6-45 紡がれた思いは未来と共に①
「あなたは……?」
暗闇に浮かび上がったのは、真っ白の毛と羊の顔。
額には黄色い立派な巻き角を携えており、燕尾服を着こなしたその羊は、やけに姿勢の良い二足歩行でレイへと近づいてくる。
「我が名はゴードン。汝らが知るところの『聖獣』という存在である」
そして、宙に浮く本の真下で止まったかと思うと、何やら厳かに自己紹介を始めた。
「私は人間が好きだ」
「え?」
「もっというと、困難に直面した人間の表情が好きだ。それを乗り越えようと四苦八苦し、時には絶望に飲まれ心が挫ける所が愛おしくてたまらない」
「ぎゃう……?」
「それを乗り越え、新たなステージに上った姿を見ると、絶頂してしまうかのような興奮に襲われることがある。現にあった」
「……ねぇ、じゃしん」
「ぎゃう……」
「気持ち悪いっすね!」
聞き手が困惑していようとお構いなしに、一人で話し続けるゴードン。
突然のカミングアウトにレイとじゃしんはひそひそと小声で話し、イブルがついつい本音を口にする。
ただそれを注意する気にもなれないほどには話の内容が意味不明であり、嫌な予感を覚えたレイは手を上げて話に割り込んだ。
「あの!最終試練って一体何なんですか!」
「最終試練とは知勇を兼ね備えた者にのみ挑戦することが出来る試練である。我が友デコードの案で行われるようになった催しだが、未だクリアした者どころか挑戦者すら存在しない」
その質問に答えるように言葉を発するゴードンだったが、話の行き先はどんどん雲行きが怪しくなっていく。
「そんな私が彼と出会ったのは、およそ1000年前の出来事になる。もう1000年も経つのかと、懐かしむ気も起きない程には怒涛の時間経過だった気もするな。あれはたしか――」
「だめだコイツ一生話続けるタイプだ!」
無事脱線を果たしたゴードンの語りに、レイは目を見開いて叫ぶ。ただそれを受けてもなお自らを省みずに話し続けるゴードンを見て、会話の主導権を握ろうと慌てて話に割り込んだ。
「すいません!早く試練を受けたいんですけど!」
「そうだ、最終試練を受けてもらう必要がある。そしてクリアした暁には我が友デコードの意志を継承した証としようではないか。かつての大戦でも、彼らの活躍は偉大なモノであり、とても言葉で形容する――」
「だから!もう試練始めてくれてもいいですよ!?」
「ぎゃうぎゃう!」
「もちろん、我も汝らが試練に臨む姿を早く見たい。なにせ、私は人間の努力というのが大好物、傍観者として生を受けたことが根幹にあるのかと予想しているが、年甲斐もなくはしゃいでしまうのだ。それ故に試練という行為自体に性的興奮を催されるという何とも難儀な体となってしまったが、なに、後悔はしていない。むしろ神に感謝しているくらいである」
「全然話進まない……ッ!」
「ぎゃう~!」
「内容も超しょうもないでさァ……」
口を開くたびに意味不明な方向へと話が逸れることに、レイは諦めた用に大きくため息を零すと、やがて疲れたように地面へと座り込んだ。
「……もういいや、一旦放置しよう。休憩休憩」
「ぎゃう~」
「性的興奮と言っても『聖獣』たる我には生殖機能は備わっていない。そのため感覚的な部分、言い換えれば性癖、というのが一番近しい表現なのだろう。とはいえ、我が子を成すとすれば、知性そのものか、優れた知性をもつ生物に他ならないという自負があるのだが」
「言ってることも意味分かんないし、聞いてると頭おかしくなりそう……」
「ぎゃう……」
「『聖獣』ってみんなこうなんですかねェ?」
「絶対コイツだけだよ」
「サピオセクシュアルという言葉がある。これは『知性に性的な魅力を感じる』という意味合いの言葉であるが、まさしく我のための言葉であろう。我が友デコードとも夜通し語り合ったのだが、やはり知的生命体たるもの、考える事を放棄した時点で畜生になり果てるのではないかという仮説が立つ。であれば考える力、ひいては知識そのものに惹かれるというのもあながち間違いではないのだろうという結論に至った」
「あ、そうだ。ミツミちゃんから貰ったクッキー余ってるから食べる?」
「ぎゃう~!」
「あっしも欲しいです!」
「かつて邪神に立ち向かった『英雄』。彼は本能的な性格をしていたが、その仲間である『賢者』と『聖女』は非常に理知的な存在だった。『聖女』については外見の美しさのみならず、仮に我が伴侶となったとしても何らおかしくないほどには内面的な賢さを有しており、我のみならず多くの人間を魅了していた。ただ彼女はあの者のお気に入りだった。それ故触れる事すら叶わなかったのが少し心残りでもある」
「誰も取ったりしないからゆっくり食べなよ」
「ぎゃう~!」
「うんめェうんめェ!」
「故に、我は『賢者』を友人として招いた。ここで勘違いしてほしくないのが、決して性的に見てなかったという訳ではないということである。我ら聖獣に明確な性別は存在しないため、赤裸々に語るのであれば心が動かされる場面も何度もあった。それでも彼に手を出さなかったのは彼らの偉業にそれ以上のリスペクトを抱いていたからだ」
耳に届く言葉を右から左へと受け流し、優雅におやつタイムを実施するレイ一行。
そんな姿さえも気にする様子なく一人喋り続けるゴードンだったが、遂に話が一歩前に進んだようだった。
「直接手を下した『英雄』だけでなく、それぞれ『賢者』と『聖女』と呼ばれた二人もまた、闇の軍勢に対抗しうる『英雄の素質』を持っていた。彼らの誰か一人でもかけていれば、今の平和は存在しない。だが彼らをもってしても、問題を先延ばしにすることしかできなかったのだ」
「ん?」
レイが気が付いた違和感、それはゴードンの頭上にあった本の『Re:Code』。
ただ浮いているだけだったそれが再び光輝き始めたかと思うと、ゆっくりと高度を落とし、やがてゴードンの手元に収まる。
「いつか、破滅の時が再び訪れる。そう考えた『賢者』は傍観者たる我に一つの願いをした。汝らに課す最後の試練とは、その願いに準ずるものである」
「ん?うわっ!?」
『Re:Code』から放出された激しい光は、瞬く間にレイ達を巻き込み周囲の様子を変えていく。
「なにこれ……?」
「ぎゃう~!?」
「あっしもですかい!?」
そうして再び目を開いた先では、周囲の景色が黒からおどろおどろしい荒野へ、加えて三人の衣装も大きく異なっていた。
「これはかつての再現。我が記憶の中の出来事に相違ない。だが、その痛みはかつての英雄達が体感したものだ」
混乱する三人を他所に、ゴードンは一方的に話を進めていく。
「我が友『賢者』の命により、我、聖獣ゴードンが証人となりて汝らに試練を課す。邪なる神の存在を打ち払ってみせよ」
そして、彼女達の目の前に破滅の化身が顕現する――。
[TOPIC]
WORD【『賢者』】
かつて邪神を討伐したパーティの一人であり、ロックスとはまた別の存在。
デコードの記した本には、『類まれなる知略を用いて勇者をサポートした』と書かれているが、その名ははっきりと分かっていない。




