6-6 懐かしのあの場所へ
活動報告にて、書籍化情報第三弾を公開しております。
今回は我らがマスコットのあの子です。
その後すぐに配信が終わり、携帯の電源を落とした玲は椅子に深く腰をかけて天井を眺める。
「にしても楽しそうだったな……」
その脳内にあるのはやはり『ToY』について。ただでさえ我慢しているのに加えてあんなに楽しそうなシーンを見せられてしまっては、もはや勉強など手につくはずもなかった。
「うーん……」
机の上に広げた申し訳程度の教科書とノートを見つめながらも、玲は悩ましい声を出す。
時刻はまだ午後二時を過ぎた頃。図書館に来てから三十分ほどしかたっていないが、彼女は限界を迎えているようだった。
「ま、今日くらいはいいか」
そうして大した葛藤もないまま、教科書とノートをしまうと席を立って図書館の外へと出る。
その足で目指したのは自宅――ではなく繁華街の方面。ガヤガヤと人気が多くなる中、玲は一直線に目的地へと向かった。
「お、あった」
そうして辿り着いたのは『GAME』とかかれた看板を掲げる寂れた施設。
パチンコ店の隣に併設された少し怪しげなその店に迷わず入ると、彼女の鼓膜を大音量のBGMが刺激した。
床は少し黒ずんでおり、座るためのパイプ椅子には錆が見える。そんなお世辞にも衛生的とは言えない場所ながらも、玲の表情からは嫌悪感は感じられず、些細なことだと言わんばかりに店内を闊歩する。
「この感じ懐かしいな」
クレーンゲームやメダルゲーム、麻雀や対戦ゲームの詰まった筐体を前に、玲のテンションは鰻登りに上昇していく。
今いるゲームセンターは彼女が子供の頃から存在し、長らくお世話になってきたいわば実家のような存在だった。
VRゲームが布教しきった現代ではその数をめっきり減らしたものの、やはりこの雰囲気を好む人が多いのか、今も少なくない人影があり、玲もまたその一人であった。
「ま、取り敢えずこれからかな」
とはいえ玲もこの手のゲームは長らくご無沙汰であり、リハビリも兼ねて一番やり込んだゲームの筐体前へと腰を下ろす。
デレレッデレッデレレー♪
『トーキデェン……』
4つしかないボタンの一つを押せば、安っぽいBGMにドット絵のオープングが流れ、やけにねっとりとしたタイトルコールが流れる。
一目見ただけで前時代の作りと分かるゲーム画面。それもその筈、これは彼女の祖父の時代に作られた遺産とも言うべき2D格闘ゲームであり、名を『桃鬼伝』といった。
「よいしょっと」
その光景だけで既に胸一杯になりつつも、玲は財布から100円を取り出して投入口へと投下する。
するとテロリン!とこれまた軽快な音を上げながら画面はキャラ選択画面へと移行した。
「さーてと、何使おうかな」
童話をモチーフにした個性豊かなキャラクター達にカーソルを合わせつつ、玲は使うキャラを決める。
一通り悩んだ後、結局最初にカーソルの合っていた、いわゆる主人公キャラクターと呼ばれる『桃太郎』を選択した。
『世界の平和は僕が守る!』
するとやけに凛々しい青年の声が聞こえてくる。おそらく選択した『桃太郎』のボイスなのだろう、玲は特に驚く様子もなくレバーに指をかけ、ボタンに手を添える。
『ROUND1 FIGHT!』
画面は桃太郎と釣り竿を持った青年のドット絵が一対一で向き合う形で対峙している場面へと切り替わり、合図とともに戦闘が開始される。
操作が可能になった瞬間、玲は華麗にスティックを回し、ボタンを押すことでコマンド技を発動させる。
「意外と覚えてるもんだなっと」
一通り技を出し、コンボも問題なく繋がっている。腕が錆び付いていないことを確認した玲はそのことに安堵しつつも次のステージへ移動しようとして――そのタイミングで画面にカットインが入る。
『NEW CHALLENGER!』
「ん?」
それは挑戦者を告げる合図であった。周囲を見れば何やら大学生くらいの人間が、にやにやとした笑みを浮かべながら玲のことを見ている。
『赤くてまぁるいリンゴはいかが?ヒヒッ』
「『毒の女王』か……」
不躾な視線に不快な思いをしていると、対戦相手のキャラが画面上に映し出される。それを見て玲はさらに顔を歪めた。
『ROUND1 FIGHT!』
それでも容赦なく試合は始まってしまう。この後の展開を理解しつつもなんとか攻撃を通そうとするも――。
「ちっ、やっぱそうなるか」
玲は画面上で起きている光景に舌打ちをする。
『毒の女王』は童話白雪姫の登場人物であり、『魔女』と『女王』の二つのモードを切り替えて戦うキャラクターである。
『魔女』モードでは相手を眠らせ、そのうえでジリジリとダメージを削る戦法を得意とするいわゆる遠距離攻撃が主体のキャラであり、まともに付き合えば絶対に勝てないと言われるほどであった。
『鏡よ!』
それを嫌って近寄ったとしても、『女王』モードによるカウンターが待ち受ける。『真実の鏡』と呼ばれる、一定のゲージを消費して発動する技は相手の攻撃だけでなく画面端まで弾き飛ばす効果があった。
そんな極端に振り切った強キャラ相手に、よくいえばオールラウンダー、悪くいえば器用貧乏な性能をしているキャラが通用するはずもなく、そうして一方的に削られていった結果……。
『YOU LOSE』
画面に表示された文字とともに、筐体の向こう側からギャハハと聞こえる下品な笑い声。
いかに久し振りといえど、圧倒的不利対面を押し付けられた上に勝ち誇られ、まったく面白くない玲はノータイムで100円を投入する。
「……そっちがその気ならこっちも本気で行くよ」
『おばあさんにお花を届けるの!』
向こうに聴こえなくらいの声で呟いた玲が選んだのは赤ずきんを被ったキャラクター。
一見か弱い少女のようなそのキャラはその見た目故かコアなファンが多く、そしてゲーム内で最もコンボが研究されたキャラクターであった。
『ROUND1 FIGHT!』
ゲームが始まった瞬間、玲の操る『赤ずきん』が前へと駆け出す。対して『毒の女王』も『真実の鏡』を出して迎撃を試みるが。
『えーい!』
寸前のところでジャンプした『赤ずきん』が『真実の鏡』をすり抜けると、その頭上に手に持った木製のバスケットを叩きつける。――それが終わりの始まりだった。
『えい、やぁ!とぉ!』
着地した『赤ずきん』はスライディングし、木製のバスケットを再び叩きつけたかと思えば、地面から巨大な花を咲かせて『毒の女王』の体を浮かせる。
その後も頭突き、バスケット、巨大な花と一定の攻撃をループさせ、遂には一度も地面に落とすことなくHPを削りきった。
『PARFECT!』
画面に表示された文字を見て静まり返った筐体の向こう側。次の試合が始まったにも関わらず、玲は立ち上がると対面へと回り込む。
「はっ」
「んなっ!?」
そして驚いた顔をしている青年たちの顔を鼻で笑うと、再び席に戻りぺろりと舌を舐める。
「さぁて、財布軽くしてあげる」
心底楽しそうな獰猛な笑みを浮かべて、捕食者は狩りを開始する。その腕は全盛期を思い出すかのように洗練されていった。
[TOPIC]
GAME【桃鬼伝】
およそ50年前に造られた対戦型2Dアクションゲームであり、今なお続編が作られ続けている格ゲー界の金字塔。その人気は海外までにも及び、VRが普及した今でも世界大会が開催されるほど。
バランスはシリーズによって大きく異なり、初代の方がキャラ格差が広い。ただ10割コンボと呼ばれる、ミスりさえしなければ勝つと呼ばれるコンボキャラがいたり、一生起き攻めで二択を押し付ける掴みキャラ、遠距離からただひたすらに飛び道具で攻撃する陰湿キャラなどそれぞれが特出した個性を放っており、ある意味でバランスがとれているとユーザーには好評だったようだ。




