6-48 紡がれた思いは未来と共に④
物語の序章が終わり、場面は転換する。
突如、地面に散らばった邪神だった液体から波紋が浮かび上がると、ガラスを引っ掻いたような甲高い不快な音が大音量で炸裂する。
それも一瞬では終わることなく、複数の箇所から、彼らの精神を蝕むように共鳴を始めた。
「うるさっ……!」
「ぎゃうぁっ!?」
「み、耳が〜!?」
吐き気すら催すほどの気持ち悪さに、その場にいた全員が我慢できず武器から手を離して耳を覆う。だが、それが本命ではないようだった。
波紋を起こした液体は、さながら雨が降る様子を逆モーションにしたかのように空へと浮かび上がる。そして、空中にていくつかのグループに纏まると、無数の球体へと形を変えた。
「ぎゃうぅ!?」
それと同時にじゃしんが乗っていた核と思われる目玉も空中へと浮かび上がり始め、剣ともどもじゃしんがその上から転げ落ちる。
浮かび上がった眼球は、黒い球体の一つに混ざり、完全に内部へと取り込まれる。そして――。
「うわ、きもっ!」
「ぎゃ、ぎゃう〜」
眼球を取り込んだ球体に切れ込みが入ったかと思えば、そこから取り込まれた目が再び姿を表す。
それと同時に他の球体にも同様の切れ込みが現れ、そこからも眼球が出現し、無数の視線がレイ達を射抜いていた。
「でも、これで終わりじゃないんだよね……」
「も、もうお腹いっぱいですけどねェ……」
思い描く展開にまだ達していないことを知っているレイは、こちらを見つめる視線に臆さず、じっと見つめ返す。その言葉の通り黒い球体が再び目を閉じると、今度はその体が流動し始めた。
「ぎゃ、ぎゃうっ!?」
「こ、今度はなんですかいィ!?」
黒い球体は、まるで粘土のように伸びては引っ込み、削れては足されていく。
生物ではあり得ない挙動にじゃしんとイブルが目を見張る中、黒い球体達はとあるモンスターの形へと進化していった。
「ワ、ワイバーン……?」
「にしては歪だけどね」
ポツリと呟いたイブルの言葉に、レイは静かに同意する。
手の代わりに生えた二対の翼、トカゲのような顔に備え付けられている目は、顔の中央にたった一つしかない。その体は絵の具で塗り潰したかのような漆黒で染まっている。
何より、どの個体も体の一部が必ず欠損した状態であり、誰一人として完全な姿が存在しないことが、レイの嫌悪感を異常に刺激していた。
「ギャギャッ」
「グギャギャギャ!」
「ご、ご主人?まさかあれを全部倒せっていう話じゃないですよね?」
「ぎゃ、ぎゃうっ!?」
とても生物とは思えない鳴き声を上げながら空を巡回する姿に、イブルとじゃしんは恐る恐るといった様子でレイを見つめる。
「ううん、最初に眼球を取り込んだ奴がいたでしょ?あいつが本体で他は偽物みたいなものだから、そいつを倒せば終わるよ」
「ほっ、なーんだ、それくらいなら何とかなりそうですね」
「ぎゃう〜」
ただ返ってきた言葉は想像していた物よりかは幾分優しい内容であり、そのことにほっと胸を撫で下ろした。
「さてさて、それじゃあ早速――」
「ぎゃ……?ぎゃうっ!?」
不気味な生物が嫌なのか、イブルとじゃしんはすぐさま対象の個体へと目を向ける。
だがその追い縋る視線に気が付いたのか、本体と思われる個体はその体を隠すように上昇していき、その空いた穴を埋めるようにワイバーンが殺到したため、どれが本体なのか一切分からなくなってしまった。
「ちょ、ちょっと!あんなんズルいでしョうが!」
「ぎゃうぎゃう〜!」
「いや、そんなこと私に言われても……。あ、来るよイブル!」
「ちょ、『天に召します我らが父よ、人々の勇気に希望の光を』!」
「グギャギャ!」
レイ達の前に結界が張られるのと同時に、2メートルサイズのワイバーンが見えない壁に激突する。
知能はないのか、阻まれようともお構いなしに突進を繰り返す。歯を突き立てたり、足の爪で削ろうとしたりなど、多少の工夫は見られるものの、それでも光に集まる虫のように一心不乱に群がる姿にイブルはぞっとして体を抱く。
「こ、これいつまで続くの……。私、怖い……!」
「女の子みたいな仕草しないでよ。気持ち悪いから。……まぁでも方法はあるよ」
余裕があるのかないのか分からないイブルの姿に呆れつつも、レイは特に取り乱した様子もなく答える。
「あ、あるんですね!流石ご主人!それで、方法ってのは?」
「ぎゃう!」
「確か物語だと、『空を覆うほどの黒き魔獣。どれほど屠ろうとその数は衰えず、それどころか勢いを増していく。我々の消耗も見過ごせなくなったその時、『勇者』が起死回生の一手に出る』ってあるね」
「なるほど。……ん?ということは?」
「ぎゃう?」
レイが口にした物語の一説に首を捻る二人。その意味を理解する前にレイはじゃしんと剣を掴むと、全力で結界の外へと放り投げた。
「じゃ、行ってこぉい!」
「ぎゃう〜!?」
「じゃしん様〜!?」
レイによる一投は、ワイバーンごと吹き飛ばしてじゃしんと剣を結界の外へと出すことに成功する。
「ぎゃう~……。ぎゃ、ぎゃう〜」
打った腰を撫でながらも立ち上がったじゃしんの下には一緒に吹き飛ばされたワイバーンの一体がじっとこちらを見ており、それに気が付いたじゃしんが『あ、どうも~』と挨拶するも――。
「グギャギャギャ!!!」
「ぎゃ、ぎゃう~!」
怒るように咆哮してみせるワイバーンを見て跳びあがったじゃしんはすぐさまその上から飛び退くと、傍にみえた剣を拾い滅茶苦茶に振り回す。
「ぎゃうぎゃうぎゃうぎゃうぎゃう!」
「グギャッ!?」
型もくそもないただ振り回しているだけの攻撃。ただ幸いにも相手には躱すという選択肢はないようで、構うことなく突っ込んできた頭部を僅かに掠めた。
「ぎゃ、ぎゃう……?」
その瞬間ワイバーンは液状に戻り、パシャリと音を立てながら地面に水溜まりをつくる。
まさか倒せると思ってなかったじゃしんは、恐る恐る目を見開いてその事実を確認すると、目を輝かせながらレイ達に剣を掲げる。
「ぎゃう!ぎゃう!」
「うん、おめでとう!でも後ろ見て後ろ!」
「ぎゃう?」
僅かな隙間から大喜びするじゃしんの姿を見たレイは、それを労いつつも注意を促す。それに首を捻りつつも振り返れば、そこには地面の液体が再びワイバーンの姿に戻っている光景があった。
「ぎゃ、ぎゃう……」
「グギャァァァァァ!」
「ぎゃう〜!」
その単眼とじゃしんの目が合った瞬間、ワイバーンはまたしても咆哮して見せる。対峙する意味がないと悟ったじゃしんは今度は逃げることを選択したようで、背中を向けて走り出した。
「だ、大丈夫なんですかあれ!?」
「話的には『だが、その破竹の活躍を持ってしても、彼らを殲滅するには至らなかった』って続くね」
「ダメじゃないっすか!」
はらはらと心配そうに見つめていたイブルは、レイの言葉に大きく取り乱す。
「ぎゃ、ぎゃうぎゃうっ!」
「まぁ待ってよ。これで終わらないからさ」
その間にもじゃしんを追いかけるワイバーンの数は雪だるま式に膨れ上がっており、遂には包囲され、完全に逃げ場を失ってしまう。
だがそれでもレイの想定通りのようであった。
「『黒き魔獣のど真ん中にて剣を構える『勇者』。その目は衰えていないながらも、体は既にいうことを聞かないようであった。弱った獲物を見つめる無数の捕食者の眼、残された力は僅か、そんな状況で『勇者』が最後の力を振り絞ろうとした、まさにその時であった』」
「……ぎゃう?」
レイの口上と共に、先ほどまでワイバーンによって覆われたはずの空からじゃしんの元に光が差す。
それを不思議に思ったじゃしんが空を見上げれば――。
「『黒に染まった天空を祓う一陣の光。我らが同志たる不死鳥が、白き焔をその身に纏い現れた』……うん、予想通りだね。じゃ、反撃と行こうか」
その先にいたのは、かつて出会った鳥を模した聖獣。物語通りの展開に、レイはぺろりと舌を舐めた。
[TOPIC]
SKILL【神聖魔法『聖天結界』】
天に召します我らが父よ、人々の勇気に希望の光を。
MP:100
効果①:一定量のダメージを伏せぐ結界を展開(〈信仰〉*100)
取得条件:【聖女】Lv.30




