
燃えない筈の木々に延焼し。
さらに奥の木々にまで燃え広がる。
分かりやすく言えば、"山火事"が発生していた。
「……うわぁお」
「ぎゃ、ぎゃう」
隣で音が鳴っているため気にならなかったが、よく耳を凝らせばゴウゴウと勢いよく炎が燃え広がる音が聞こえ、レイは顔を引きつらせる。
「じゃ、じゃしん。ちなみにこれ消せる?」
「ぎゃうぎゃう!」
「そっかぁ、分かんないかぁ」
一応確認を取れば、『できるならやってるよ!』とでも言いたげに首と手を左右に振るじゃしん。その姿に、レイは諦めのため息を零す。
「……どうしようね、これ」
「ぎゃう……」
途方に暮れ、呆然と見送るしかないレイとじゃしん。
そんな彼女の目の前には経験値を習得した旨を示すウィンドウだけが絶えず流れ続けていた。
[TOPIC]
SKILL【銀の処女の髪の檻】
ほしいものはとじこめて。かぎをかけてじぶんだけのものに。
CT:1000sec
効果①:対象に継続ダメージ(10%/5sec)
効果②:発動条件:使用者のHPが10%以下
取得方法:【怪演のアラクネー】Lv.30




