6-24 地獄のマラソン再び
・あれから何時間経った?
・大体5時間くらいだな
・随分と慣れてきたなぁ
【巨砲虫】とのファーストコンタクトからかなりの時間が経過した現在でも、未だに彼女たちの姿は【バベル】の24階にあった。
ふらふらと体を揺らし獲物を求めるように周囲を見回す姿はどちらがモンスターか疑いたくなるほどであったが、視聴者はもはや慣れてしまったのか、特に気にすることなく雑談に興じる。
・にしても結構すごい発見だよね
・分かる、巨砲虫ってこんな簡単に倒せるんだなってなったもん
・完全に盲点だったわ
【巨砲虫】は★4のレア度に恥じない強力なモンスターである。
装甲代わりの外殻は生半可な刃を通さず、ダメージを大幅にカットし、カウンター代わりに放たれる一撃も、タンク職ですら受けきるのは難しい。
極めつけはその機動力。レイが懐にもぐりこんだ際に見せた跳躍は馬鹿に出来ないスピードであり、すべてが高水準に整った恐るべき性能を誇っている。
ネットに転がっている情報では、腹部が弱点とされており、そこを狙うことで撃破が可能……とされていたが、レイが実践しようにも、火力の差が尋常じゃなく、数十発撃ち込む必要があるにも関わらず、一撃も食らうことが出来ないという、周回するにはあまりにも無理がある状況だった。
加えて、【バベル】というダンジョンの特質上、登場するモンスターが【巨砲虫】に固定されているため、一対二、酷い時は三体の【巨砲虫】に追われるという、この世の地獄のような体験も経験していた。
・あ、いた
・あれが次の犠牲者か
・いや、犠牲者はどっちかというと…
このままでは何時間かかるか分からない、焦ったレイはそこで強硬手段――『じゃしん爆弾』を解禁することに決めたのだ。
ただ普通に使っても強固な外殻によってダメージがカットされてしまうため、一工夫する必要がある。そこでレイがとった行動が――。
「いっけぇ!」
「ぎゃう」
頭を掴まれたじゃしんが、レイによって【巨砲虫】へと投擲される。
背筋の伸びた綺麗なフォームで飛来するじゃしんは、【巨砲虫】の角の先端、砲身の中にすぽりと納まり、そして――。
ドガンッ!
・ストーライク!
・『じゃしん魔球』が決まったぁ!
・レイちゃんコントロール良いよな
じゃしんによって弾詰まりを起こした【巨砲虫】の内部で爆発が起こる。
自身の攻撃によって体の節々から煙を上げた【巨砲虫】はその場にぐったりと倒れ込む。それをレイは見逃さず、一気に距離を詰めると、慣れた手つきで砲身の中へと弾丸を打ち込む。
・勝ったな
・手際良すぎ
・問題はこっからよ
数発の銃声が鳴り響けば、【巨砲虫】はか細い鳴き声を上げて、ポリゴンとなって消えていく。
偶然発見した、敢えてゼロ距離で攻撃を受ける方法――後に『狂人式自爆殺法』と名付けられる何とも物騒な作戦は、思いのほか効率がよく、特にレイにとってはこれ以上ないほどに嵌っていた。
それによって希望を見出したレイが、今の今までフロア中の【巨砲虫】を狩り尽くす勢いでマラソンを行っていたのだが……。
「チッ、またダメか……」
・誰か撃破数カウントしてる?
・今83体かな
・期待値的には9割超えてんだけどなぁ
・まぁレイちゃんですしおすし
残念ながら、お目当てのアイテムは手に入っていないようで、舌打ち交じりに言葉を吐くと、次の獲物を探すためにフロアを徘徊する。
・じゃしんの顔面白すぎない?
・もう完全無表情だもんね
・感情を失ってしまった……
・それを言ったらレイちゃんもでしょ
既に二人の表情はおかしくなっており、レイは狂気の混じった死んだ魚のような眼を忙しなく動かし、その後ろをじゃしんが感情を失った、何を考えているかも分からない無表情でついて歩く。
本当の本当に狂人となりつつある姿に、視聴者はツッコミを入れたかったが、今のレイにはコメントを確認する余裕がなく、言葉が返ってくることはなかった。
・先にレベル上がるんじゃない?
・それ思った
・にしても反応ないから暇だなぁ。しりとりでもする?
・りんご。まぁもうちょっとで一回休憩挟むんでない?
・イカの天ぷら。強制ログアウトも近いしな
・ラクダ。そっち繋げたら何でもありじゃん
・はい、お前の負け
そうして再び視聴者同士の雑談に戻る。かれこれ数時間、彼らも話題がなくなり、暇を持て余し始めたタイミングで、遂にその時が訪れた。
「あっ!?」
・ん?
・お
・まさか?
ポリゴンとなって消えていく【巨砲虫】がいた場所に、光が収束したかと思うと、それは段々と【巨砲虫】の角の部分だけを形どる。
「で、でたぁぁぁぁ!!!」
「ぎゃうっ!?」
・うぉぉぉぉ!!!
・おめぇぇぇぇぇ!!!
・やったぁぁぁぁぁぁぁ!!!
それこそまさしく、彼女が求めていた【巨砲虫の砲角】という名の素材アイテムであり、レイは震える手でそれを手に持つと、感極まったのか涙ぐむ。
「本当に長かった……!みんな、おまたせ!」
・おめでとう!
・出て良かった~
・ナイスゥ!
「ぎゃうっ……ぎゃうっ……」
ここまで付き合ってくれた視聴者に対して、レイが改めてお礼を口にすれば、それ以上の暖かいコメントが流れてくる。その横ではじゃしんがおいおいと泣いており、『地獄から解放される』と心底安堵しているようだった。
「さて、そうと決まれば余計なことせずにさっさと戻ろう」
・帰るまでが遠足だよ!
・最後まで油断せずにね
・ここでやり直しになったら心折れるだろ
「それはそう。でも今回に限っては問題ないんだよね。何せ、今回は『賢者』様が協力者だからさ」
不敵に笑って見せたレイは【巨砲虫の砲角】を〈アイテムポーチ〉に仕舞うと、代わりに青色の炎が内蔵された透明な石を取り出す。
・ポータルストーンじゃん
・なるほど、そういうことか
・もらった感じ?
「まぁね。【魔研連】のクランハウスに繋いでいるから早速使っちゃおうか。じゃしん、帰るよ」
「ぎゃうっ!」
じゃしんの元気の良い返事を聞いて、レイは手の中にある【ポータルストーン】を砕く。
瞬間、中からあふれ出した光は彼女達を包み込み、目の前の景色を一瞬にして切り替える。
「よし、ただい――」
「ぐふふ、ペケ丸氏、そんな警戒しなくても大丈夫でござるよ」
「そうであります。ちょっとだけ、ちょっとだけでありますから……」
「あの、その……」
戻ってきたのは研究室のようなクランハウスの一室。満面の笑みで挨拶しようとしたレイが、室内で繰り広げられた光景にピシリと固まる。
・何やってんの?
・ごめんだけど、流石にキモいな
・絵面が犯罪臭すごい
何故か部屋の隅に追い込まれたぺけ丸が不安そうな表情を浮かべており、それに群がるように囲うウシワカとベンケイの姿。
あまり見た目で判断したくないレイではあったが、目の前の地獄のような光景にスッと真顔になり、腰にある愛銃を取り出す。
「……ひとまず駆逐するか」
「ぎゃう」
そしてぽつりと呟いた一言にじゃしんが同意するように頷くと、室内には銃声が二つ鳴り響いた。
[TOPIC]
ITEM【堅牢な砲角】
金属よりも優れた固く丈夫な筒状の角は、強力な火器として生まれ変わる。
効果①:素材アイテム
入手方法:モンスターからのドロップ
・0.01%(ビームワーム)
・0.1%(鉄砲虫)
・1%(キャノンビートル)
・3%(巨砲虫)
・5%(電磁双角虫)




