6-9 新しい世界でやることは
【デテル砂漠】。
『ToY』に存在する十二の世界の一つで、その名の通り一面を砂で覆われた場所。
普段であれば照りつける太陽による暑さが支配するエリアだが、今は時間経過によって極寒の世界へと姿を変えており、登場するモンスターもまたガラリと変化している。
・キモすぎる……
・いやよく戦えるな本当に
・え?カッコいいだろ
レイの目の前にいるのは、砂の中から這い上がりぎちぎちと音を鳴らす紫色のサソリの姿。
全身は宝石のような光沢を纏い、月明かりによって淡く輝いている姿は一部の視聴者にはウケが良かったものの、やはりその大半は不気味がっているようだった。
「まぁ私も特別好きってわけじゃないけどね、これくらいならもう慣れたかな」
一方で実際に対面しているレイは、さして気にする様子もなく紫色の蠍――【紫水晶の針蠍】へと駆け出していく。
「装甲は硬くてダメージ軽減アリ、尻尾の先の毒は問題ないから直撃だけは避けて――」
目の前の相手の情報を復唱しつつ、手に持った拳銃のトリガーを引くと、カンカン!と弾かれるような音が鳴り響く。
事前の情報通り【紫水晶の針蠍】の体は硬く、どうやら全くダメージを受けていないように見える。寧ろ攻撃を加えたことで怒らせてしまったようで、【紫水晶の針蠍】は威嚇するように両手の鋏を掲げ、尻尾をゆらゆらと揺らし始めた。
「まだ……まだ……」
だがそれも全てレイの狙い通り。あくまでもヘイトを買うのが目的であり、本命は別の部分にあるようだった。
リロードを挟んで【紫水晶の針蠍】との距離を詰めながらも、その視線は尻尾だけに集中している。
タイミングを測り続ける中、やがてレイが【紫水晶の針蠍】の射程圏内へと侵入した瞬間、その時は訪れる。
「ッ!ここ!」
突き出された尻尾の先端に付随する毒針を、レイは首を振って躱す。
完全に避け切ることが出来ず、僅かにその頬を掠めるが、彼女は臆することなく前へと進み【紫水晶の針蠍】の背後をとる。
「はい、GG」
そのまま尻尾の付け根の柔らかい部分へと銃口を押し当てるとトリガーを五回引く。
ドォン!という重く低い発砲音を響かせながら弱点へと打ち込まれる弾丸。それを受けた【紫水晶の針蠍】は体を震わすと、すぐさま力尽きたように砂の上に倒れ、ポリゴンとなり消えていった。
・ナイスゥ!
・ワザマエ!
・何回見ても鮮やかで感動するわ
「あはは、ありがとう。でもタネさえわかれば簡単だよ、体力も低いしね」
無駄のない一連の動作に対する称賛のコメントに、レイは手をあげて答える。
動画で見たことを実践しているだけのため、レイにとってはそこまで大したことではないのだが、それでもその声は嬉しいようだった。
そうして顔を綻ばせていると、彼女の目の前にウィンドウが出現する。
[経験値を入手しました]
[【魔法使い】のレベルが上がりました。ステータスを確認してください]
「おっ」
それはレイが待ち望んでいたメッセージであり、それを見た瞬間、急いで〈ステータス〉の画面を確認した。
NAME レイ
MAIN 【邪教徒Lv.5】
SUB 【魔法使いLv.5】
HP 200/240
MP 340/340(240+100)
腕力 10
耐久 10
敏捷 60(10+50)
知性 10
技量 10
信仰 1040((340*2)+100+200)
SKILL 【邪ナル教典】【邪ナル封具《神隠》】【神ノ憑代】
【初級魔法】【いなし】
SP【敬虔ナル信徒】【自己犠牲】【通過儀礼】
【属性付与】【魔力錬成】【両利き】
BP 0pt
称号 【月光組織の一員】【聖獣の良き隣人】【世界樹に寄り添う者】
【闇を振り払う英雄】【海を統べる自由な一味】
「よし、目標達成!」
そこに表示された内容に目を通し、レイが満足気に呟けば、視聴者からも感想が上がる。
・結構増えてきたな
・ステータスも見えるものになってきてる
・信仰えっぐ
「初期職業全部レベル5になったからね。実質レベルは25相当かな」
レイが言うのは『ToY』における職業の仕様についてである。
『ToY』では職業を変えたとしても、変更前の職業のレベルはリセットされず、手に入れたBPは引き継ぐ形になる。そのためどんな職業であってもレベルを上げることで基礎ステータスを上げることが出来る反面、一度振ったBPは返ってこないという仕様があった。
それでもBPというのはプレイヤーの強さに直結するものであり、慎重に考える必要はあるが実施しない手はない。殊更レイにおいてはBPが強制的に割り振られ、選択肢もないため、特に考える必要もなかった。
そのため、今回一次職である【魔法使い】のレベルを上げるついでに現状変更可能な他の一次職【戦士】、【盗賊】、【神官】、【召喚士】のレベルも5に上げた結果、このステータスになった。
・それでも貧弱じゃね
・それはそう
・これからずっと魔法使いで行くの?
「それはそう。あ、【魔法使い】のままだよ。この称号を活かさせそうだしね」
ただそれでもまだまだ中級者に及ばないステータスであり、レイは視聴者からの指摘に頷いて見せると〈ステータス〉に表示されているとある項目について提示する。
称号【海を統べる自由な一味】
最も自由な一味として海の全てを見て回った証。
取得条件:ワールドクエスト【怖震う連鎖を断ち切って】をクリア
効果:属性攻撃の効果上昇(+50%)
・ほーん、悪くない
・でも1.5倍になったところでじゃね?
・魔法って知性依存でしょ?
「と思うじゃん?実はいい装備があるらしいんだよね~」
それは前回のワールドクエストで手に入れた称号であった。
ただそれを見てもなお不思議そうな視聴者に対し、レイは含みを持たせるような言い方をすると、『ToY』が出来ない間に調べたとっておきの秘策を自信満々に口にする。
「なんと信仰の値と知識の値を入れ替えるっていうアクセサリー見つけてさ!これ使えばいけるんじゃないかと思って!」
・マジ?
・そんなピッタリなやつある?
・名前は?
「名前?えーっと、確か……」
何とか思い出そうとするも朧げにしか思い出せない。喉の奥までしか出てこないなんとも嫌な感覚を覚えたレイは、やがて答えを後回しにすることに決める。
「まぁ次来る時までにちゃんと覚えてくるよ。でもそれさえあれば強くなれそうじゃない?」
・まぁ確かに
・そんなのあったかなぁ
・火力不足は解消できそうだな
ちらほらと納得のいっていない視聴者はいるものの、大半はレイの言葉を聞いて可能性を感じており、理解が得られたことにレイは嬉しそうに笑顔を向ける。
「でしょでしょ!というわけで目指せ最強魔法使い!」
「ぎゃ、ぎゃう~……」
レイが拳を突き上げて宣言すればそれに追従するか細い声。その声の主に首を向ければ、体が痺れて動けないじゃしんが地面に突っ伏している姿があった。
[TOPIC]
MONSTER【紫水晶の針蠍】
自らの鋏で研ぎ澄ました怪しくも美しい輝きを放つその体は、獲物でさえも魅了する。
甲虫種/水晶蠍系統。固有スキル【研磨】。
≪進化経路≫
<★>スナツブサソリ
<★★>カッターアラクラン
<★★★>水晶蠍
<★★★★>紫水晶の針蠍
<★★★★★>虹水晶の輝蠍




