6-40 剣を極めた者達
ギークの啖呵を聞き、嬉しそうに笑みを浮かべたツヴァイは、胸の内にある役になりきっているかのようなセリフを口ずさむ。
「それは勇敢か、はたまた無謀か。いいだろう試してみるといい、人の子よ」
「俺の名前はさっき教えたはずだが?」
「あぁ。だが覚えるかどうかは我が決める」
「……なるほど」
ツヴァイの言葉に眉を顰めたギークは手に持った剣を地面に突き刺すと、〈アイテムポーチ〉から何かを空中へと放り投げる。
放物線を描き、ギークの目の前に突き刺さったのは6本の刀。その行為を理解できないのか、不思議そうな顔で見ているツヴァイに向けてギークは再度睨みつけた。
「二度とふざけたことを抜かせないよう、脳裏に刻み付けてやる」
「ふっ、何をするのか知らないが、楽しみにしておこう。――『堕天使の祝福』」
そして再び雪のように降り注いだ漆黒の羽根が、開戦の狼煙を上げる。
「【揺らぎ柳】」
天空から堕ちる羽根に対して、ギークは端にあった小ぶりの刀を抜くと、スキル名を口にする。すると、ギークの周りだけを避けるように、漆黒の羽根が僅かにずれた。
「これでは終わらんぞ」
余裕で対処したギークに笑みを浮かべたツヴァイはニヤリと笑い、右手に持った【聖剣】を振るう。瞬間、光り輝く剣閃がギークへと襲い掛かった。
「分かっている。【貪リ喰ラウ者】」
手に持った小刀を上に放り投げると、今度はその反対側にあった骨で出来た白い刀を手に取り、その刃で剣閃を受ける。
ゴッと、およそ刃がぶつかり合ったような雰囲気ではない音が鳴り響いたかと思えば、ツヴァイが手に持つ骨刀が剣閃を吸い込み、消失させた。
「【火炎獅子】」
再び手に持った刀を上に投げ捨てると、回転しながら元あった場所に突き刺さる。その瞬間にはギークは異なる刀を握りしめており、空に浮くツヴァイに向けてその刃を振るった。
「その程度では足りんな」
「……だろうな」
獅子を形どった炎がツヴァイを襲うも、光の壁に阻まれてその姿を消す。
想像以上に火力が低かったのか、退屈そうな表情を浮かべたツヴァイに対し、ギークは手に持った刀を地面へと突き立てた。
「ベンケイ氏、あれは一体何をしてるでありますか?ぽんぽん武器を捨ててるみたいでありますが……」
「……恐らく、武器を放棄しているでござる。それが【ウェポンチェンジ】並みの速さを再現してると思うのでござるが……」
一連の戦闘の中、ウシワカはギークの行動が理解できなかったのかベンケイへと小声で話しかけ、ベンケイはその目に移した情報から、何とか推測を口にする。
「武器を放棄とは?」
「その通りでござる。普通であれば<アイテム>として戻して、新しい武器を装備するのが普通。だがその過程を何らかの方法で省いている……のだと思うでござる」
「そんなことが可能なのでござるか?」
「いやぁ……」
自分で口にしながらもベンケイは首を傾げる。それくらい突拍子もなく信じられない話であり、それは対面するツヴァイも同様であった。
「ふむ、種明かしはないのか?」
「種明かし?」
「無論、その曲芸のだよ」
直接訪ねるも、それに答えが返ってくることはない。代わりに左から二番目、一番オーソドックスな刀を握りしめてスキルを口にする。
「【雷光千鳥】」
「だからこの程度では――」
今度は雷の鳥が現れるも、先程と同様光の壁に阻まれる。だが、今度はそれで終わりではなかった。
「【神遣イノ風】」
「なっ」
「【大賛歌】」
すぐさま刀を放り投げたギークは別の刀を抜いて、スキルを口にすれば風の刃が出現する。それにツヴァイが驚いている間にも、また異なる刀を手に取ってスキルを発動させる。
「……」
「……これは驚いた。【ウェポンチェンジ】の弱さをそのように掻き消すとは」
ただ、続け様に現れた風の刃も岩の礫もやはり光の壁に阻まれてしまう。
どうしても届かない攻撃に焦りを覚えたのか、ギークが眉を顰めると、ツヴァイはなんともご満悦な表情でギークを見据えている。
「『切り替え時にラグがあること』。それが【ウェポンチェンジ】の唯一の弱点であり、最大の弱点だろう。クールタイムが追加された今、それはより顕著になっている。そこで思いついたのがその方法、という訳か」
どこか確信めいたツヴァイの言葉に、ギークは鋭い視線のまま答えを返す。
「……あぁ。盗賊のスキル【悪い手癖】、これは地面に落ちている物を強制的に自分の物にするスキルだが、自分が武器を装備していない状態で武器を拾った場合、それを自動装備するという仕様がある。これを利用すれば、異なる武器スキルを連打することも可能だ」
「ふむ、素晴らしい。我は『全能なる神の双手』しか思いつかなかったからな、同じ【ウェポンチェンジ】を超えた者として誇りに思うぞ、人の子よ」
「……何を言っている。まだ終わりじゃないぞ」
「なに?」
手放しで褒めるツヴァイに対し、ギークはもう一度赤い柄の刀を手に握ってそれを振るう。
「【火炎獅子】」
再び出現した火炎の獅子。当然それは真っすぐとツヴァイに向かう。――が、ギークはすぐさま刀を放り捨てて新しい刀を拾う。
「【雷光千鳥】、【神遣イノ風】、【大賛歌】、【火炎獅子】、【雷光千鳥】、【神遣イノ風】、【大賛歌】――」
「な、何が起こってるでありますか!?」
「ク、クールタイムを他のスキルで埋めているでござるか……?」
そうしてお手玉のように次々と刀を入れ替えては、繰り出されるスキルの嵐。絶え間ないその質量にツヴァイの姿は完全に覆い隠され、周囲からどよめきが上がる。
「なるほど、これほどか」
それを喰らうツヴァイは光の壁の後ろで、関心を口にする。並のプレイヤーでは太刀打ちできない力だがその中にはまだまだ余裕があるようだった。
「だが、埒が明かないな。まずは崩すか」
そうしてたどり着いた反撃の方法。周囲に再び漆黒の羽根が降り始め、ギークは最初の小刀を握る。
「ッ、【揺らぎ柳】!」
「攻撃が止んでしまったぞ?」
襲い来るスキルが止んだことで自由を得たツヴァイは、左手の【魔剣】から黒い剣閃を発生させる。当然それも先ほどと同様に対処するが――。
「舐めるな!【貪リ喰ラウ者】!」
「舐めてなどいない」
「ッ!?」
その間に距離を詰めてきたツヴァイは、剣閃の上から【魔剣】をギークへと押し付ける。その勢いに押され、ギークは一本の剣だけを持ってずるずると後退させられた。
「さて、これで作戦は潰えたな。真価を見せてるのはこの先――」
相手の手を封じたと確信したツヴァイはギークの顔を見て固まる。その顔には変わらない闘志の籠った瞳があった。
「【ウェポンチェンジ】――」
「なにっ!?」
ギークが口にしたスキルによって、武器が骨刀から鉄の刃へと切り替わる。
「――【国斬ノ断】ッ!」
驚きで対応が遅れたツヴァイに向けて、半歩距離を取ったギークが放った必殺の一撃。その一撃はツヴァイを肩口からバッサリと切り裂き、文字通り一撃で勝負を決める。
「いつから……」
「最初からだ。俺はこの時だけを待っていた」
「そう、か」
ポリゴンとなっていく身体を見つつ、ギークへと問いかけるツヴァイ。その顔はどこか穏やかに笑っており、また同時にギラギラとした悔しさも孕んでいた。
「……もう一度、お前の名前を教えてくれないか」
「……ギーク」
「そうか、覚えたぞ、その名」
その言葉と共に、ツヴァイの姿は消える。そして、数泊遅れて、割れんばかりの歓声が響き渡った。
「お前はどうだ、『きょうじん』」
湧き上がる興奮を抑えつつ、ギークは【バベル】の最上階を見上げる。そこにいるであろう、少女の姿を思い浮かべながら。
[TOPIC]
SP【悪い手癖】
地面に落ちている物は、誰の物でもないだろう?
効果①:誰も手にしていないアイテムを取得可能




