7-1 "かみ"を狙う乙女の視線
長らくお待たせいたしました。
本日より七章開始です。
投稿は週二回(月木12時)予定。
「いいなぁ」
漆黒の部屋の中、呟きが空気へと溶けていく。
扉は固く閉ざされ、カーテンも閉め切っているせいで足元すら見えない室内では、パソコンから漏れ出る光だけが彼女を照らしていた。
ぼんやりと浮かぶ顔は自室であるからか、化粧の施されていないありのままの姿。画面からの光によって輝く髪の色はピンクゴールド。肩にかかるくらいの短髪ながらも、目にかかる前髪をヘアゴムで結んでおり、顔の三分の一を占めていそうなほど大きなぶち眼鏡をかけている。
一見ずぼらなようにも思えるが、それでも平均以上どころか、テレビで活躍するアイドルと見比べても遜色がないほどに整った顔立ちをしていた。
「凄いなぁ」
高そうなゲーミングチェアに体操座りをした彼女から漏れ出る声。その視線の先に映るっているのは今最も話題であろう少女と一匹の召喚獣の姿。
かつて最強とまで呼ばれた『魔王』と『総統』を相手取り、見事勝利と栄光を掴み取った少女。僅か4か月で『ToY』の歴史を大幅に更新してみせ、その強さと見た目のお陰で元から人気はあったのが、それでも一連の活躍によって知名度は比べ物にならない程上昇している。
それを証明するかのように、現在三つあるディスプレイの一つに映っている、彼女のチャンネルの登録者数には『30万』という輝かしい数字が表示されていた。
「可愛いなぁ」
中でも『ToY』の考察や新情報を発信しているプレイヤー達の盛り上げ方は凄まじかった。
何かと話題を呼ぶ少女に対し、『運営が仕込んだ関係者』や『システムの解析に成功した凄腕ハッカー』などの半ば都市伝説のような噂も散見されたが、基本的にはその多くが彼女のことを好意的に捉えているようである。
その要因はやはり、真剣な場でもどこかコミカルな彼女の相棒のお陰でもあるだろう。
3つのディスプレイの中には、件の少女と召喚獣の配信の一部を編集して作られた動画――所謂『切り抜き動画』が映し出されており、その中でも一番再生数の伸びている【バベル】での戦闘シーンには少女の活躍を褒め称える数と同じくらい、召喚獣の様子を面白がっているコメントが窺える。
「面白いなぁ」
画面に映る召喚獣がどや顔を浮かべ、隣にいる少女が呆れたようにはにかむ。
彼女達の配信ではお決まりとなったそんなやり取りを、部屋の主は画面越しに羨ましそうに眺めている。その顔はニコニコと人当りのよさそうな笑みを浮かべてはいるものの、その視線と言葉にはどこかねっとりとした言いようにない気味悪さがあった。
「はぁ……いいなぁ」
動画の再生が終わり、次の動画へと遷移すると言うタイミングで、部屋の主である女性は拗ねるように口を尖らせて背もたれにもたれ掛かる。
ギシギシとなる音を楽しむように一定のリズムで体を揺らしながらも、名残惜しそうに画面の中の二人……というよりも召喚獣を見ては物欲しそうな視線を送っていた。
「私も召喚士にすればよかったなぁ」
なんとなく吐き出したぼやき。だが、そんなことをいまさら言っても遅いことは当の本人が一番分かっていた。
ユニークモンスターの特性上、同じモンスターは出現しない。そのため、今から自身が恋焦がれている召喚獣を手に入れるというのは天地がひっくり返っても不可能である。
そもそも彼女自身、他に例のないユニークなジョブを入手している。そのお陰で周囲から注目され、彼女もまたその環境自体には不満はないため、それを手放してまでやり直す、という選択肢はない。
「うーん……。でもやっぱり欲しいなぁ」
それでも、彼女は諦めきれない。
真っ暗な天井を見上げつつどうしたものかと唸る。『欲しい』という感情と『どうしようもない』と思う理性、そのどちらにも嘘はない。だが、感情は心の中に留められず次第に激情へと変わっていき、口に出さざるを得ないほどに比率が大きくなっていることに気がつくと、彼女は諦めたようにため息を溢す。
「決めた、奪っちゃおっと」
それはどこか他人事で、『しょうがない』とでも言わんばかりの声音であった。
天秤が完全に傾いたことで彼女は少しすっきりした顔を浮かべると、再びモニターへと向き直り、モニターの最後の一つ、チャットルームのような場所へと視線を向ける。
「『皆さんに、お願いがあります――』」
そのままキーボードへと手を伸ばしてカタカタと音を鳴らせば、画面上に彼女の願いが打ち込まれていく。やがて書きあがったそれをもう一度見直した後、問題がない事を確認して満足気に頷く。
「さ、皆よろしくね」
そしてエンターキーと共にそれが共有される。彼女が言葉を発した瞬間、チャットルームにいるメンバーから一斉に反応があり、思いが伝わった彼女はにんまりと笑みを浮かべた。
「早く会いたいなぁ」
べータ時代、いや『ToY』を始める前から蝶よ花よと大切に育てられてきた彼女の中には、我慢などと言う言葉は存在しない。いつどんな時も彼女の周りにいる誰かが善意で彼女の願いを叶えてくれる。
だから、今回も同じ。ただ願いを口にするだけ。
「あー、楽しみだなぁ」
さながら恋する乙女のような表情は世にいる男性が目にすればそれだけで見惚れてしまうほどに可憐で美しい。
たがそれ以上に彼女の瞳の中には、ぐつぐつと煮え滾るどす黒い感情が見え隠れしているようだった。
[TOPIC]
WORD【『ToY』攻略チャンネル】
その名の通り、『ToY』の攻略情報を発信する動画チャンネル。
発売当初から多くの人達によって乱立されたこの手のチャンネルは一年たった今でも星の数ほど存在しており、まさしく群雄割拠となっている。
中でも有名とされているのは、企業運営している『ToY BoX』(登録者13万人)、ネット上の最新情報をいち早く届ける『carry GAMEs』(登録者8万人)、『ToY』に関する考察動画を発信する『Liberty Library』(登録者6万人)の3チャンネル。




