7-11 可愛いものコレクターが現れた
「はぇ~」
「ぎゃう~」
目の前に聳え立つ巨大な建物、【聖ラフィア大聖堂】。
近づく程に存在感が増していったそれを見上げて、じゃしんとミツミはポカンと口を開けて可愛らしい声を発し、近くにいたレイ達も同様に感心したように見つめている。
遠くからでも目立っていたシンメトリー状の建物は、近くで見ればよりその美しさが際立っていた。純白で傷一つなく、アーチ状の扉周りにはなにやら天使のような人型の装飾が細かく刻まれている。
またそれだけではなく、視線を上に向けていけば、塔の先端、また手前にある長く広い階段にすらも細かく規則正しい装飾が施されており、ゲームの世界であっても思わず唸ってしまうような建造物であった。
「これは……今までで一番かも」
「そうですね~。壮大さでは『ToY』でも一番かもしれません~」
「たしかに。まぁそれはそれとして……」
それは多くのゲームを経験してきたレイにとっても同じようで、思わずため息を零しながら舌を巻く。ただ、それと同等に気になる光景が目の前に広がっていた。
「我々は『真・呪言宗』でーす!呪術とか闇魔術好きが集まってまーす!」
「『もふもふ教』で皆様も癒されませんか~!」
「『BFK』、またの名を『BFK』!同志募集中!」
そこにいたのは多くの人がプラカードらしきものを掲げ、ビラを配っている光景であった。やり方もそれぞれ大きく異なっており、中には実際に可愛らしい動物と共に行っていたり、変態――もとい、奇抜な格好をしていたりと、『なんだそれは』とツッコミたくなるものもあったが、レイはそれをぐっと我慢する。
「あれはなにしてるの?」
「もちろん勧誘ですよ~。宗教は布教してこそですからね~。地道な活動が身を結ぶのです~」
想定していた通りの回答が返ってきたことでレイは一度頷くと、次の質問を投げかける。
「ふーん、うちはやらないの?」
「我々はレイさんが勝手に集めてくれますから~。それに、邪教といえば影で動くものでしょう~?」
「レイもそっちの方が好き」
「まぁ否定はしないけどさ……後もう一個だけ聞かせて」
なにか決めつけているかのような言葉に、レイは釈然としない気持ちを覚える。だが決して間違ってはいないため、それを吐き出すことなく、遂に一番の本題ともいえる集団を指さした。
「あれは関係ないんだよね?」
「『スライム神教』は今話題のあのクランとも親交が深い、とても素晴らしい宗教です!みなさんもスライム様に平伏しましょう!」
「あっ」
・スライム神教……?
・あっこれは……
・今話題のあの人物ってまさか……
そこにいたのは多種多様の装備を身に着けた集団。一見なんの共通点はなさそうなのだが、ただ一つ、頭にスライムを乗せて何やら声を上げている。
その奇妙な光景と内容にレイが隣にいるスラミンへと視線を寄こせば、隠していた答案用紙が見つかった子どものように顔を歪ませた。
「……ノーコメントで~」
「スラミン?」
「これは擁護できない」
・黒兎さんが言えたことじゃ……
・ほら、黒兎さんはレイちゃんに直接やるから
・余計にたちが悪くないそれ?
ただすぐさまごまかすようにスラミンは顔を逸らす。その態度に疑念が確信に変わったレイは目を細めて顔を近づけ、その流れを見ていたウサがやれやれと言った様子で首を振る。
それに対して視聴者から指摘のコメントが流れており、レイがそれに同調するように顔を上げた瞬間、割り込むように声を掛けた者がいた。
「あのぉ、『きょうじん』さんですよねぇ」
「はい?」
「あ、やっぱり、良かった合ってたぁ」
そこにいたのはフリフリのドレスのような装備を着た女性プレイヤーと5人の男性プレイヤーだった。
まさしく取り巻きといった男達の装備は一目見ただけで強力なものであり、立ち振る舞いからかなりやり込んでいる様子が窺える。一方で中央にいる女性はというと、装備こそ彼等と遜色ない、寧ろ彼等よりも強力ではありそうなのが、その姿は明らかに初心者感丸出しであった。
「良かったね!」
「流石ミナちゃん!」
「うんっ、皆のおかげだよぉ」
・なんだコイツ等
・オタサーの姫
・楽しそうではあるけど……
そんな男達を従えた彼女が安心したように息を零せば、男性プレイヤー達が我先にと声を掛ける。あからさまなよいしょに気を良くしたのか、ミナと呼ばれたプレイヤーは顔を綻ばせており、それを見たレイは嫌悪感と不快感に襲われつつ、それを表に出さないように努めて尋ねた。
「で、なんのようですか?」
「えっとぉ、お願いがあってぇ」
スラミンとは違う、甘えるような間延びした声にレイはこめかみを引くつかせる。絶対に仲良くなれないだろうと心の中で思いつつ、続きの言葉を待った。
「じゃしんを私に譲ってくれません?」
「……は?」
・は?
・なに言ってんのコイツ?
・日本語でおk
だが、放たれた言葉に我慢が出来ず声が漏れる。何の脈絡もない話に困惑してコメント欄を見れば、視聴者も同様に理解できていないようだった。
「ほら、私って可愛いもの好きじゃないですかぁ。だからぁ、じゃしんは手元に置いておきたいかなって」
「えっと……やばい、意味わからなさ過ぎて頭痛くなってきた」
「大丈夫?」
続けざまの説明も何とも自己中心的で理解しがたく、レイは疲れたように手を頭に添えて俯き、そこへウサが心配するように背中に手を添える。
「ぎゃ~う~!?」
「ちょっとなにするんですか!?」
だが、彼女の取り巻き達が強硬手段に移った。叫び声に首を動かせば、男達の一人がミツミを抑え、じゃしんを捕まえてはミナの下へと走り出す。それを見た瞬間、レイはすぐさまあるものを口に含んだ。
「ミナちゃん、持ってきたよ!」
「うわぁ!ありがとぉ!すごく可愛いっ!」
「ぎゃ、ぎゃう……」
それを受け取ったミナは嬉しそうに頬ずりをし、それを見た取り巻き達がまたしても褒め称える。
ミナもアバターだけであれば美少女であり、確かに外面だけ見れば可愛らしい。だが絶賛被害を被っているじゃしんは嫌そうに顔を歪めて、なんとか抜け出そうともがいていた。
カチッ、カチッ、カチッ
「ぎゃうっ!?」
「きゃあ!?」
そんな一方的な愛を咎めるように、聞き慣れた3カウントが鳴り響く。じゃしんがミナの胸元で爆発し、何とか拘束から逃れてレイの下へと一目散に戻ってくる。
対するミナはというと、装備の効果なのか爆発の瞬間に光の壁のようなモノが出現しており、大きなダメージにはなっていないようだった。だが、取り巻き達は血相を変えて座り込んだミナへと駆け寄ると、鋭い視線をレイへと向ける。
「ミナちゃん大丈夫っ!?」
「お前っ、何すんだ!」
「うちの信徒はそれで大喜びするけど?ってか、いつでも爆発させられるの知らないの?随分とにわかなんだね」
既に戦闘モードのレイは、敵と認識した相手に涼しい顔を向けながら挑発する。それが刺さったのか、ミナは顔を歪めると、癇癪を起したように金切り声をあげる。
「なんで邪魔するのっ!私が欲しいって言ってるのにっ!」
「……これ喧嘩売られているってことでいいんだよね?」
「ですね~。容赦はいらないかと~」
「レイとじゃしんは二人でセット。それを引き離すなんて許せない」
・やっちゃえ
・勘違い共に制裁を!
・あーあ。あいつら終わったな
ミナの声に応えるように取り巻き達が自身の獲物を構え、それを相手取るようにレイ達もまた臨戦態勢に入る。
周囲にいるプレイヤー達も騒動に気が付いたのか遠巻きに眺めており、今まさに戦闘が起ころうとしたそのタイミングで鈴を転がすような声が響いた。
「おやめ下さい」
けして叫んだわけでもなく、声を張り上げたわけでもない。だが、スッと耳に入り込んできた聞き心地の良い声に、当事者含めたすべての者がそちらに顔を向ける。
「これは一体なんの騒ぎでしょうか?」
そこには清らかで美しい、まさしく『聖女』が立っていた。
[TOPIC]
CLAN【スライム愛好会】
名前の通り、スライム好きのスライム好きによるスライム好きのためのクラン。クランリーダーは【スラミン】。
三度の飯よりスライムが好きなすら民氏が自身の配信、ネットで同志を募り結成したクランであり、実はベータ時代から細々と活動を続けている、かなりの古参クラン。内容はスライムと呼ばれるモンスターを観察及び調査して見識を広げたり、ただただ愛でたりもする。
課題としてメンバーが少ないことが挙げられたが、ここ最近『スライム神教』なるモノを作り上げ、破竹の勢いで活躍するクランの兄弟分としてブランディングを行うことで、新規メンバーを獲得しているらしい。
 




