7-8 邪教徒達のミサ
「さ、レイさんどうぞ!」
「うわっ、ちょっと!?」
現実逃避をしたレイの背中を、信徒の一人が前に進ませるようにグイグイと押す。それと同時に目の前でひしめき合っていたプレイヤー達が左右に分かれ、道ができる。
「ぎゃ、ぎゃう……」
さながらモーセのように綺麗に割れたプレイヤーの海だったが、その圧が消えたわけではない。その証拠に、近くなった影響か視線を強く感じており、その居心地の悪さにじゃしんが怯えた声を出していた。
「ささ、こちらにどうぞ!」
そんな気まずい邪教徒ロードを抜けた先には、少し高く盛り上がったステ―ジがあった。一見体育館のステージのような作りとなっているが、壁側には赤色の魔法陣が描かれており、怪しさが突き抜けている。
「ここ?……うわっ」
「ぎゃうっ」
段差を上り、ステージに上ったレイ達は顔に纏っていた覆面を剥ぎ取られる。突如露わになった素顔にステージ下の信徒たちがざわつき、それに何だか気恥しい思いを感じていると、室内にアナウンスが響く。
「それでは皆様、大変長らくお待たせいたしました。第一回、『じゃしん教ミサ』を開催させていただきます」
「じゃ、『じゃしん教ミサ』?」
その一言にレイは困惑した様子で復唱する。だが、周りは疑問に思っていないのか、だれも口を挟むことなく話は進んでいく。
「まずは本集会の目的を副代表より説明させていただきます」
「は~い」
のんびりとした声と共にステージ袖から現れたのは、レイ達と同じく黒いローブを身に包んだスライム好きであった。
「どうも~、スラミンです~。副代表ということで、役職としては枢機卿あたりだと思ってもらえれば~」
信徒達に拍手で迎えられ、それに手を振って返しながらも、スラミンは改めて自己紹介をし、今回の集まりの概要を説明する。
「改めてこのクラン、【じゃしん教】の教理をお伝えさせていただきます~。言ってしまえば『邪教徒の邪教徒による邪教徒のためのクラン』というわけですね~」
ここまではレイ自身なんとなく聞いていた話のため特に疑問はない。だが、続く言葉は初耳中の初耳、まさしく青天の霹靂であった。
「今回集まっていただいたのは~、我らが代表、教皇であるレイさんと~、崇める神であるじゃしん様にお越し頂いて~、皆さんに改めて崇拝の気持ちを高めて頂こうと思いまして~。まぁ簡単に言ってしまえば、『ゲーム上でファンミーティングしたいな、しよう!』ってことです~」
別にやりたくないという訳ではない。レイとしてもファンとの交流はいつかしてみたいと思っていたし、いい機会だとも思っている。だがそれ以上に、何故本人抜きで話を進めるのか意味が分からなかったし、その行動力にある意味関心もしていた。
「この集会は今後も定期的に開催していこうと思いますので~、今配信を見て気になってくださった方は~、是非入信してくださいね~、お待ちしております~」
・ちゃっかり宣伝してて草
・入信します
・今度は土日でお願いします
「……ははっ」
しかも今回だけではないらしい。レイの配信の視聴者すらも巻き込んでいる様子に、レイはどうにでもなれと乾いた笑いを浮かべる。
「それでは続いて、【じゃしん教】クラン本部の開設に当たり、大口で出資して下さった方のご紹介に入りたいと思います」
スラミンは一頻り説明を終えると、ステージ袖へと帰っていく。そして、入れ替わる形で現れた人物に、レイはさらに目を見開くことになった。
「まずは【Gothic Rabbit】のクランリーダーであるウサ様」
「ん」
「え?ウサ!?」
いつもと変わらないゴスロリ衣装を身に纏う少女を見て、思わず呼んだその名。それに応えることなくレイの隣まで来たウサは、ちらりとレイを横眼で見ながら口を開く。
「ウサ様は特別顧問として本クランに協力していただいております。何か一言頂けますか?」
「レイに可愛い服を着せる。以上」
「着ないけど!?」
レイのツッコミも空しく、言いたいことだけを言って颯爽と帰っていくウサ。ステージ下ではありえないほどの盛り上がりを見せており、その熱量のまま司会は次の人物の紹介に移る。
「期待に胸が高まりますね!続きまして、『闇商人』リボッタ様。今回こちらにはいらしていないのですが、予め一言頂いております。『面白そうだから出資してやる。存分に困れ』だそうです」
「あの野郎……!」
この場にはいないが、にやついた笑みが容易く想像でき、レイは拳を握り締める。今度会ったらボコボコにしようと決意したところで、またしても意外な人物がステージ袖から現れた。
「続きまして、ミツミ様。よろしくお願いします」
「はいっ!」
元気のよい返事をしつつ登場したのは、いつか共にイベントを駆け抜けた少女であった。久しぶりに会った彼女に、レイは今日一番の驚きをみせる。
「あれ、ミツミちゃん!?なんでここに!?」
「お久しぶりです!昔レイさんに助けて頂いたのでその恩返しにっ!」
「気にしなくていいのに……ん?出資したの?」
「実は【キーロ】にお店を建てたんです!なので、お金の心配は大丈夫です!」
「お店!?すごいね!?」
得意げに笑って見せるミツミの姿に、レイは驚き以上に感動を覚える。あれだけ一緒にいて、間近でその成長を見てきたのだ、もはや親心さえ芽生えているようだった。
「ミツミ様のお店は【キーロ】の北通り、【ラッキーピース】という場所になります。とてもおいしいクッキーやケーキ、それからコンテストで優勝を果たしたマカロンも販売しておりますので、皆様是非足を運んでみて下さい!」
「行きます」
「ぎゃう」
「お待ちしておりますっ」
即答したレイとじゃしんにミツミがお辞儀をしてステージ袖へとはけていく。それから次の人物……が登場することはなく、ステージ下にいる信徒たちに向けて言葉が投げかけられる。
「そして最後に。【じゃしん教】入信者の皆様、多くのご協力、誠にありがとうございました!」」
沸き起こる拍手にレイとじゃしんも倣って手を叩く。ツッコミどころは多々あるが、多くの人が参加して、自分のために作り上げてくれたものなのだ。感謝はあれど、怒りなど微塵もない。
来てよかったなとほっこりとした気持ちをレイが抱く中、残念ながらそのまま終わることはなかった。
「それではお持たせ致しました。我らが神、じゃしん様よりお話を伺いたいと思います!」
「ぎゃう!?」
じゃしんは何も考えていなかったのか、その一言に狼狽する。だが、すぐさまきりっとした表情を浮かべると、一歩前に踏み出して喉の調子を整える。
「――ぎゃうっ!!」
そして、発せられた一声。広い室内に反響し、数秒間残留したその鳴き声が消えると同時に割れんばかりの拍手が巻き起こる。
「ぎゃう~」
「なんだこれ」
得意げな表情を浮かべるじゃしんの背後で、レイが意味が分からないといった様子でポツリと一言漏らす。だが、彼女以外はしっかりと満足しているようだったため、それ以上何かを言うことなく、もやもやを胸の内へ閉じ込める。
「ありがとうございました!それでは、交流会に移りたいと思います!一人一分ほどの時間を設けますので、一列に並んでください!」
「一列?……って」
そうして集会が終わる……と思いきや、次のイベントに移るようだった。その内容を聞いてレイは少し逡巡し、嫌な未来を思い浮かべる。
「まさかこれ捌いてくの?」
「はい!よろしくお願いします!」
「あ、あはは……」
司会に聞き返せば、気持ちの良い答えが返ってくる。その間にも長蛇の列は形成されており、レイはこれからの重労働に引き攣った笑みを浮かべていた。
[TOPIC]
WORD【ラッキーピース】
【キーロ】の街の北通りにできたお菓子屋さん。
コンテスト優勝者がやっている店という触れ込みで話題となり、一番の人気商品である七色のマカロンは、その有用性からか攻略組、エンジョイ勢問わず多くの人達から親しまれている。
偶にではあるが、お店に虹色のスカーフを撒いたリスの姿を目撃でき、出会えたプレイヤーは名前の通り、その日一日良いことがあるというジンクスが噂されている。
 




