6-13 小部屋での密談
「いや、そんなに振り返らなくてもついていってるって」
「……お前達は信用ならん」
・トラウマになってるw
・そりゃそうよ
・流石賢者、賢い
チラチラと後ろを見てくるロックスの背を、レイとじゃしんはついて歩く。その用心深さに呆れつつも、元の原因を探れば悪いのは自分のため、レイは気にしないようにしつつ、話題を変える。
「ねぇ、これどこ向かってるの?」
「俺のクランハウスだ。もうすぐ着く」
そう言ったロックスは、相変わらず後ろを気にしつつも【叡智の書庫】の奥にある扉を開けて、続く階段を登っていく。
「ここだ」
「ここ?」
そうしてたどり着いた先は小さなワンルーム。人一人が生活するのが限度の小さな空間には、ベッドとテーブル、それから本棚しかない。
「本を一定数読むことで、【司書】という職業が解禁される。能力値的には大したことないが、代わりに【英知の書庫】の一室をクランハウスとして利用できるうえに、借りた本をここまで持ち運ぶことが出来る」
「へぇ、ちょっと面白いかも」
それを物珍しそうに見つめるレイの視線に気づいたのか、部屋の概要についてロックスが説明する。それを聞いたレイはさらに感心したような声をあげた。
「取り敢えず座ると良い。特に何もないが、リラックスして――」
「ぎゃうぎゃ-う!」
「おい馬鹿やめろ勝手に走り回るんじゃない」
「ねぇ、この辺の本も【英知の書庫】で借りた奴?」
「あぁその通りだがそんなことより止めてくれコイツをっ」
ロックスが先に室内へと入り、くるりと振り返った時にはその脇をすり抜けるようにじゃしんが室内を駆け回る。
それを捕まえようと四苦八苦している間にレイもいつの間にか室内に入り、我が物顔で物色していた。
・大変そう
・保育園の先生みたい
・子育てって大変よな……
「……よく分かった。お前たちを自由にしてはいけないんだな。紅茶を入れるから大人しく座っててくれ」
「え~」
「ぎゃう~」
流石の視聴者もあまりの自由さに同情のコメントを残す中、既に満身創痍といった具合でじゃしんを捕まえたロックスは、それをレイへと押し付けて椅子へと座らせる。
そのまま壁に掛けられたティーポットを手に取ると、パチンと指を鳴らす。すると口の部分から仄かに湯気が立ち上がり、それをテーブルに置かれたカップへと傾ければ、紅茶の良い香りがレイの鼻をくすぐった。
「さて、本題に入ってもいいか?」
「あぁ、うん。聞きたいことがあるんだよね?」
「そうだ。これを見てほしい」
「これって……」
自身もカップを手に取り、レイの対面へと腰掛けたロックスは、懐から何かを取り出す。
それはレイがワールドクエストで手に入れたアイテムである、【子の紋章】であった。
「これは【追憶】で手に入れた物だ。お前も同じ物を持っているだろう?」
「まぁ。ってごめん、【追憶】ってあんまり詳しく知らないんだよね」
「は?……あぁそうか。お前は体験したことないんだったな」
曖昧な知識で進めることを嫌ったのか、レイが正直に思ったことを口にすれば、ロックスは信じれないように目を見開く。
ただすぐにその事情を把握したようで、その疑問を解消するように説明する。
「【追憶】とは他のプレイヤーがワールドクエストに挑戦できるようにするための措置だと思ってくれていい。ワールドクエストクリア後、各エリアの何か所かにポイントが設置され、それを順に踏んでいくことでワールドクエストに挑戦できる」
「へぇ、そうなんだ」
・俺も挑戦はしたな
・ソロ強制なんだよなぁ……
・一回失敗すると最初からやり直しになる模様
ロックスの話に視聴者からも補足が入る。それを目にして決して容易なものではないことをレイは感じ取った。
「って事はロックスはこれクリアしたんだね」
「あぁ、お前が見つけた物に関してはな。ただそれはあくまでも【追憶】の話。実際に『きょうじん』が体験したものと相違がないか確認したい」
「レイでいいよ。それは全然いいんだけど、私も参考になるか分からないよ?」
「分かった。それで構わない」
ロックスの願いに対して少し迷いつつも、順に記憶をたどりつつ思い出していく。
そうしてレイの言葉を一通り聞き終えたロックスは、少しの間何か考え込むような素振りをした後、再びレイに向けて尋ねる。
「ふむ……。かなり【追憶】と違う部分はあるが、結末はどれも同じ、か。ちなみに手に入れたアイテムは?そうだな……ひとまず【怖震う鎖を断ち切って】で手に入れたアイテムだけでいい」
「え? えっと――」
その問いに今度はメニュー画面から〈アイテム〉を開き、新しく手に入れたアイテムの名前を読み上げる。
「【ブラック・パール】と【海賊王のコート】は【追憶】では貰えないのか。他のクエストは?」
「えっ、ちょっと待ってね……」
そうしてあやふやな記憶を頼りに、レイがワールドクエストで手に入れたアイテムを口に出していけば、ロックスは自身が手に入れたアイテムと照らし合わせて一つの結論を出す。
「なるほど、【追憶】でもらえるのは紋章とアイテム1つだけらしいな。手に入るのは次の攻略に必要なアイテム、ということだろうか?」
「あ〜、その可能性あるかも。そうか、それは考えてなかった……」
ロックスの考察自体はレイの中にもあった。ただ、クリアしたものに関して特に調べてこなかったため、いまいち確信が持てていなかった。
それが一気に情報が絞られたことで、より信憑性が増したことになり、それだけでも話に応じた甲斐があったとレイは心の中で呟く。
・これ一人じゃ気付けないな
・まぁ知る機会なかったしな
・あれ、これ友達いないのレイちゃんの方じゃ……
「はぁ!?いるし!ロックスみたいにぼっちじゃないから!」
「だから俺もぼっちではない。不当なレッテル張りはやめろ。……そんなことより、一つ提案があるんだが」
「ん?提案?」
視聴者によるあまりの暴言に立ち上がったレイに向けて、眼鏡の位置を直したロックスが声をかける。
「あぁ、ワールドクエストをクリアするのに協力してくれないか?」
「え?」
・は?
・ひ?
・ふ?
それは予想外の言葉であった。
[TOPIC]
WORD【叡智の書庫】
学術都市【ブラウ】に存在する大規模な図書館。
『ToY』の全てがそこに記されたと言われているほどで、蔵書数は有に10万を超えるとの噂がある。
初めは多くのプレイヤーが謎を解き明かそうとそこへ殺到したのだが、そのあまりの膨大さや、書物の難解さ、そもそも読めない文字があるなど、一人また一人とその姿を減らしていき、結局一部の物好きなプレイヤーや情報が欲しい時だけ一時的にくるプレイヤーの姿がちらほらと見えるだけの、閑散な場所となってしまった。




