6-12 賢者との交流
「ちょっと、じゃしんのせいで怒られちゃったじゃん」
「ぎゃうぎゃう」
怒られた後も懲りていないのか、お互い肘で相手を突きながらひそひそと小声で話す二人。
醜く責任のなすりつけ合う様子に、再び青年から声が掛かった。
「なぁ」
「ごめんなさい反省してます!」
「ぎゃうっ!」
「いやそうじゃない。お前もしかして『きょうじん』か?」
思わず姿勢を正した二人だったが、その内容はどうやら叱責するような物ではなかった。むしろ彼女に興味があるような視線に、レイは首を傾げ、改めてその顔を見る。
青年は青色の髪に眼鏡をかけており、どちらかというとクールな印象を抱かせる。また白衣を着て佇む姿から頭脳派をイメージさせた。
「どこかで見たような……」
そんなプレイヤーを見て、どこか見覚えを感じたレイは目を細めて凝視する。それに対して相手がどこか居心地が悪そうな顔をしていても遠慮なくジロジロと不躾な視線を向けたが、それでも答えがなかなか出てこないレイはチラリとコメントに目をやる。
・賢者やで
・流石のレイちゃんも知ってるでしょ?
・ほら、ポータルストーンを作った
「え?あなたが、あの?」
そこでようやく、目の前のプレイヤーの正体に気がついたレイは驚いた表情を浮かべて再度凝視する。
たしかにネットでもよく見た顔であり、『八傑同盟』の時にも見かけた姿そのままだったことを思い出した。
そうして何処か納得した様子のレイに、『賢者』はホッと安堵してみせると、こほんと咳払いをしてから口を開く。
「あぁ、多分想像通りであって――」
「ゲームの中でも友達が出来ずに図書館に引き籠り、『僕には本という友人がいるからいいもん!』という言い訳をしつつも、新しい情報を手に入れては発信することで、ちやほやされるのを人知れず妄想しているという、生粋の根暗陰キャ代表『賢者』様ってことか。意外と予想通りの見た目だな……」
「待て、撤回させてくれ。全部違う――っておい、最後なんて言った」
その口から出たのは余りにも風評被害に塗れた説明であり、もはや悪口と言っても過言ではないその言葉に、『賢者』は慌てて待ったをかける。
「あれ?違うの?ネットにはそう書いてあったけど?」
「違う。掠りすらしていない。そもそもネットの情報など鵜呑みにするんじゃない」
だが発した本人は何が違うのか不思議がっており、それを見て『賢者』は痛む頭を押さえつつ自己紹介をする。
「俺の名はロックス。確かに『賢者』などと言われてはいるが、そもそも自分から名乗った覚えはない。だからそう呼ばれても面倒なだけだ」
「あ、私知ってる。それ『やれやれ系』って奴でしょ」
「違う。勝手に人を寒い小説の主人公みたいにするな」
初対面にも関わらず、謎のレッテル貼りをやめないレイに、ロックスは律儀に突っ込む。そんな様子を見て、流れにのらない視聴者ではなかった。
・寒いだぁ!?
・面白いだろうが!
・訂正しろ!
「なんだ急に……。分かった、俺が悪かった。これでいいか」
どこか疲れたような表情で謝る姿に、レイはロックスという男が意外とノリのわかる人物であることを察し、面白いおもちゃを見つけたような瞳でその姿を見つめる。
「そうだそうだ!」
「ぎゃうきゃう!」
「もういい、うるさい。黙って聞け。とにかく友達もいない訳ではないし、【英知の書庫】にいるのだってちゃんと目的あってのことだ。後、陰キャでもない」
相変わらず冷やかしてくるレイと真似するじゃしん、その両方に対して面倒くさそうにあしらったロックス。だが一度定まった流れはそう容易に解消されなかった。
・気にしてたんやな
・でもクランメンバー一人じゃなかった?
・やっぱボッチじゃん
「えっ、一人でクランやってるの?可哀想……」
「ぎゃう……」
「違う。いや確かに一人でやってはいるが――おいやめろ、そんな目で見るな」
一向に止むことのない揶揄いの声にいい加減痺れを切らしたのか、少しイラつくようにトントンと指を動かし始める。
その姿を見て流石にやり過ぎだと悟ったのか、レイとじゃしんは程々にしつつ、ちゃんと話を聞くことを決める。
「……クランハウスが必要だったんだ。そのためにクランを作っただけで、誰かと一緒にやろうとしたことはない」
「じゃあ新情報を無償で提供してるってのは?他の人に構ってほしいわけじゃなくて?」
「何故お前の中の俺が悲しい人間になっているのか分からないが、それは調査が終わったからだ。解明した謎に用はないからな」
「ふーん」
「ぎゃう」
一通りの言い訳――もといロックスの供述を聞いたものの、レイとじゃしんは若干興味のなさそうな顔をしていた。
それを見てロックスはどこか疑うような眼差しを向ける。
「おい、なんだその顔は……。もう誤解は解けたよな?」
「うん、陰キャじゃなくて偏屈で自己満足な人って事ね。よく分かったよ」
「おい、お前まだ――はぁ、もういい……」
結局諦めたようにロックスは首を振る。これ以上話しても埒があかないと思ったのか、今度はロックスの方から質問を投げかけた。
「ん?まだ何かあるの?」
「あぁ、今度はこちらから質問させてもらいたいんだが、時間をもらっても?」
「え?まぁ大丈夫だけど。悪いけど告白とかそう言うのはお断りしてて……」
「するわけないだろう。いい加減怒るぞ。取り敢えず、ここでうるさくするのは他のプレイヤーに申し訳ないからついて来てくれ」
相変わらずボケ倒すレイに少し慣れた様子のロックスはどこかへ歩き出す。
それに対してレイ達はというと――。
「さて、本でも読もっか」
「ぎゃうっ」
・草
・本読みに来たしな!
・怪しい人についていっちゃダメだもんね
すっと椅子に座り直すと、先程手に取った本をパラパラと開いて読み始める二人。
それは数分後、レイ達がついてきていないことを悟ったロックスが、どこかもの悲しそうな表情で戻ってくるまで続くのだった。
[TOPIC]
PLAYER【ロックス】
身長:178cm
体重:63kg
好きなもの:本、ストーリー、歴史
『ToY』の世界で遊んでいるにも関わらず、そのほとんどを図書館で過ごしている一風変わったプレイヤー。
一応クランを作成してはいるが、やることが情報収集のみで地味すぎる上、エリアに出ることも稀なためクラン加入者は全くといっていいほどいない。
ただ入手した情報には質が多いものが多く、それも惜しみなく公表するためかいつの間にか『賢者』と呼ばれ、ネット上でいじられる――もとい、一目置かれるようになった。




