6-39 宣戦布告
「なんだ、来たのかよ」
「レイちゃん?何してるの?」
「いや、私も混ぜてもらおうかと思って……」
一触即発の空気を、ものの見事に破壊したレイに対して、セブンとトーカから白い目が向けられる。
「ぎゃう〜……。ぎゃう?ぎゃうっ!?」
「あぁ、うん分かったから落ち着いて」
隣にいたじゃしんは、一に顔を振って起き上がり、二に周囲のモンスター群に目を見開き、三に『ヤバいって!』とでも言わんばかりにレイの裾を引っ張っており、レイはそれを宥めるように声を掛けている。
一瞬にして緩い空気感となった場。若干白けたような空気にレイが人知れず心の中で慌てていると、声がかかった。
「なぁ、申し訳ないけど今回は譲ってくれないか?」
「え?」
頭をガシガシとかいて、トーカは申し訳なさそうにレイへとお願いをする。
「勝手なのは分かってるけどよ、結構待ち望んでた時間なんだわ。折角のお楽しみを邪魔されるのはムカつくだろ?」
「それは……」
「まぁ確かに、場違いだよねぇ」
トーカが口にする正論にレイは言葉が詰まる。そこへ追い討ちをかけるようにセブンも口を開いた。
「残念だけど、今回はお呼びじゃないんだよね。後で相手してあげるからちょっと待っててくれない?」
「はぁ?アタシが勝つに決まってるだろ。ってかアタシにリベンジしに来たんだよレイは」
「何言ってんの?僕のファンなんだから僕に会いに来たに決まってるじゃん」
「……」
レイを置いてきぼりにしてヒートアップする二人。その軽い掛け合いから二人が旧知の仲であることは容易に窺える。
それに加えて二人だけの世界で完結しているような、言ってしまえばレイのことなど眼中にないような雰囲気があった。
「じゃ、レイちゃんはシードってことで」
「おう、取り敢えず見てな」
一方的にそう決めた二人は、レイから視線を外し、何事もなかったように戦闘を再開させようとする。
それに対して、レイは――。
――同時刻、【バベル】下の戦場は一人の男が支配していた。
「……逃げた、か」
周辺にいたプレイヤーをポリゴンに変えて更地にしたツヴァイは、スカルの姿が見えなくなったことに気がつくと、すっと目を細める。
「いやぁ、疲れたでありますな!」
「えぇ、と言ってもほとんどツヴァイ氏がやったでござるが」
ひと段落した戦闘の中、地上にいたウシワカとベンケイが一仕事終えたように額を拭う動作をする。
今まで暴れていた他のプレイヤー達も、そんな状況ではないと気がついたのか、例外なく視線をツヴァイへと向けていた。
「さて、我に立ち向かう勇気ある者は?」
ツヴァイが周囲を見渡すも、誰一人動く者はいない。そのことに少しガッカリした様子を見せると、目を伏せて首を振る。
「いない、か。この世界も随分と窮屈に――」
「待ってくれ」
「ん?」
その時、一人のプレイヤーが群衆を掻き分けて前へと出る。
「お前は?」
「ギーク。別に知らなくても問題はない」
軍服に身を包み、剣の柄に肘を乗せる男は、鋭い視線を向けており、それを受けたツヴァイはニヤリと笑った。
「この力を見て、まだ我の前に立つか。面白い」
「御託はいい。受けてくれるのか?」
「当然だ。だが一つ、聞かせてもらおう」
ギラついた瞳を向けてくるギークに対し、その視線を真っ直ぐに受け止めたツヴァイ。だがその刃を交じあわせる前に、言葉を投げかけた。
「今のお前の胸中を知りたい。何故、我が前に立った」
「何故か……」
その問いかけに瞳を閉じたギークは、ぽつぽつと胸の内にあるわだかまりを口にしていく。
「……俺は今何者でもない。飾るだけ着飾って、何も持ってないから、その何かを手に入れたい」
「ほう?」
言葉を吐くにつれ、ギークの中でやりたいことが明確になっていく。そして再び開いた瞳には、迷いなどひとかけらも残されておらず――。
「――うるさいな」
蚊が鳴くようなレイの小さな呟きに、二人の動きが止まる。改めてレイの姿を見れば、俯いた状態で拳を握りしめていた。
「さっきから聞いてればごちゃごちゃと、ここまでコケにされて引き下がるほど賢くないんだけど……!」
「ぎゃ、ぎゃう?」
「……よし、決めた」
わなわなと震えて何かを呟いているレイに、『だ、大丈夫?』とでも言いたげにじゃしんが寄り添っている。
だが、怒りのあまり周囲が見えていないのか、レイはそれを見ることなく、顔を上げて満面の笑みを浮かべた。
「あの、私、二位争いには興味ないんですよ」
「……あ?」
「……なんて?」
その口から飛び出た最大級の煽り言葉に、セブンとトーカはぽかんと口を開けた後、意味を理解するにつれてレイに鋭い視線を投げかける。だがそれに臆することなく、レイは感情のままに言葉を吐き捨てた。
「時間の無駄でしょ?最後にはどうせ、私が勝つんですから。同窓会がしたいなら、こんな場所じゃなくて誰にも迷惑かからない隅っこで勝手にやっててください」
少女が怒りを思うがままに吐き捨てる中、もう一人己の胸の内を公にする青年の姿があった。
「悔しいが、あの無茶苦茶な女に教えられてしまった。俺のやりたかったこと――原点ともいうべきものを」
相手に聞かせるというよりは、改めて自分の感情を確認するように口を開く。
「昔昔って、大事なのは今でしょうが。昔話がしたいなら、一番上に居座られて迷惑なんです!だからっ!」
そして少女は、震える声で言い切った後、腰にあった銃を構え。
「忘れていた物を取りに来た。どれだけ言い訳しても、俺だって一番が欲しい。だから――」
覚悟を決めた青年は視線は真っすぐに、敵を見据えて腰の軍刀を抜く。
「「その席、さっさと明け渡せ!」」
「……へぇ」
「……なるほど」
「……面白い」
それは偶然か。二人の言葉が重なって、目の前の敵へと叩きつけられる。
その思いを武器と共に突き付けられたベータ時代の伝説達は、全員が口を歪め、彼等を『敵』だと認識する。
今まさに、新しい芽が開花しようとしていた。
OTHER【セブンとトーカ】
【BIO】の赤鯖で出会った二人は、様々なゲームで顔を合わせるようになる。類い稀なるゲームセンスを持つ二人は、どのゲームでも話題をかっさらっていた。だがスタイルが異なるせいか、結局どのゲームでも決着はつかない。
そして舞台は『ToY』へと移る。ベータ版終了直前に起きた二人の直接対決、それを目にした者はいなかったが、噂ではそれでも決着がつかなかったという。




