6-47 紡がれた思いは未来と共に③
「『雷撃よ、集結し裁きを下せ!』」
邪神と対峙するレイが振り下ろした錫杖、そこから放たれた一筋の閃光は、雷鳴を伴って邪神へと襲い掛かる。
「『爆炎よ、集いて混ざり激しく爆ぜろ!』」
続けざまに行った詠唱によって、今度は邪神の体が爆発し、炎に包まれた。
声ににならない声を発しながら苦し気に呻く邪神に対し、レイはさらなる詠唱を続ける。
「『氷塊よ、我が剣となりて道を切り開け!』」
今度はレイの周囲に氷で出来た剣が8本出現する。
鋭く鋭利に磨き上げられた刃は怪しくも美しい雰囲気を放っており、レイが振った錫杖に合わせてひとりでに動き出せば、邪神の体を切り刻み始めた。
「おぉ~。ご主人暴れてますなァ。これはあっしらいらないかもですぜ?」
「ぎゃう~」
その脇ではたった一人で獅子奮迅の活躍を見せるレイを見て、傍観者となっている二人の姿。それを視界に納めつつも、レイはどこか名残惜しそうに呟く。
「体が軽い……。いいなぁ、ずっーとこれでいたいなぁ……」
心の底からの願望を口にするも、残念ながらこの力は一時的なものであり、二度と手に入る物ではないと、半ば確信めいた思いがあった。
そのため余計なことは考えない様にすぐさま首を振ると、並んで突っ立っている二人に向けて声を荒げる。
「ふぅ、それは取らぬ狸の皮算用ってやつか。二人とも!ぼーっとしてないで、そろそろ出番だよ!」
「え?えーっと、何をすれば……」
「ぎゃう~?」
声を掛けられた二人は、恐らく何をしていいか分からないのであろう、困惑した様子で右往左往し始めると、やがてわちゃわちゃと動き始めた。
「ぎゃうっ!」
「たしか神に祈ればいいわけですよね?じゃしん様~!何卒、何卒~!」
「ぎゃう?ぎゃ~う~!」
じゃしんが手に持った剣を掲げてみたり、その姿にイブルが何度も平伏したり、それに応えるようにじゃしんがふんぞり返ったり……など色々実践してみたようだが、当然何も起きなかった。
邪神と戦っていたレイはその姿に我慢できなくなったのか、攻撃を中断して二人の傍による。
「ちょっと、なに遊んでるのさ!」
「そんな事言ったってなにをしたらいいか分かんねェんでさァ……」
「気持ち悪いからウネウネするな!取り敢えず、私の言う事一字一句間違えずに言って!」
もじもじとし始めたイブルを一蹴したレイは、迫る邪神の腕を睨みつけつつ、ゆっくりと聞かせるように詠唱を口にする。
「『天に召します我らが父よ、人々の勇気に希望の光を』」
「『天に召します我らが父よ、人々の勇気に希望の光を』……うおぉ!?」
その瞬間、六角形が幾重にも重なってできた壁のようなモノがレイ達の周りに展開され、邪神の腕を弾き飛ばす。
「こりゃ一体……」
「『聖女』のスキル、【聖天結界】!基本的にこれだけで大丈夫だから、絶対忘れないでね!」
「あ、あいあいさァ!」
自分が使用したという事実に驚きを隠せないイブルに対して、レイは念には念を入れて言い聞かせると、今度はじゃしんの方を向いた。
「それからじゃしん、今持ってる持ち物は?」
「ぎゃう?……ぎゃうっ」
「あぁ、大丈夫。ってことはあの辺か……」
体中をまさぐって剣のみを掲げたじゃしんに、レイは記憶の中にある物語とのすり合わせを行っていく。そうしておおよその時系列を把握すると、改めて二人へ指示を飛ばした。
「イブル、私が合図したらさっきのスキル発動してくれる?じゃしんは傍で待機してて」
「ぎゃう!」
「ご主人は?」
「私は物語を進めてくるよっ!」
そうして再び前方へと駆け出したレイは、錫杖を振るって魔法を発動させていく。
どうやら『賢者』として役割を受けたレイはどんな魔法でも使用できるうえにMPも無限という、いわばチート状態のようだった。
「あぁ、めっちゃ楽……!こんな魔法使いになりたかった……!」
知り得る限りの魔法を発動させつつもその事に気が付いたレイは、僅かに涙を浮かべながらぽつりと呟く。
いくら諦めたと言えどもここまでの爽快感を味わってしまえば、それを惜しむのも仕方がないことだと胸の内で言い訳しつつ、いっそのこと永遠にこの時間が続けば……と夢想したりもしたのだが、残念ながら、以外にも呆気なく終わりは訪れたようだった。
「あぁ……出ちゃった……しょうがない……」
一方的に魔法を浴び続けた邪神が頭を抱えて大きく仰け反り、空を見上げるモ-ションを取る。それを見たレイは悲しそうな声を出しつつもイブルとじゃしんの元へと再び降り立った。
「イブル、スキル発動よろしく……」
「あいあい……あれ?ご主人なんで落ち込んでるんです?」
「何でもないよ……」
しょぼくれた様子のレイにイブルは首を傾げつつも、言われた通りにスキルを発動する。
「『天に召します我らが父よ、人々の勇気に希望の光を』」
再度彼らの周囲を覆う、『聖女』による結界。それと同時に邪神の体が崩れ、液状となった体が濁流としてレイ達に襲い掛かる。
「ぎゃ、ぎゃう~!?」
「だ、大丈夫なんですかいこれ!?」
「うん、問題ないよ。それよりもじゃしん、そろそろ出番だからね」
「ぎゃ、ぎゃう?」
一瞬にして暗闇となった視界に、じゃしんとイブルの情けない声が響く。
ただこの攻撃の結末もすべて知っていたレイは、特別取り乱した様子もなく次のシーンを思い浮かべていた。
そうして黒い濁流の勢いが収まってきたタイミングで視界が晴れはじめ、それと同時にレイ達の目の前に巨大な眼球が出現する。
「じゃしん、あれ!あそこに剣を突き立てて!」
「ぎゃ、ぎゃう!」
その声に弾かれるように結界から飛び出たじゃしんは、手に持った短剣を眼球へと突き立てる。
瞬間、ピシリとガラスにひびが入るような音がレイの耳に届いた。
「『全てを飲み干さんとする闇の力。だが幾千もの死線をくぐり抜けてきた彼らにとって恐れるほどのものではない。『聖女』の力によって対抗した彼らは『英雄』の刃を持って反撃に出る』……だっけ?」
「よく勉強している。その知識量に感服するとともに、我が劣情は烈火のごとく燃え上がる」
『RECORD』で目にした内容を口に出せば、どこからかゴードンの気持ちの悪い言葉が聞こえる。
ただそれだけでは終わらず、物語は次のステージへと進んでいくようだった。
「それでは第二幕だ。『邪神の核を破壊する、だがそれは決して終わりではなかった。浮かび上がる邪神の体は分裂し、無数の怪物へと姿を変える』――」
[TOPIC]
WORD【『聖女』】
かつて邪神を討伐したパーティの一人。
慈愛と教養を兼ね備えた、まさしく聖母のような人物であり、その美貌も相まってか多くの男性に言い寄られたという。
邪神討伐後はとある聖獣と共に、表舞台からひっそりと姿を消した。




