6-34 伝説との対峙
★書籍第一巻発売まで残り残り四日★
もう目と鼻の先に迫ってきました……!
「どうしたぼさっとして。そんなんじゃパクっといっちまうぞ?」
「ぎゃう!」
思考が止まり呆然としたレイだったが、じゃしんの短い悲鳴によって我に返る。そこへ、いつの間にか距離を詰めていたトーカの放った裏拳が、彼女の顔面へと迫っていた。
「ッ!?」
「やっぱ、良い反応するな。レイならすぐにでもプロとして活躍できるぜ!」
「それは、買いかぶりすぎですよっ!」
「まだまだァ!」
すぐさま体を仰け反らせることで初撃を躱したレイは、その勢いのままトーカから距離を取る。負けじとトーカも前に足を踏み出そうとするが、そこでレイはじゃしんに指示を飛ばす。
「【じゃしん賛歌】!」
「La~♪」
「あ?」
流れた歌声と共に、レイとトーカの動きが止まる。たった5秒で終わる歌声、それによって二人は体の自由を取り戻すも、一度流れが途切れた影響か、再度詰める事はしない。
「なるほど、仕切り直そうって魂胆か。言ってくれたら止まってやったのに」
「……いい性格してますね」
微塵も思ってもない事を平然と宣うトーカに、レイは【アイアンダガー】を構えながら嫌味をぶつける。
最大限の警戒態勢を取ったレイを見て、トーカは嬉しそうに笑うと、雑談交じりに言葉を投げかけた。
「随分と警戒してるみたいだな。そんなにアタシが何をしたか気になるのか?」
・たしかになんでだ?
・当たったにはあたった、よな
・あの籠手が原因だろ
「……たぶん、ロックスの攻撃を吸い込んだんだと思う。それを別のエネルギーに変えて放出した、とかかな」
・無茶苦茶じゃね?
・そんなこと可能なの?
・ぶっ壊れじゃん
「分かんないけど……でもあの人が持ってる武器は特別だから」
「あぁ、なんだ知ってるのか」
トーカの質問に視聴者が反応すれば、それに応えるようにレイが考察を口にする。
断片的ではあるが、ある程度の事情を知っているレイの言葉は、正解に近いようで、トーカはつまらなさそうに唇を尖らせた。
「ご存じの通り、こいつはレイドボス報酬で手に入れた――いや、進化した武器だ。【英傑武器】っていうらしいが、正直アタシでも詳しいことは分かってねぇ」
・英傑武器?
・武器が進化!?
・噂は本当だったのか
「ぎゃう……!」
トーカが手に装備している籠手は肘の部分から指先へ向けて、右手は黒から白、左手は白から黒へと色が変わっている。また腕の部分は炎の揺らめきを表すかのようデザインで何層にも分かれていた。
それを説明しながら見せびらかすトーカに、レイは鋭い視線を投げかける。隣に寄ってきたじゃしんは『何だあれは……!』とでも言いたげに息を飲んでいた。
「あぁ、進化って言うのは特殊なスキルが3つ追加されたって意味な。『賢者』の攻撃を吸ったのも、さっき見せた【太極陽炎花】も、どっちもそれに該当するスキルだ」
「……教えてくれるなんて、随分と優しいんですね」
「だろ?知ってる」
警戒心むき出しの言葉にトーカは惚けて見せると、指の骨を鳴らす動きをしながらにやりと笑う。
「さて、そろそろ休憩はおしまいとすっかな。準備はいいか?」
「駄目、だと言ったら?」
「ハハッ!言えるもんなら言ってみな!」
そして再び、二人の距離が一瞬で零になる。
犬歯を剥き出しにして凶暴な笑みを浮かべつつも拳を振り下ろすトーカに対し、レイも【アイアンダガー】でなんとか応戦しようとするものの……。
「このっ!」
「おいおい、そんなんじゃ当たらねぇぜ?」
装備が初期装備へと戻った影響か、レイは思ったように体が動かせない。一方で、トーカは復帰したばかりとは思えないほどの俊敏な動きでレイを翻弄する。
「ぐっ!?」
「オラ、どうしたよ!『きょうじん』ってのも随分と期待外れなんだな!」
トーカの繰り出したアッパーカットによって、後方に吹き飛ばされるレイ。かろうじて【アイアンダガー】で受ける事には成功したためダメージは無いが、このままでは反撃の目がない事は明白だった。
その上、どうやらトーカの方も力を抜いているような、底知れない余裕が見て取れ、時間が経てば経つほど、じりじりと削られていき、やがて敗北する。容易にそのイメージが湧いてしまうことにレイは歯噛みしつつも、状況を打開するために相棒の名を呼んだ。
「じゃしん!【神の憑代】!」
「ぎゃう!」
彼女が切った手札はまさしく切り札と呼べる代物。一日一回、数分しか発動できないそれを使わされるほどには追い詰められているようだった。
「いいねぇ。……だがまだ足りねぇな」
「ぐっ!?」
「ぎゃうっ!?」
だが、それでも届かない。
先程よりも圧倒的に速く、鋭く、強くなった一撃も、トーカは完璧に対処してそれ以上の力で応戦する。
何度かの打ち合いの後、レイの背後を取ったトーカがその背中を蹴ると、よろけるレイを見て、少し落胆の視線を向ける。
「なぁ、これで全部か?まだいけるだろ?」
「――【じゃしん結界・月満ちた時】」
瞬間、周囲の景色が切り替わる。
室内から草原へ、満月が降り注ぐそこは月夜を暗躍するメンバーのホームであり、今のレイの力を最大限生かせる場所でもあった。
「正真正銘、今出せる全力です。これで満足ですか?」
「……あぁ、これを待ってたんだ」
冷淡な声と対照的に瞳に熱を灯したレイを見て、トーカは身震いする。明らかにパワーアップした彼女の姿に、今日初めて警戒をしてみせたようだった。
「時間はないので、一瞬で潰させてもらいますよっ!」
そして、今度はレイの方から距離を詰める。先ほどとは比にならない程の力で足を踏み込み、一瞬にしてトーカの目の前へと移動し手に持ったダガーを突き立てる。
瞬間移動と言っても差し支えないスピードからの、常人では確実に対処できないであろう一撃。確実に勝利を手に入れたと確信したレイ――だったが。
「……いってぇ、危うく死ぬ所だったぜ」
「え?」
「ぎゃうっ!?」
胸元に【アイアンダガー】を突き立てられ、なおもニヤリと笑ったトーカは左手を上げてレイの頭へと添える。
その瞬間、ふっとレイの体から力が抜け、トーカに突き立てた筈の【アイアンダガー】が鉄にでもぶつかったように弾かれた。
「なるほど、だいぶ違うな。こりゃ切り札だわ」
「な、何をしたんですか!?」
「何って、さっき言ったろ?この武器には3つの特殊なスキルがあるって」
予想外の出来事にレイは慌てて後ろに下がると、戸惑いを十二分に含んだ疑問を投げかける。
それに対してトーカは、感触を確かめるように手を閉じたり開いたりした後、得意げに答えを返す。
「一つは【太極陽炎花】、これは普通に攻撃技。んで、もう一つは敵の攻撃を吸収して『気』とかいう謎の力に変える【柳桜拳】ってスキルさ」
レイに見せつけるように両手を前に構えるトーカ。その顔はいたずらに成功した子供のように綻んでいる。
「そして最後に、今見せた【古王拳】。相手のステータス変化を奪い取って、強制的に自分の物にする力だ。ステータス置換に反応するか不安だったが、うまく行ってよかったぜ」
「じゃあ、最初からこれを狙って……」
「あぁ。だから言ったろ?話があるのはレイだけだって」
一通りの説明を聞いたレイは、ようやくこの場にトーカが現れた意味を知り、悔しそうに歯軋りする。それを見たトーカはさらに嬉しそうに頬を緩めると、体をほぐすように手首や足首を回し始める。
「流石にブランクが長すぎるから、セブンと遊ぶのは厳しいだろ?だから方法を考えていたらおあつらえ向きに良い装備が手に入ってな。悪いが狙い撃ちさせてもらったぜ」
「……そうですか」
完全にしてやられたことは明らかであり、ここから打開する状況も持っていない。とはいえ、このまま黙って帰るわけにもいかず、レイが再び【アイアンダガー】を構え直すと、トーカが驚いたように手を左右に振った。
「おっと、もう勝負する気はねぇよ。この効果、時間制限とかはない代わりに、奪った相手がデスポーンすると消えるんだわ。だから――」
「ッ!?」
レイが瞬きした瞬間、目の前からトーカの姿が文字通り消える。油断していなかったにもかかわらず、姿を見失ったことにレイが目を見開くと、背後から言葉の続きが飛んでくる。
「今回は街でゆっくり大人しくしててくれ。また会おうな」
振り替える間もなく、レイは背中に何かを押し付けられて前によろける。それと同時に、体を青い炎のようなモノが包み込んだかと思えば、またしても周囲の景色が変わっていた。
「こ、ここは……?」
「ぎゃ、ぎゃう……」
困惑した様子で周囲を見渡せば、そこが【ブロウ】の街の入口であることに気が付く。
大多数のプレイヤーが既に移動した後なのか、いつもよりも人が少なく感じるその場所で、レイは。
「や、やられた……」
完全敗北を悟り、悔し気に拳を握りしめた。
[TOPIC]
SP【柳桜拳】
しな垂れる柳のように、あるいは舞い散る桜のように。風に揺れる拳は全てを受け入れる。
効果①:『気』ゲージを追加(Max x=100)
効果②:受けるダメージを『気』に変換(HP1%=x)
SP【古王拳】
暴君と名高き古の王は、目に映る全てを欲し、その全てを手に入れ、そして何もかもを失った。
効果①:対象のステータス変化を奪取(3stock)
効果②:『気』ゲージを消費(100)




