6-26 厨二的即興劇
「変わらないな、この場所も……」
「えーと、誰?」
「さぁ……?」
「ぎゃう~?」
扉に体を預け、斜に構えた態度で何やらしたり顔で呟く謎の男。
腰まで伸びた長いストレートロング、その白髪とは対照的に全身を包む黒いコートには、全く意味を持たないであろう謎のベルトのようなモノが付随しており、右腕にはジャラジャラと鎖が巻き付いている。
一目見ただけでそっち側の人間だと分かる様子に、レイ達がひそひそと小声で相談していると、ウシワカとベンケイがものすごい勢いで、その男との距離を詰めた。
「ツヴァイ氏~!生きていたでありますか!」
「うぉぉぉ!!!お帰りでござる!」
「久しいな、我が同胞よ」
「え?あれがツヴァイさん?」
・そうだよ
・動画で見たまんま
・ってか実在したんだな
喜色の混じった声で言葉を交わす三人を横目に、レイはコメント欄を覗く。すると、視聴者からも同様の指摘が上がっていた。
「帰ってきたという事はつまり……」
「修業が終わったという事でござるか?」
「あぁ、辛く苦しい戦いだった……」
天を見上げ、何やら意味深に上を向いたツヴァイは、改めてレイ達に視線を向けると、ウシワカとベンケイへと詳細を尋ねる。
「俺の事は後でいい。それよりも、そこの少女達は?」
「あぁ、新しい同志のレイ氏とその召喚獣のじゃしん氏、それから類い稀なる生産職の才能を持つぺけ丸氏であります!」
「えっと、はじめまして?」
「ぎゃうっ!」
「よろしくお願いします。……えっと、一応いっておきますけど僕は男ですよ?」
「これも運命、か……。ならばこちらも名乗らねば無礼というもの……」
初対面の人に緊張気味のレイと、元気良く手を上げたじゃしん、それから少し不満げな様子のぺけ丸がそれぞれ挨拶すると、ツヴァイは意味深に呟く。
そして一度目を伏せたかと思うと、右手で髪をかき上げた後、そのまま前へと突き出して宣言する。
「我が名はツヴァイ!かつて神からの寵愛を受けた天使の末裔なり!先の『聖戦』により、悪魔の力に侵食され、聖と魔の狭間に揺れ動く不安定な存在、『聖魔体』となってしまったが……なに、魂までくれてやるつもりはないさ」
「なるほど、その鎖は拘束具って訳か……」
「え?レイさん何言ってるか分かるんですか?」
・なるほどじゃないが
・何この人、NPCかなんか?
・コイツ、レイちゃんと同類だ……!
固有名詞のオンパレードにほとんどの人物がクエスチョンマークを浮かべる中、ただ一人レイだけが神妙に頷いている。
その姿に何かを感じ取ったのか、ツヴァイはレイをじっと見つめると、確認を取るように問いかける。
「それにしてもレイ、か。どこかで聞いたことがある気がしたが、『全能なる神の双手』を継承した人間であっているか?」
「『全能なる神の双手』……?」
「あぁ、【両利き】のことだね」
「ぎゃう……!?」
突然告げられた謎の固有名詞に、レイがノータイムで答えに辿り着けば、隣にいたじゃしんが『なんで分かるんだコイツ……!?』とでも言いたげに目を見開く。
「人の身でありながらあの力に目をつけるとはな……。貴様ただ物ではないな?」
「――ふっ、バレてしまえば仕方ない、か」
・あ、変なスイッチはいったな
・レイちゃん、その先は地獄だぞ……
・戻ってこーい
それを受けたツヴァイが芝居がかった様子でレイを睨みつければ、それに乗っかる形で意味ありげに笑ってみせるレイ。
そして、先ほどツヴァイがやって見せたように、オーバーなアクションで手を動かすと、ツヴァイに向けて高らかに宣言した。
「いかにも、私は邪神の遣いであり、代弁者……。そして、その力を使役する者!」
「な、なんだと!?」
・遣い(お母さん)
・代弁者(都合の良いように解釈して)
・使役(盾や爆弾として)
「ちょっと、茶々入れないでよ」
ある意味で自己紹介のやり直しとなった形だが、そのセリフはツヴァイの心に刺さったようで、驚きに見開かれた表情の中にはぴくぴくと嬉しそうに動く口があった。
同類を見つけたことに嬉しさを必死で抑え込むように顔を手で覆ったツヴァイは、どこか悔しそうな声音で茶番を続ける。
「そうか、だから我の内なる化身たる『†片翼の天使†』も警鐘を鳴らしていたのか……。どうやら、悠久の時を別世界で過ごした影響か、我の感も随分と鈍っているようだな」
「いや、違和感に気付いたことを誇るべきだね。あえて力を抑えることで、この世界に溶け込んだ私の力を見破ったんだ、全盛期の力になったらと考えるだけで身震いしてしまうよ」
「――ふっ。で、あるか」
片腕を顔に覆ったまま両腕を交差させ、膝を少し曲げるという謎のポーズをしながらも呟くツヴァイに対し、レイは気障ったらしい、鼻にかかるような演技で肩を竦める。
「レイ、一つだけ答えろ。貴様は我が同胞二人をもってして、『同志』と言わしめたのだ。その言葉に何一つ偽りはないな?」
「さて、どうかな。ただ一つ確かなことは、この場で争うメリットがないという事だけさ」
「ふむ、我らが剣を交えるのはまだ先、というか」
「そうだね、雌雄を決するのはその時さ。それまでは、ね」
「あぁ、よろしく頼む」
そうしてお互いにゆっくりと歩み寄った二人は、満面の笑みで固く握手をする。その演劇にも似た一連の流れを終え、返ってきたのは拍手などではなく、何とも言えない静寂だった。
「さ、さすがレイ氏。あのツヴァイ氏と会話が成り立っているでござる……!」
「我々ですら半分理解できたらいい方でありますのに……!」
「……正直ついていけないのは僕だけでしょうか?」
「ぎゃう~」
・意味深なくせに中身がなさすぎるだろ
・大丈夫、視聴者の殆んどがそうだよ
・ナカーマ
・いけない化学反応が起きてる……
困惑する声がぽつぽつとあがる中、周囲を置き去りにした役者の二人だけは、何かを分かり合ったように満面の笑みを浮かべていた。
[TOPIC]
PLAYER【ツヴァイ】
身長:180cm
体重:63kg
好きなもの:天使、悪魔、その他厨二的ワード
β時代において、『魔王』や『総帥』と並び立つほどに有名とされていた超有名プレイヤー。その実績は『初めてユニーク武器を発見、獲得したこと』にあり、その話題になれば必ず名前が上がるほど。ただ、暫くの間『ToY』をを離れていたことで、半ば伝説とし化しており、最近では存在自体が危ぶまれていたようだ。
当初から徹底した服装やロールプレイを行っており、一目見ただけで厨二病と分かるほどである。知識豊富かつ意外と空気が読め、思慮深い部分が垣間見える事から、もしかして成人男性なのでは……との噂が囁かれていたが、『それは流石に怖い』と結論付けられ、ネットでは一種のタブー扱いとなり、風化していった。




