6-7 刺さった小骨が墓穴を掘る
『PERFECT!』
既に聞き飽きるくらいには流れた完全勝利を告げる決着の声。
最初の盛り上がりが嘘のように静まり返った対面と比例するように玲の顔はほくほくしており、その画面には連勝カウントが『10』と表示されていた。
「結局中級者レベルだったな」
相手に聞こえないようぽつりと呟いた彼女の脳裏にはこの世にいない祖父と同志でもある従兄弟の顔が浮かんでいる。
元々彼女の祖父がこのゲームの師匠といっていいほどに強く、彼とともに諸々仕込まれたせいか知識も技術も何一つ玲が劣っている要素がなかった。
「お、おいっお前!」
「え?」
いい加減飽き始め、次の勝敗に関わらず離れようと決めていたところに、対面にいた大学生のグループが玲の側へと詰め寄る。
「なんなんだよあれ!初心者狩りして楽しいのかよ、最低だな!」
「えぇ……」
何やらガヤガヤと騒ぎ出した男達の言い分をまとめると、どうやら『玲は自分より格下の相手に無双する下衆野郎』との事で、それを聞いた当の本人は意味が分からず眉を顰める。
「そんな事言ったって、そういうゲームですし……。そもそも最初に乱入したのってそっちですよね?」
「うるせぇ、生意気なんだよ!」
正論を返してもよりヒートアップするだけで話にならず、玲は面倒くさいことになったと思いながら周囲を窺う。
(でも流石にちょっとまずいかな。誰も助けてくれそうにないし)
現実世界ではいくらレイといえど平均的な女子高生であり、男性3人相手に立ち回ることができるほどの力はない。
周りに助けを求めようにもちらほらと見える人影は我関せずといった様子で画面を注視しており、あてになりそうになかった。
「おい、聞いてんのかよ!」
どうしたものかと玲が考えを巡らせていたその時、取り合う気のない態度に激高した男の一人が手を伸ばす。
(まずい――)
咄嗟に庇うように手をクロスさせるも、その程度で止められるような体格差ではない。
もはや避ける術もなく、来る衝撃に備えて目を瞑る。だが、いつまで経ってもその時は訪れなかった。
「いっ!?」
「おい、女の子に手をあげてんじゃねぇぞ」
代わりに聞こえてきたのは先ほどの青年による悲鳴とハスキーな女性の声。
状況が変わったことに気付いた玲が目を開ければ、180cmを超える筋肉質な女性が青年の手を捻りあげている光景があった。
「や、やめっ、離っ」
「男だ女だ言うつもりはねぇ。だがな、ゲームに負けて手が出る奴なんざゲーマーの風上にもおけねぇんだよ」
青年は必死でもがくも、女性は立派な赤髪をたなびかせ、まるで子供を相手にしているかのように微動だにしない。
「いいか、これから3つ数える。その間にここから消え失せろ」
「はぁ!?お前何言って――」
「3」
女性は一方的にそう告げると、掴んでた手を押して青年を開放して冷淡な声でカウントを開始する。
「2……1……」
「くそっ!」
「あ、おいっ!」
刻一刻と迫るタイムリミットに男達は冷静な思考を奪われ、やがて逃げるようにゲームセンターを後にする。
その後ろ姿を呆れたように見つめた後、女性は玲へと視線を向けて安否を確認するように声を掛けた。
「大丈夫?怪我は?」
「え?あ、あぁ、大丈夫です。ありがとうございました」
「おう、気にすんなよ」
お礼の言葉に対し快活に笑う女性。赤い派手な髪色も相まって太陽のような暖かさを感じ、玲は根拠なくほっと胸を撫で下ろす。
「にしても君ゲーム上手いんだな。『赤ずきん』をあのレベルで使いこなせる人間なんて、そうそうお目にかかれたもんじゃねぇ」
「あはは、ありがとうございます」
「アタシとも一戦、と言いたいところだがちょっと用事が詰まってるんだよなぁ。ほんっとーに残念だわ」
どうやら先程の対戦を目に入れたらしく、心の底から残念そうに肩を落とす女性に玲は思わず顔を綻ばせる。
「お姉さんも『桃鬼伝』やるんですか?」
「おう、自分で言うのもなんだがアタシは強いぞ?」
友好的な態度の中にギラリと光る交戦的な意志。それに玲は思わずたじろぐ。
まだ実力を見ていないものの、その自信満々な態度を見せられただけで、もしかしたら勝てないかもしれないと言う思いが浮かぶほど、今の玲には目の前の女性が大きく見えていた。
「っと、時間だ。じゃあここらでお暇するよ。そっちは?」
「あっ、私もそろそろ帰ります」
「おっけ、気をつけなよ。えっと……」
ふと腕時計を見た女性は別れ際に名前を知りたいのか言葉を濁らせる。
「あ、玲って言います。お姉さんは?」
「本当に知らないんだな……。って、レイ……?」
それを察して答えた玲に聞こえないくらいの声量でポツリと呟くと、一人で納得したようにあぁ、と言葉を漏らした。
「え?今なんて……」
「あー、いやこっちの話。レイとはまた会うことになりそうだなと思って」
「はぁ……」
「んじゃ、今度は一緒にゲームしようなー!」
聞き返してもどこかはぐらかすように躱されてしまい、玲は首を傾げるしかない。そうして二の句を告げようとしているうちに、女性は巨体に似合わぬ軽やかな足取りでゲームセンターからいなくなってしまった。
「うーん、どこかで見たことあるような……」
そう呟きながら、玲も帰宅のためにゲームセンターを後にする。
「思い出せない。誰だったんだ……?」
どこかモヤモヤする気持ちを感じながらも夕暮れに染まった街を歩く。結局その疑問は解決しないまま玲は自宅へと辿り着いた。
「ただいま~」
「おかえり、手洗いうがいしなさいよ」
「はーい」
瞳の指示に従うように靴を脱ぎ、洗面台へと向かう途中でふと目に入ったテレビの画面。そこに映った人物に玲は目を大きく見開く。
『先日、アメリカで開催されたE-sports界の頂点を決める祭典で世界王者になられた鏑木十華さんが先程帰国致しました。空港には彼女を迎えるため数多くのファンが――』
「あっこの人!」
「ん?この人がどうかしたの?」
「どこかで見かけたとかかな?」
思わず大きな声を出した玲に瞳と慎一の視線が集まる。
先程までの疑問が解決された玲は少し興奮した様子で、捲し立てるように――。
「そう!今日ゲーセンで会った――あっ」
――盛大に墓穴を掘った。
「へぇ。その話、詳しく聞かせてくれるわよね?」
「え、えっとぉ……あはは……」
にっこりとした笑みながらも目の奥が笑っていない瞳に対して愛想笑いをするしかない玲。
その横では慎一が追悼するように合掌していた。
[TOPIC]
WORD【GAMECENTER『ファルコン』】
玲の棲む街にある寂れたゲームセンター。パチンコ店の普及やVRゲームの反映に伴いめっきりと数を減らしたゲームセンターだが、中には個人で細々と経営しているお店もあり、『ファルコン』はその中の一つでもあった。
こじんまりとした店内ながらも、クレーンゲームにメダル、格闘ゲームにシューティング、果てには音ゲーやホッケーなど一通りの設備は整っており、懐かしい気分に浸りたいユーザーにとっての憩いの場となっている。




