6-44 勝利の余韻を味わって
天井は破壊され、分厚い黒雲がむき出しとなった【バベル】の最上階。そこで、たった一人残った少女は構えた銃をゆっくりと下ろしながらぽつりと呟く。
「勝った……?」
「ぎゃうっ!」
先程までの喧騒が嘘のように静まり返った空間で、未だに呆然とするレイの思考。そこへ、そんな彼女を讃えるように、じゃしんの元気一杯の鳴き声が響き渡る。
「じゃしん、これ私の勝ちだよね?」
「ぎゃうっ!」
「ここから、また復活……なんてこともないよね……!?」
「ぎゃうぎゃう!」
「喜んでいいんだよね!?」
「ぎゃう~!」
何度も何度も確かめるように吐き出された問答、その度にじゃしんは大きく頷いており、それを見たレイはようやく実感がわいたのかぐっと拳を握りしめた。
「やったっ……!」
ただ一言、そう呟かれた言葉。
その呟きには、とても言葉では言い表せない程の様々な感情を孕んでおり、彼女の胸中は募る思いでいっぱいになっているようだった。
「そうだ、配信――」
そんな中、レイはふと観客がいたことを思い出す。
慌ただしく襲い掛かった出来事に余裕がなかった彼女はお礼も兼ねた一言でもと、改めてコメント欄へと目を向ける。……と、同時に、頭上にてきらりと何かが光ったのを視界の端でとらえた。
「うわっ!?そっか、まだ油断できる状況じゃないんだった!」
それに気が付いたレイは反射的に身を捩る。その数秒後にレイめがけて落雷が降り注ぎ、未だゆっくりと腰をおろしている状況ではない事を思い出す。
「やばっ崩れてきてる……!?」
見渡した室内は落雷の影響で所々崩れ落ちており、それは彼女が立っているフロアも例外ではなかった。
所々大穴が空いている場所を見てごくりと唾を飲み込んだレイは、未だ襲い来る雷を躱しながらも状況の打開を試みる。
「ど、どうする!?このままだと勝った意味もなくなっちゃう……!」
「ぎゃうぎゃう!」
必死で思考を巡らせていると、何かに気が付いたじゃしんが一方向を指さしながらレイを呼ぶ。それにつられるように視線を動かせば、この中で唯一何も変化が起きていない部分が視界に映る。
「ワールドクエスト関連だから保護されてる、のかな?……もしかしたらワールドクエストさえ発生させちゃえば何とかなるかも……?」
そこはワールドクエストに強く関連していると思われる台座であった。
雷が当たったのかは定かではないが、少なくとも現状形を保っていることを鑑みるに、何かあるに違いないと判断したレイは行動に移る。
「分かんないけど、やる価値はあるかな!ひとまず、本を確保しないとっ!」
地面に捨てられた状態の『Re:Code』へと駆け出したレイは、スライディングの要領で地面を滑ると、その最中に『Re:Code』をしっかりを掴む。
「よし取った――」
「ぎゃうっ!」
「へ?ぐぇ!?」
だが、その行動を読んでいたかのように落雷が待ち受ける。
それにいち早く気が付いたじゃしんが、間一髪のところでレイの襟首をつかみ後ろへと引けば、ギリギリの所でレイの体が止まり、そのすぐ目の前に雷が落ちた。
「げほっ、ごほっ……。あっぶなかった、助かったよじゃしん」
「ぎゃう~!」
感謝を口にするとともに、レイは手の中にあった本の感触がなくなっていることに気が付く。おそらく先ほどのやり取りで離してしまったのであろう、すぐさま周囲に目を配れば――。
「えっと本は……」
「ご主人!あそこあそこ!」
「あそこ?……って」
イブルの指摘した先には、壊れた外壁の縁に乗り、今にも地面に落下せんとする『Re:Code』の姿。
「やばいやばい!落ち――」
「ぎゃう~!」
ぐらりと傾いた『Re:Code』にレイが顔を青褪めると、隣にいたじゃしんがその羽根を使って突き進み間一髪の所でそれを抱きかかえる。
「じゃしんナイス!そのまま中央に向かって!」
「ぎゃうっ!」
じゃしんのファインプレイにサムズアップをしつつ、レイも雷を避けながら中央の台座へと向かう。
ガラガラと崩れる足場を飛び移り、何とか中央へと辿り着いたレイは、合流したじゃしんから『Re:Code』を受け取ると、すぐさま台座にセッティングした。
「さて、うまく行ってよ……!」
「ぎゃう……!」
台座に置いた瞬間、『Re:Code』はぺらりと一人でにページが捲られていく。
それを見てワールドクエストが問題なく進行したことにレイはほっとしつつも、それとは別の問題が生じる事となった。
「ちょ、まだ!?もう逃げ場がないんだけど!?」
「ぎゃうっぎゃうっ!」
思いのほかゆっくりと捲られるページに対し、レイ達に焦りが募る。
もはや中央のわずかなスペースしか残されておらず、それ以外の足場は完全に崩れ去った状態で、次に来た雷はまず躱すことは出来ないだろうと踏んでいた。
『おめでとう――』
「ヤバい……!なんでもいいから早くして!」
「ぎゃう~!」
流れたナレーションを急かすように遮ったレイとじゃしんは、ちらちらと上空を見上げる。
その願いが通じたのか、ページをめくる速度が加速度的に早くなっていく。それと同時に本が宙へと浮きあがってきた――かと思えば。
「あ」
「ぎゃう……」
まるで合図するかのようにピカリと輝いた黒雲。それを見てタイムリミットを察したレイとじゃしんは、短い声を上げ、呆然とその一撃を見つめる。
そして轟く、雷の音。
「ぎゃ、ぎゃう~!」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……」
「……あれ?」
だがその衝撃がその身に降り注ぐことはなかった。
レイが恐る恐る目を開けば、そこには目を閉じて蹲り、お尻を高く上げたじゃしんの姿と、不気味にぶつぶつと呟くイブル、そしてもう一つ、宙に浮く本『Re:Code』の姿がうつっており、それ以外は黒く塗りつぶされ、先ほどまで聞こえていた雷の音も止んでいることに気が付く。
「た、助かった……?」
「ぎゃ、ぎゃう?」
「ようこそ」
しっかりとした内容は分からないものの、急場をしのいだことでほっと一息ついたレイとじゃしん。そこへ暗闇から歩いてくるものが現れる。
「知識と力、その両方を示した英雄候補よ。貴殿に最後の試練を与えよう」
[World Quest]
【紡がれた思いは未来と共に】
・最後の試練をクリアする
・報酬:???
※ワールドクエストが発生しました。これよりクエスト完了まで配信は出来なくなります。
それは、彼女が勝ち取った物語の結末。その始まりだった。
[TOPIC]
WORD【じゃしん硬貨-天罰】
じゃしん硬貨にて裏が出た際に発生する攻撃。
一定間隔で、発動者の周囲へとランダムに落ちる雷はあらゆる耐性を無視して対象を消しとばす無慈悲な一撃であり、それは人ならざるものも対象である。




