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7-16 このゲームには必勝法がある


「どれがいいかな~」


・どういう状況?

・あの、後ろ……

・準備があるのよ

・見てればわかる


 鼻歌でも歌いそうな調子で、レイは周囲の木を拳でコンコンと叩く。


 何やら吟味しているらしいレイの動きに一部の視聴者から疑問の声が上がるものの、多くの視聴者はその理由を分かっているようであった。


「お、いいじゃん。これにしよう」


 そうしてレイはとある木の前で立ち止まる。


 他の木と比べ、心なしか大きくて太い様子に満足げに頷いてみせると、早速準備に取り掛かった。


「さて、まずはハチミツを――あれ?」


 まずは先ほど説明したハチミツからと振り返れど、何故かその姿はない。


 邪魔だったからという理由で端に避けておいた筈なのだが……。そこまで考えたレイが改めて周囲を見回すと、木々の間に壺の姿を見つけ――。


「んん~!」


「は?」


・あ

・ばれた

・あーあ


 それはまぁ見事にすっぽりと。


 壺の中に頭を突っ込んだじゃしんが、くぐもった声をあげていた。


 どうやら自力で抜けなくなってしまったらしく、半ば逆立ちの状態で足をバダバタさせている姿に、レイは冷めた視線を向ける。


「……ダメだって言ったよね?……まぁいいや、このままいこう」


「ん~!」


 圧を感じる声に冷や汗を垂らしつつも、じゃしんは『出してくれ』と言うように必死で声を上げる。


 ただ、残念ながらレイにその思いが届くことはない。ひょいっとじゃしんが入ったままの壺を抱えると、先ほど目星をつけた木の根元へと設置した。


「これでよし。後は待つだけっと」


 根と根の間に置き、しっかりと固定されたことを確認したレイは、鳴り響くうめき声を無視して木登りを開始する。


・レイちゃん!?

・血迷った?

・危ないからやめなさい

・やっちゃダメなことってやりたくなるよな


「いや、違うから。ちゃんと理由あるから。……まぁ多少はないこともないけど」


 突然の奇行とも呼べる行動に視聴者から突っ込みの声が上がるも、レイは身軽にすいすいと昇っていく。


 経験者なのかと疑うくらいにはこなれた動きで一番高い位置にある枝に足を掛ければ、そこから見える景色に顔を綻ばせた。


「よっ。意外といい景色だね」


・それはそうだけど……

・いいな木登り

・で、何するの?


「エリアボスと戦うんだよ。これはそのための準備」


 色々と聞きたいことがあるようなコメント欄であったが、その多くが『いつもの事か』と諦めたらしい。


 代わりに視聴者から上がった根本的な疑問をレイは視界に入れると、それに対して返答する。


「ここのエリアボスは徘徊エンカウントなんだけど、呼び寄せる条件があってさ。そのためにハチミツを使うんだよね」


・へぇ、簡単だな

・どれくらい待つの?

・ランダム。5~30分くらいって言われてる

・木に登ったのは?


「これが一番楽だからかな。まぁすぐに分かるよ」


 もったいぶるようなレイの言葉だったが、視聴者から不満の声は上がらない。むしろ、『何をしてくれるんだ』という期待感の方が高いようで、コメント欄は予想で盛り上がっているようだった。


 その様子を見つつ、所々に口を挟んだり、質問に答えたりしつつも、レイはじっとその時を待つ。


 そうして約10分が過ぎた頃、お目当てのモンスターが登場した。


「……来た」


・あれがエリアボス

・熊?

・蜘蛛だろ

・キモスギィ!


 大地を震動させてやってきたのは、全長3メートルを超える熊のような生き物。


 全身を茶色い毛で覆い、唸り声をあげる姿はまさしく肉食獣然とした姿であるが、現実とは大きく異なり、腕が八本に4つの大きな目を携えているという、異形な見た目をしていた。


「【タランチュラベアード】。ばったり出くわしたら一目散に逃げろって言われてるけど、こりゃ逃げたくなるね」


 左右にある腕を器用に動かして動く姿はどうも見慣れない違和感を生じ、レイであっても嫌悪感を覚える。


 そんな【タランチュラベアード】は上空から見られていることに気付いていないのか、鼻を引くつかせながら壺の前まで移動すると、それを持ち上げて地面に叩きつける。


「ぎゃうっ!?ぎゃう~!!!」


 パリンという音とともに壺が砕け散れば、捕らわれていたじゃしんが解放される。


 ゴム鞠のように地面を跳ね、木に激突したじゃしんは、少し怒ったように振り返り――。


「グルル……」


「ぎゃ、ぎゃう――」


 目と目が合う、瞬間に――。


「グルルァァァァ!!!」


「ぎゃう~!?!?!?」


 絶叫が二つ、響き渡った。


 慌てて飛び上がったじゃしんを見て、いい気味だと思いつつ、レイも腰の拳銃を引き抜いて戦闘態勢へと移る。


「さぁて、始めようか。鬼さんこちら!」


「グルァ!」


 景気づけに2発、【タランチュラベアード】の頭部に向けて弾を発射すれば、そこでようやくレイの姿を認識したのか、八本の腕でレイの登る木を掴むと、全力で左右前後に揺すり始める。


「うおっと、危ないなぁ!」


「グルルッ……!」


 だが、それも当然予想していたレイは、モーションの段階で木にしがみついていた。


 暫くして落ちてくることがないと悟ったのか、【タランチュラベアード】は悔し気に顔を歪ませると、『ならこちらから行ってやる』と言わんばかりに木を登り始める。


「ぎゃう~!?」


「もちろん、想定済みだよ!【属性付与・氷】!」


 近づいてくる【タランチュラベアード】にじゃしんが焦った声を上げるも、レイは不敵に笑って見せる。


 そして今度はスキルを発動し、氷の属性を込めた弾を【タランチュラベアード】――ではなく、木の表面に向けて打ち込んだ。


「グァ!?」


 その結果、【タランチュラベアード】はものの見事に手を滑らせ、地面へと落下する。それを見たレイはニヤリと悪い笑みを浮かべた。


「ふっふっふっ、これで登ってこれまい。これぞ『妨害マシマシ高鬼(友達なんていらない)』大作戦!」


・な、なんだって~!?

・そんな攻略法が!?

・まぁセオリーなんですけどね


 高らかに宣言したレイに、ノリの良い視聴者から驚愕のコメントが流れ、それ以外の視聴者からは冷静な指摘コメントが流れる。


 コメント欄にある通り、これはレイが考えた物ではなく、ネットではすでに有名となっている情報の一つであった。


「高所を取る利点は二つ、『スーパーアーマー付き突進』を打たせない事。【タランチュラベアード】には遠距離がないから安全に狩れる事」


 自身の勝利を確信しているレイは、調べた情報を得意げに語り始める。


 そんな中、痺れを切らした【タランチュラベアード】が一度首を後ろに下げる。そして、口を大きく開いたかと思えば、大音量の咆哮が天高く貫いた。


「グルルルルァァァァ!!!!!」


「ぎゃうっ!?」


 身の毛もよだつような恐ろしい咆哮に、じゃしんはレイの後ろに隠れてぶるぶると震えだす。


 だが、それを正面から受けてもなお、レイの余裕な笑みは崩れない。


「この作戦の欠点を上げるとすれば、この固有スキル【畏怖の咆哮】。ダメージはない代わりに広範囲へと【恐慌】の状態異常を振り撒く厄介な技で、状況によっては逆にプレイヤー側がつまされる可能性が高い……」


・【恐慌】って?

・敏捷低下とスキル発動不可だった気がする

・でも状態異常って事は……


「そうっ!私には効かないっ!つまり、完全な必勝法(ハメ技)になる!」


 目を伏せたレイは一度トーンを落とした後、作戦が完璧に嵌ったことを確信し、カッと目を見開く。


 それに対して、周囲の反応は――。


「ぎゃ、ぎゃう……」


・お、おう

・なるほどなぁ

・せ、せこ過ぎる……


 何とも言えない、微妙なものだった。


 だが、レイはそんなこと気にも留めず、ぺろりと舌なめずりをしながらも眼下の【タランチュラベアード】を見据える。


「グ、グルルァ!」


 それを受け、一瞬たじろいだ【タランチュラベアード】は、それでも後ろに下がることはない。果敢にも再び木に登ろうと試みるが。


「無駄無駄ぁ!ここからはずっと私のターン!」


 当然、レイが許すはずもない。


 そうして、一方的な虐殺が始まった。


[TOPIC]

WORD【『|妨害マシマシ高鬼』大作戦】

シモホイホという【狩人】の職業を持ったプレイヤーが開発した、対【タランチュラベアード】の攻略法。

発見したのは偶然の産物であり、偶然出会った【タランチュラベアード】から逃れるために木の登り、恐怖から必死で登ってこないように迎撃していたら、呆気なく倒せてしまったという内容から広まっていった。

その後も対策は進められており、現在ではいくつかのアイテムを用意すれば初心者であっても攻略できるまさしく『必勝法』として確立されている。

名前の由来は、とある掲示板にて、『妨害マシマシの高鬼思い出すわ。小学高の頃鬼側が多かったから若干トラウマ』『それっていじめらてたんじゃね』『本当に友達なの?』『涙拭けよ』『……友達なんていらないっ!』というやり取りがあり、それを面白がった掲示板の住人達が広めていった。

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