7-12 聖女の施し
「争いはおやめください。神の御前ですよ」
腰当たりまで伸びたストレートロング。その髪は太陽の光を浴びて、純白の豪華な修道服に施された金の刺繍と共にキラキラと輝いている。
大聖堂の入口、階段の上から広間を見下ろす顔は彫刻のように整っており、たとえ『ToY』におけるすべてのプレイヤーと比較したとしても、彼女に勝るものがいるとは思えない程だった。
「ねぇ、あの人が……」
「想像通りですよ~、彼女が聖女です~」
背後にはずらりと並んだ白銀の甲冑を纏った騎士。その神々しさや、いかにも『重要人物です』と言わんばかりの姿にレイは思わず首を傾げる。
「……あれほんとにプレイヤー?すっごいNPCっぽいけど……」
「プレイヤーで間違いありませんよ~。ただ周囲を含めて役になりきってるといいますか~」
「あぁ、そういう」
その言葉にレイは納得したように頷く。
こういった自由度の高いゲームであれば、ゲーム内に『もう一人』の自分を作ってプレイするRP勢というのが一定数存在する。
現にレイも他ゲーで幾度となく立ち合ったことがあり、むしろ自ら率先して行ったこともある。そのため、彼女達の行動もすんなりと受け入れることができた。
「双方、武器を下ろしていただけないでしょうか?」
そんな中、『聖女』による凛とした声が響く。優しく諭すような声音に、呆然と口を開けていた男達は武器を下ろし、それを見てレイ達も戦闘態勢を解く。
「ちょっとぉ!なんであんなやつの言うこと聞くのぉ!?」
「えっ」
「あっ、ごめんミナちゃん!」
だが、それに納得がいかず声を荒げた人物がいた。
周囲の男が自分以外に見惚れていたことが気に食わないのか、癇癪を起したように高い声で喚くと、男達は我に返ったように再び武器を構える。
「話が通じないのであれば、こちらにも考えが。トリス」
「はっ」
まだ戦意が消えていない事を悟った『聖女』は背後にいる騎士の一人に声を掛ける。それを聞いて、短く反応を返せば、すぐさま騎士達が統率の取れた動きでミナと男達に近づいていく。
「~~~~ッ!もういいっ!知らないっ!」
「あっ、待ってよ!」
「ミナちゃん!」
流石に多勢に無勢だと感じ取ったのか、ミナは最後に捨て台詞を吐いて速足で逃げ去っていく。それを追いかける男達の背中を見つめつつレイが呆れていると、いつのまにか件の『聖女』が目の前までやってきていた。
「割り込む形となってしまい申し訳ありません。それでも、見過ごすわけにはいきませんので」
「いや、助かりました。正直困ってたので」
「それは良かったです」
朗らかに笑ってはいるが、どこか気品のようなモノが見え隠れしており、レイは思わず敬語を口にする。
それに対して『聖女』はレイの体を下から上にゆっくりとみると、首を捻った。
「ええと、『きょうじん』様……でよろしいんですよね?どうしてそんな服装を?」
「あー、これには色々訳がありまして……」
どうやら全身を覆う謎の衣装が不思議だったらしい。『そりゃそうだ』と思いつつもレイが事情をかいつまんで説明すると、『聖女』は目を見開いてみせる。
「なんとまぁ、それは……大変でしたね。何か私が力になれることはありませんか?」
「へっ?あぁいやそんな、大丈夫ですよ!」
・レイちゃんが気を遣ってる……?
・聖女様の後光にやられとる
・珍しい
「ぎゃ、ぎゃう……!?」
「おい、喧嘩売ってる?全然買うけど?」
心配そうな視線を向けられ、レイが慌てて手を振っていると、その様子がおかしかったのかコメント欄からはからかいの言葉が飛び、じゃしんは『嘘だろ……!?』とでも言わんばかりに驚愕の表情を浮かべている。
「ふふふっ、随分と面白い方なのですね。話に聞いていた通りです」
「話?誰からですか?」
「どこにいっても噂は耳にしてますよ。ただそうですね、一番話していたのはギーク様でしょうか?」
「ギーク?なんで――ってあぁ、『八傑同盟』か」
一瞬疑問に思ったものの、昔見たとある配信に彼女の姿があったことを思い出す。それを口に出せば、どうやら正解だったようで、『聖女』は小さく頷いた。
「はい。何やら因縁があるみたいで。いつもこーんな顔してましたよ」
・可愛い
・可愛い
・(結婚しよ)
自身の人差し指で眉尻を吊り上げるようなしぐさを取ってくすくすと笑う『聖女』。それを見た視聴者はすべてが好意的なコメントを残し、レイも同様の感想を抱いていた。
「それで、どうしてこちらに?」
「あー、それは……」
「ちょっとお聞きしたいことがありまして~」
その質問にどう答えようかレイが迷っていると、横から顔を出したスラミンが助け舟を出すように口を開く。
「聞きたいことですか?一体なんでしょう?」
「ほら~、巷で噂になってるじゃないですか~。ワールドクエストですよ~」
「ワールドクエスト……」
その単語を口にした瞬間、周囲がざわつき始める。
それと同時に考え込むように復唱した『聖女』を見て、スラミンは笑みを深めて追撃を仕掛ける。
「調べはついてるんですよ~。あ、もしかして隠してました~?」
「ちょっとスラミン!」
「貴様……」
「トリス、落ち着いてください」
無礼な物言いにレイと騎士の一人が一言加えようとするも、それを『聖女』がピシャリと遮る。
そして、続けざまに放った言葉はまさしく予想外の一言であった。
「なるほど、これがカマをかけた、というやつですね。初めての経験ですから新鮮です」
「……いやいや、そんなことはないですよ~。我々も――」
少しワクワクしたといった様子をみせる『聖女』に、スラミンは呆気に取られて一瞬固まってしまう。なんとかペースを戻そうと慌てて口を開くも、『聖女』は余裕の笑みを浮かべたまま続きを口にした。
「大丈夫ですよ、ちゃんとお話いたしますから。ご想像の通り、もう少ししたらワールドクエストが発生すると思います」
「えっ」
・は?
・マジ?
・やっば
その言葉に、先ほどとは比にならないほど周囲がざわつき始める。
まさか持っている情報をこんな人の目がある中で公開するなど、スラミンは予想だにもしておらず、顔を顰めて『聖女』を見つめる。
「……それ言ってよかったんですか~?」
「もちろんです。私達も『八傑同盟』の端くれ、皆様のために情報を公開する義務があります」
ただそれを受けてもなお、『聖女』は穏やかな笑みを浮かべたままであった。
完全に話し合いのペースを持っていかれたことにスラミンが気が付くも、もうこの流れを戻すことはできず、『聖女』の言葉は続いていく。
「ただ、正確にはまだ発生していないのです。ですから正確な情報が分かり次第お伝えする、ということで問題ないでしょうか?」
「まぁ、はい……」
「もちろん皆様にも分かる形で公開しようと思います。【清心の祈り】のリーダーとして、それから『聖女』として、神に誓いましょう。皆様もそれでよろしいでしょうか?」
『聖女』の確認の言葉に、周囲からは勝どきでも上げるかのような雄叫びが上がる。中には『聖女』コールすらも聞こえ始め、もはや一切の疑いようもなく勝者が決まったようだった。
「『きょうじん』様は?」
「あ、はい。それで大丈夫です」
「良かったです。では、いずれまた」
「ぎゃう?」
そうして『聖女』は騎士たちを引き連れて大聖堂へと戻っていく。最後に一点を目に焼き付けるように見つめてから。
[TOPIC]
CLAN【清心の祈り】
『聖女』を中心とし、RPを楽しむことをモットーとするクラン。クランリーダーは【シフォン】。
正確なクラン名はNPCが発足したとされる最古のクラン【リーベ教】だが、それだと分かりづらいとのことで【清心の祈り】を名乗っている。
『聖女』という存在が誕生した後に発足したクランであり、もともと『聖女』が好きなプレイヤーが集まってできた物である。そのため実態は『聖女ファンクラブ』と言っても過言ではない。
『聖女』が【リーベ教】で地位を上げていき、次第に本物の聖女のように洗練されていくため、焦燥感を持った他メンバーも、『聖女』を守る騎士としてRPをはじめた。最初は戸惑っていたものの、今ではかなりノリノリで行っているらしい。
入団条件は【リーベ教】に入ること、職業【騎士】をメインとすること、そして『聖女』様への熱い思いが必要となる。




